第71回 「ナマズ殿下」の面目躍如 伊藤努

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第71回 「ナマズ殿下」の面目躍如

いつかのこの欄で海外に駐在する特派員は「何でも屋」で、どんなことでも取材する、あるいは取材しなければならないと書いた。日本にいるときは、政治部であれ、経済部であれ、または筆者の古巣の外信部であれ、所属するセクションによって取材の対象分野がほぼ決まっているが、海外に出ると、人がいないため、ニュースとなるものなら、何にでも首を突っ込まなくてはならなくなる。「タイが好き」と広言する秋篠宮殿下のタイ訪問の際には、宮内庁を担当する本社の社会部デスクから取材の依頼がくる。日本にいたときには絶対にやらない皇室取材ということになる。

そんなわけで、今から十数年前、秋篠宮殿下・妃殿下がタイを訪問した際、メコンオオナマズの研究をしている殿下がバンコク近郊にある淡水魚水族館を視察するというので、同行取材したことがある。社会部デスクも、「ナマズの殿下」の異名を取る同殿下がメコンオオナマズなどタイに生息する淡水魚専門の水族館を訪ねるというので、面白い取り合わせと考え、バンコク駐在の筆者に取材の指示を出したのだろう。

この種の取材を面倒くさいと思うか、面白そうだと考えるかで、仕事の取り組みは随分と変わってくるものだ。体長3メートル、重さが250キロにもなるメコンオオナマズは、大河のメコン水系にだけ生息する世界最大級の淡水魚で、絶滅の危機に瀕している希少な魚だ。国際的な保護や違法な漁獲を監視する取り組みも行われていた。そんなこともあって、名前は聞いていたが、「どんなナマズなのか実物を見てみたい」と、取材に急に好奇心がわいてきたのを思い出す。

メコンオオナマズが生息するメコン川

水族館にはお目当てのメコンオオナマズのほか、日本では見たこともないような変わった姿、形の大きなタイにいる淡水魚が区画された水槽の中を悠然と泳いでおり、われわれ記者団は、先に見学しているお二人と少し離れて後をついて行った。だが、妃殿下に説明する夫はナマズの専門家とあって、説明が長くなり、見学には予定以上の時間がかかってしまった。しかし、お二人の姿を遠巻きにして見ていた側には、説明役が水族館の担当者ではなく、夫というのが何ともほほえましかった。ちなみに、ご夫妻は学習院大学時代、殿下が創部したサークル「自然・文化研究会」の先輩・後輩の間柄であり、水族館見学はサークル活動の延長のようにも見えた。

水槽にいるナマズの仲間は、日本人が一般的にイメージするあのナマズではなく、巨大な姿格好とサメに似た大きな口から、説明を受けなければ、ナマズとは到底思えなかった。生き物の不思議と世界の広さを改めて感じた淡水魚水族館での取材だった。

秋篠宮殿下は幼少のときから生き物が好きで、子供のころはカメを飼っていたという。長じて、メコンオオナマズの系統関係やニワトリなど家禽の起源を専門テーマに選んで研究を深めている。殿下がタイなど東南アジアに強い関心を抱いたのは、生き物が好きな殿下にとっての「ワンダーランド」だったのではないかと推測している。
 

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