極東にある小さな島国で人口が1億を上回る程度の日本が一時は当時の西ドイツを抜いて米国に次ぐ世界2位の経済大国となった原動力は、世界市場で輸出競争力を持つ数々の工業製品を送り出したことだが、それを支えたのは数百年前の江戸時代以降続くモノづくりの伝統が日本にあったといっても過言ではあるまい。もちろん、明治に入ってからの近代化以降の生産力の飛躍的向上には、欧米先進国からの新しい科学技術の導入が不可欠だったが、それを受け入れる土壌が日本にあったことは誇っていい点だ。
日本の伝統的技術と欧米の先進的技術の長所を取り入れながら、世界に誇る製造業のすそ野を形成した無名の労働者が、「職人」といわれる手に職を持った専門家だったように思われる。日本の製造業の競争力はそれぞれの産業分野で若干は異なるとはいえ、どの分野でも「世界トップ10」には入っている。製造業の粋を集めた産業といわれる自動車業界は、世界の自動車工業の発展をけん引しているほか、1970年代以降の厳しい排ガス規制をいち早くクリアし、環境に配慮した電気自動車の開発でも先鞭をつけている。
国力の裏付けとなる経済力の向上では、農業や水産業などの第一次産業、製造業の第二次産業、商業やサービスの第三次産業のバランスある発展がもちろん理想だが、生産性を抜きにすれば、日本産業界の成果物(農産品や工業製品)は世界のトップレベルに位置する。
こうしたモノづくりの伝統は、日本の会社数の95%以上を占める中小企業が担っている。トヨタや日産、ホンダといった日本の大手自動車メーカーや他の製造業分野のビッグ企業も、さまざまにある部品の生産は中小の部品メーカーが担っており、大きなすそ野産業を形成している。すそ野産業とは、例えて言えば、富士山のような大きな山の広大なすそ野を形づくる種々の中小の企業集団、産業集積を意味し、英語では「支援する」の意味合いがある単語が入った「サポーティング・インダストリー」と呼称する。これをすそ野産業と日本語に翻訳するのはとても日本的だ。
タイやインドネシア、マレーシアなど東南アジアでも工業分野が発展した国々では、それなりの産業集積ができているが、ベトナムやカンボジア、ミャンマーなどとなると、まだ十分な産業集積がないため、高度技術が必要な製造業は未発達なのが現状だ。タイをはじめ、東南アジアの労働者は概して手先が器用で、組み立て作業などを進出企業側が熱心に教えれば、熟練労働者として大いに活躍している。モノづくり職人の予備軍とも言えるが、そこから一歩踏み込んで、作業や工法に創意工夫を加えてライバル企業に負けない付加価値を付けることが大きな課題となる。
東南アジアなどの途上国では、日本企業に長年勤務した職人的技術者が現地の労働者にさまざまな技を教えている。先日も、多くの問題を抱えたミャンマーの鉄道事業を支援するために、レールや枕木の保守・管理の方法を教えているJR東日本(旧国鉄)のOBらの活躍ぶりのニュースを興味深く見た。