第99回 民族紛争をめぐるA記者との対話 伊藤努

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第99回 民族紛争をめぐるA記者との対話

最近、日本の地方の経済団体幹部らを主たるメンバーとするタイ投資視察ミッションの一行に加えてもらい、同国各地に進出している日系企業の経営責任者と意見交換するとともに、それぞれの工場を見学させていただいた。大手の製造業から食品会社、中小企業と視察した日系企業は多岐にわたったが、大手メーカーの場合、タイ人従業員の数は1万人近くにも上り、日系企業が地方都市の雇用創出や町づくりにも深くかかわっていることを改めて実感した。

視察ミッションの際に見聞した興味深い話題については、追い追いこのコラムでも取り上げていきたいが、今回はこの視察旅行で面識を得た全国紙のバンコク駐在記者とのバスで移動中のやりとりの一端を紹介したい。この記者をAさんとしておこう。

ミッションの一行は総勢15人程度なので、移動はマイクロバスだったが、この程度の人数だと、1週間も一緒にいれば全員と知り合いになれる。初対面のA記者とも意気投合し、互いの特派員経験を紹介し合っていると、ともに欧州とアジアの支局で複数の駐在経験があり、国家が崩壊した旧ユーゴスラビア紛争やアジア域内の民族紛争をカバーしていたことが分かった。取材した時期は異なるが、同じような取材対象に巡り合っていたという仲間意識が働いたのか、話が弾んだ。

タイの地方に工場を構える日系企業

筆者も、世界で随分と多くの民族・宗教紛争などを取材し、原稿に書いてきたが、かねて疑問に思っていた点を、この時とばかり、バスで隣の席にいるベテランのA記者に尋ねてみた。

「セルビア人とクロアチア人の対立、反目を中核とする旧ユーゴの激しい民族紛争や、インドネシアのマルク諸島などでのイスラム教徒とキリスト教徒による流血の衝突が起きたもともとの原因、背景は何だったのでしょうか」。インドネシアにおける宗教紛争のことを聞いたのは、A記者がジャカルタ特派員も経験していたからだ。

A記者は「それまで平和的に共存していた幾つかの民族や異教徒同士が流血の争いをするのは、過激で時には狂信的な民族・宗教指導者が政治的動機から対立をあおるからでしょう」と簡潔に答えた。聞いてみれば極めて単純なことだが、目からうろこが落ちた思いだった。

アフリカをはじめ、世界各地にはさまざまな民族紛争があるが、鉱物資源など欲に目がくらんだ指導者らによる利権争いに加え、狂信的指導者の言動が対立を激化させる2つの主要な要因だろう。日系企業の海外進出はもちろん、利益の追求が最大の動機ではあるが、異なる文化、生活習慣を持つ地元社会に溶け込み、共存共栄を図ろうとする視察企業に共通した姿勢は、民族対立の対極にあるものではないか。

 

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