第73回 ベトナムの新幹線計画 伊藤努

第73回 ベトナムの新幹線計画
近年、目覚しい経済発展が続くベトナムで、日本のような新幹線を建設すべきかどうかをめぐってカンカンガクガクの議論が起きている。社会主義国の同国では、政府が提出した計画案は通常、形式的な審議を経て採択されるケースが圧倒的に多いが、6月の国会では、建設自体に対しては賛成が多かったものの、事業規模が大き過ぎるとして、政府計画の見直し・修正を求める動議が多数を占めた。政府の構想では、首都ハノイと南部の商都ホーチミン市(旧サイゴン)を結ぶ全長1570キロの新幹線計画の完成は今から25年後の2035年だが、今後の展開は一直線とはいかず、紆余曲折をたどりそうだ。
ベトナムの鉄道事情を少しは知る筆者にとっての疑問は、日本の50年以上も前のレベルの鉄道網しかないベトナムに高速鉄道が必要なことは分かっていても、一足飛びに最新システムの塊でもある新幹線が必要かどうかという点だ。仮に導入するにしても、一気に南北を縦断する新幹線を建設するのではなく、利用客が多く、採算が取れそうなハノイ、ホーチミン市のそれぞれ周辺100キロないし200キロに先行的に建設し、それと並行する形で日本の在来線の特急レベルの列車が常時運行できるような計画の方が現実的と思われるのだ。

ドイモイ号
政府構想に反対が多かった理由の1つは、投資総額が日本円に換算して5兆円とも6兆円ともいわれるほど巨額な点である。ベトナム政府が日本の新幹線方式を採用するに当たって、建設費のかなりの部分を円借款で賄いたいとの意向を伝えているが、日本政府としても採算性などを考慮すると、簡単に大盤振る舞いするわけにはいかない。5月にハノイを訪問した「鉄道オタク」で知られる前原誠司・国土交通相は、事業費が巨額に上ることから、開業時期の延期や区間短縮を検討するようベトナム政府に要請している。
東海道新幹線が開通したのは、東京オリンピックが開催された1964年。当時、小学5年生だった筆者は在来線とは全く違う車両や踏み切りがない広軌の専用レールを見て、子供心に驚いたものだ。夢の超特急と呼ばれた「こだま」「ひかり」でスタートした新幹線はその後も成長を続け、今では運行路線は全国の主要幹線に延びている。ベトナムは2020年に「工業国の仲間入り」を国是に掲げているが、意欲的な新幹線計画も、国力アップの象徴としたいのであろう。その気持ちも痛いほど分かるだけに、同国の新幹線計画の行き先に注目したい。