〔35〕香港から深圳への地域限定ビザ 小牟田哲彦(作家)

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〔35〕香港から深圳への地域限定ビザ

新型コロナウイルスの流行初期から長らく続いていた日本人観光客の訪中ビザの免除措置が、昨年11月末からおよそ4年半ぶりに再開された。コロナ禍前はビザなしで渡航できる期間が15日間だったのが、今回の再開を機に30日へと拡大されている。日中間には相互の短期訪問ビザを免除する協定などはないので、中国側が自国のメリットなどを総合的に勘案して、日本人の観光客や短期のビジネス訪問者の訪中を促進するために一方的にビザなし渡航を認める形となっている。

日本国民の中国短期訪問に際して入国ビザが不要となったのは、2003年からである。それまでは、2~3日の超短期での観光やビジネスにもビザが必要だった。東京や大阪などの大使館や領事館で自らビザの申請をすると発給まで1週間かかり、旅行会社に取得代行を依頼すると日数も手数料もさらにかかった。横浜や大阪・神戸から上海などへ向かう旅客フェリーに乗ると、船内で中国の30日ビザが発給されるサービスまであった。大使館や領事館がない地方都市から中国へ向かう旅行者にとっては、それなりに便利なビザ取得方法だったらしい。

そんなビザ必須だった1990年代に、ほとんどノービザに近い感覚で中国大陸の短期旅行を楽しめる方法があった。日本のパスポート保有者は香港には1970年代からノービザで短期旅行ができたのだが、その香港と広東省の深圳との境界地点に来ればその場で深圳特区ビザ(画像参照)を取得することができ、深圳、つまり中国本土に立ち入ることができたのだ。これは、1997年に香港がイギリスから返還される前も返還後も変わらなかった。

深圳地区に5日間だけ滞在できる広東省公安庁発行の地域限定ビザ

香港の九龍半島から深圳との境界線手前にある羅湖という駅まで、近郊電車で北上する。羅湖駅で下車し、ホーム前方にある改札口と香港側のパスポート・コントロールを通過すると、小川を跨ぐ小さな橋を渡って、対岸にある中国本土側の建物に入る。その上の階に「広東省公安庁出入境管理局」というセクションがあり、ここで備え付けの申請書を書いて提出すれば、その場で5日間有効の深圳地区限定入国ビザが出された。香港がまだイギリス領だった1990年代半ば、このビザを取得して深圳へ行くのは日本人が多かったせいか、デスクに設置されていた申請書の記入サンプルに書かれている申請者は「中山(Nakayama)」という姓の日本人名になっていたのを覚えている。記入済みの申請書とパスポート、それに手数料の100香港ドルを窓口に提出したら、3分もかからずにビザは発給された。

その頃の深圳には、香港よりも著名な観光スポットがあるわけではなかった。香港よりも物価が安くて入りやすかった高級レストランでグルメを楽しんだり、本物とは思えないほどの廉価でショッピングセンターの店頭に並ぶ有名ブランドの腕時計を眺めたりして、どことなく香港と違う中国本土の空気を肌で感じることが、当時の深圳日帰り観光のメインテーマであった。ただ、事前にビザ取得の手間をかけなければ入国できなかった中国本土に、わずか3分の手続きであっさり足を踏み入れることができた当時の深圳限定ビザは、日本人旅行者が気軽に中国本土を垣間見るための貴重な機会を提供していたように思う。


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