中国のお笑い界の新スターおかしな歌でブーム起こす(上) 戸張東夫

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<中国のお笑い界の新スターおかしな歌でブーム起こす(上)>

我が国でお笑いといえば落語、漫才、漫談、コントなど寄席や演芸場で公演される様々な演芸のこと。ところが中国でお笑いといえば相声(シアンシェン)と相場が決まっている。清末に盛んになった、ざっと百五十年の歴史を誇る中国の伝統文化である。1949年に今日の共産党の独裁政権である中華人民共和国ができる以前から今日に至るまで民衆に親しまれてきた。共産党政権はもともと民衆の安直なエンターテインメントであった相声を政治宣伝や思想教育に利用したことから一時期相声が堅苦しいものになったが、それでも笑いに飢えた中国全土の人たちがラジオやテレビを通じて長い間親しんできた。だから相声が嫌いな人は中国には一人もいないといわれるほど。国民的演芸といっていいだろう。相声は二人の芸人が舞台の上で立ったままの姿勢で一つのテーマを語る。掛け合いの形である。我が国には「掛け合い漫才」という表現があるが、これでわかるようにこの演芸は見たところ漫才にそっくりだ。このためか我が国では一般に中国漫才と訳されている。

<おかしな歌でブーム起こす>

この中国相声界でいま人気抜群で引っ張りだこの相声演員(相声芸人)が岳雲鵬(ユエユンペン)である。相方は孫越(スンユエ)。岳は相声が面白いこともさることながら、おかしな歌を自作自演してブームを起こしたユニークな芸人だ。この岳の歌がまた意味不明で奇妙奇天烈なのだ。なぜこんな歌がと正直首をかしげてしまう。中国では詠嘆調の曲と意味不明の歌詞で大いに受けたと解説している。まずこの歌を以下に紹介してみる。「五環之歌」というタイトルである。

啊五環 你比四環多一環
啊五環 你比六環少一環
终有一天 你会修到七環
修到七環 怎麼辦
你比五環多两環
啊 五環

歌の意味や内容はともかくとりあえずこの歌詞についていささか説明を加えておきたい。北京の交通網は故宮を中心に故宮を取り巻くように作られている。新しい道路が必要になるとその外側に一回り大きな環状道路をつくることになる。このように北京では故宮を中心に同心円を描くように数本の環状道路が走っている。一番内側がなぜか「二環路」、そのすぐ外側が「三環路」、さらに「四環路」、「五環路」、「六環路」となり現在一番外側の「七環路」まで開通している。「五環路」は北京市中心部から10キロほどの外周を通る環状道路で高速道路である。タイトルの「五環之歌」はつまり「五環路の歌」ということになる。

それにしてもなぜ「五環路」なのであろう。「四環之歌」や「六環之歌」ではだめなのだろうか。「五環」があるいは何かの象徴か、ほかの環状路にはない特別な意味が隠されているのかもしれない。「五環」は当初有料道路だったので、多くのドライバーは「五環」を通るより、渋滞していても別の道を選ぶ有様で、結局事実上「五環」は“無駄な環状高速道路”になってしまった。その後北京市民の抗議行動もあったことから当局が介入してやっと無料化が実現したという曰くつきの高速道路だと聞いたことがあるし、また「五環」は北京市住民の貧富の差や都市と農村を区別する象徴的なラインと考える人もいるという。いずれにしろ「五環」には北京住民にとって忘れられぬ何かがあるに違いない。だがこの問題はまた別の機会に考えることにしよう。

 

<観客が大合唱、盛り上がる会場>

さて「五環路の歌」を以下に訳出しておこう。
あー 五環、きみは四環より一回り大きい
あー 五環、きみは六環より一回り小さい
いまに七環までできたら
七環までできたら きみはどうする
七環は五環より二回り大きい
あー 五環。

この歌が観客を熱狂させるのである。岳雲鵬が「それでは『五環路の歌』を歌いましょう」というと場内は大喜び、大歓声に拍手喝采で盛り上がる。岳が歌い始めると観客も岳に合わせて歌いだす。岳が口を閉じると。観客が大合唱だ。それが一回だけではないのだ。少なくても三回はそんな合唱が続く。観客のリクエストで岳が歌い始めることもある。観客のリクエストや掛け声が舞台を盛り上げることと観客の数が多いのが相声と我が国の漫才などとの違いだといっていいであろう。しかしこうなると相声という中国の伝統的話芸を楽しむというより歌謡ショーやバラエティーショーを観るという雰囲気である。

 

<もう一つのおかしな歌「東村山音頭」>

これと同じような情景を以前我が国で観たことがある。おかしな歌を超満員の会場の人たちが大合唱している情景だった。新型コロナウイルスに感染して今年(2020年)はじめ亡くなったコメディアンの志村けんが舞台の上で歌っていた。志村がザ・ドリフターズの一員として出演していたTBS系のバラエティー番組「8時だよ!全員集合」である。この中で志村が「東村山音頭」を歌っていたのである。あれもおかしな歌だった。
(まずは四丁目から 行ってみようか!)
東村山 庭先や多摩湖 狭山茶どころ 人情が厚い 東村山四丁目
(続いて行ってみようか 三丁目!)
東村山三丁目 ちょいと ちょっくら ちょいと ちょいと来てね
一度はおいでよ三丁目 それ! 一度はおいでよ三丁目
(さあー 今度は一丁目 行ってみようかー!)
ゥワーォ! 東村山一丁目 ゥワーォ! 一丁目 一丁目 ゥワーォ! 
一丁目 一丁目 ゥワーォ!
東-ワォ! 村山一丁目 ゥワーォ! サンキュウ!

このおかしな歌を今も筆者が覚えているくらいだから、ショックを受けるというか、ばかばかしいというか強烈な印象を受けたに違いない。この意味不明な「東村山音頭」も多くの人々を楽しませ、多くの人達に愛され、歌い継がれているうちにいつの間にか人々の記憶に取り込まれ、気が付いてみると懐かしのメロディーに昇華している。おかしな話だ。「五環路の歌」もこれと同じ道をたどり、そのうち中国の人たちの懐かしのメロディーになるのであろう。おかしな歌などというレッテルは貼るべきではなかったかもしれない。

 



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