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安倍外交と「自由で開かれたインド太平洋構想」(下) 戸張東夫

安倍外交と「自由で開かれたインド太平洋構想」(下) 戸張東夫

<「二つの海の交わり」>

「自由で開かれたインド太平洋構想」は、南太平洋のシーレーンの要衝であるマラッカ海峡で隔てられた太平洋とインド洋を結び付けて「拡大アジア」を形成し、これによって中国の海洋進出を抑えようという構想だ。2016年8月ケニアで開かれた第6回アフリカ開発会議(TICAD6)における演説で安倍首相が初めて披露したという。だがこれより先にもこの構想の前身ともいうべき構想を安倍さんは語っている。たとえば第1次安倍内閣当時の2007年8月インド国会で「二つの海の交わり」と題して演説した中で既に日米豪印の提携を提起している。

また2012年国際NPO団体PROJECT SYNDICATEに寄稿した英文論文「Asia’s Democratic Security Diamond」の中で安倍さんは豪印米(ハワイ)3か国と我が国を四角形(ダイヤモンド形)に結び、この4つの海洋民主主義国の協力によってインド洋と太平洋における貿易ルートと法の支配を守るセキュリティダイヤモンド構想を語った。「自由で開かれたインド太平洋構想」が時間をかけて練り上げられたことがうかがえる。この構想が我が国が長い間無視してきたインドを取り上げたところに筆者は注目した。ひとつには対中国政策の一環として我が国は中国に匹敵する大国インドと中国に屈しないベトナムなどと関係を強化して外交カードにするべきだとかねて考えていたからである。だが我が国は長い間インドを重視しなかった。そのインドを安倍さんが再発見したと言ってよかろう。前述のカンワル・シバル氏も次のように述べている。「日本は、伝統的に東シナ海や南シナ海などには注目してきたが、インド洋は日本国民にとっては地理的にも概念的にも遠かったと思う。安倍首相は日本の貿易、エネルギー資源輸送のためのインド洋の戦略的重要性を理解し、国民に理解させようとした。」



<「自由で開かれたインド太平洋構想」>

それでは「自由で開かれたインド太平洋構想」とはどのような考え方なのであろう。安倍首相がこの構想を初めて語った第6回アフリカ開発会議における首相の発言の関連部分に直接説明してもらおう。

「世界に安定、繁栄を与えるのは、自由で開かれた2つの大洋、2つの大陸の結合が生む、偉大な躍動にほかなりません。日本は、太平洋とインド洋、アジアとアフリカの交わりを、力や威圧と無縁で、自由と、法の支配、市場経済を重んじる場として育て、豊かにする責任をにないます。両大陸をつなぐ海を、平和な、ルールの支配する海とするため、アフリカの皆さまと一緒に働きたい。それが日本の願いです。」「サプライ・チェーンはもう、アジアとアフリカに、あたかも巨大な橋を架け、産業の知恵を伝えつつある。アジアはいまや、他のどこより多く、民主主義人口を抱えています。アジアで根づいた民主主義、法の支配、市場経済のもとでの成長――、それらの生んだ自信と責任意識が、やさしい風とともにアフリカ全土を包むこと。それがわたしの願いです。アジアからアフリカに及ぶ一帯を、成長と繁栄の大動脈にしようではありませんか。アフリカと日本と、構想を共有し、共に進めていきましょう。」

ここに「日本は、太平洋とインド洋、アジアとアフリカの交わりを、力や威圧と無縁で、自由と、法の支配、市場経済を重んじる場として育て……」とあること。またこれに先立つ演説や論文などからこの構想の目的は明らかであろう。南シナ海のほぼ全域で領海権を主張し、周辺国に対して威圧、武力行為を繰り返す中国の不法行為を牽制し、阻止するというのが狙いである。


<『自由で開かれたインド太平洋戦略』で中国と協力?>

首相が当初から考えていたのか、国際情勢の変化の中で方向転換を思い立ったのかは定かではない。だがその後首相は「自由で開かれたインド太平洋戦略」の反中国的カラーを薄めようと考え始めた兆候がうかがえる。2018年9月ごろから政府が従来のインド太平洋「戦略」を「構想」と言い換えるようになったのもこの動きの一つとみてよかろう。さらに一歩進めて中国が持て余し気味の巨大経済圏構想「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋構想」とのドッキングの可能性にも関心を抱き始めたように見える。

このような首相の方向転換は首相の演説や国会答弁などから折に触れて感じられる。

「この海(太平洋からインド洋に至る広大な海)を将来にわたって、すべての人にわけ隔てなく平和と繁栄をもたらす公共財としなければなりません。『自由で開かれたインド太平洋戦略』を推し進めます。この大きな方向性の下で、中国とも協力して、増大するアジアのインフラ需要に応えていきます。」(2018年1月22日安倍首相の施政方針演説)「自由で開かれたインド太平洋の実現に貢献する取組は、いかなる国も排除されず」(2018年⒒月15日シンガポールで開かれた東アジア首脳会議における安倍首相発言。)

施政方針演説は「自由で開かれたインド太平洋構想」に中国も加える方針を初めて打ち出したものとして注目された。東アジア首脳会議での談話の「いかなる国も排除しない」という部分も中国向けのシグナルと受け止められている。

「国際社会の共通の考え方を十分に取り入れることで、一帯一路の構想は、環太平洋の自由で公正な経済圏に良質な形で融合していく、そして、地域と世界の平和と安定に貢献していくことを期待しています。」(2017年6月5日国際交流会議晩餐会における安倍首相のスピーチ)「一帯一路」構想については2018年10月の安倍習近平会談の時に安倍首相が「(「一帯一路」に)協力する」と語っているのだが、インド太平洋構想との関連でとりあげられることは多くはない。



<安倍首相、中国との関係詰め切れなかった?>

このような発言から首相がこの構想に中国を取り込むかどうか決めかねていたことがうかがえる。中国に対抗するために作った構想に中国を参加させるかどうか判断しかねていたのかもしれない。肝心の中国の本音も読めなかった。それに米中冷戦の中で日本がこの構想に中国を参加させることに米国がいい顔をしないことは火を見るよりも明らかで、そのことも気になっていたに違いない。そんな中でこの構想はそれ以上の進展を見せることはなかった。この構想はある意味で未完成のままだったのである。


そればかりか米国が2018年11月ベトナムで独自の「インド太平洋戦略」を発表したことから、安倍首相の構想は米中冷戦に巻き込まれ、すっかり影の薄い存在になってしまった。米国のインド太平戦略」は、米海軍による「航行の自由作戦」などの軍事的圧力を強化するだけでなく、インド太平洋諸国の発電所や道路、橋脚、港湾などのインフラ整備でも影響力拡大を図るためだというが、米中冷戦の現実から見てこの構想が対中戦略の一環となることは避けられまい。先に残念といったのはこのことなのである。この構想を米国による中国牽制の戦略から開放し、「世界覇権構想」を思わせる中国の「一帯一路」構想とは異なる我が国らしいアジア・インド・アフリカ経済開発構想のような平和的な経済建設に軸足を移した大構想に生まれ変わらせる

外交も安全保障政策も安倍路線を引き継いだ菅義偉内閣は「自由で開かれたインド太平洋構想」をどのように継承発展させていくのであろう。





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