トランプ政権の外交新政策は「中国」を意識か-パナマ運河は奪回したが、他は危うい
トランプ米大統領は1月20日の就任以来、矢継ぎ早に新しい対外政策をぶち上げた。関税関係では、直接中国を対象にするだけでなく、カナダ、メキシコの隣国、さらには欧州や日本の同盟国に対しても追加実施すると宣言した。さらに驚いたのは、「パナマ運河を米国が回収する」とか、「グリーンランド(デンマークの自治領)を買収したい」「ガザ地区を米国の管理下に置く」とか、19世紀、20世紀初頭の帝国主義大国のやり口とも取れるような主張もし始めたことだ。彼一流の自己顕示欲的な行動とも映るが、それにしても自由と民主主義の盟主と見られてきた米国のイメージを覆す異常な行動であり、どこまで本気なのかは分からない。ただ、こうしたトランプ氏の対外的“新政策”を冷静に分析すると、やはり究極的に中国を意識した動きであることに気付かされる。世界覇権争いのライバ"ルを中国と決めつけ、その阻止に動いていることは間違いない。
<トランプの追加関税政策>
トランプ氏は、一期目政権の時も中国に対し関税を引き上げたし、今回の就任前にも実施を予告していたので、これ自体に驚きはない。その関税の重点対象について「アメリカが歴史的な投資を行っている戦略的な分野を対象にする」としている。中国を標的にしたのは、米国の産業発展を阻害するような工業製品が入り込むのを防ぎたいとの意図であろう。まず、中国製EV(電気自動車)への関税を今年中に現在の25%から4倍の100%にし、EV用のリチウムイオン電池への関税を7.5%から25%に引き上げる。太陽光発電設備についても、今年中に25%から50%に引き上げるという。さらに、非先端半導体への関税を来年までに25%から50%にするとも主張している。確かに中国では、太陽光パネルや半導体が政府補助金を受けて過剰生産され、国内消費できない分が大量に輸出されている。
中国産品の受け入れを抑制することは、国内経済の活性化を図り、景気を維持し、雇用を確保したいという米側の思いがあるからであろう。ただ、米国の産業は現在、ソフトウェアなどの先端技術を主とする製品の生産が中心であり、繊維、家電などの軽工業品は輸入に依存している。このため、中国産品を買わざるを得ない。関税は“相互主義”なので、米側が関税率をアップすれば、その報復として中国側も当然同様措置に出る。そこで、米側も輸入物価が上がり、インフレを招くことになる。米中貿易は中国の出超であるため、米国の大豆,トウモロコシなどの農産品も積極的に受け入れているが、追加関税となれば、中国はロシアやブラジルなどに輸入先を変える可能性もある。結果、輸出農作物の主産地は米中西部なので、そこに多いトランプ支持者にも悪影響が出るであろう。
トランプ氏が中国へ強権発動することは予想されたが、隣国であるメキシコ、カナダに対しても25%の追加関税にかけると宣言したのは驚きであった。クリントン大統領時代の1994年に北米自由貿易協定(NAFTA)が発効し、3国の分業体制が整った。それでもトランプ政権の一期目では、これが見直され、新たに米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が締結された。NAFTAに比べて労働基準や環境に配慮したための改定と言われるが、自由貿易の枠組みは維持されている。すでに自動車製造などでメキシコの低賃金を前提としたサプライチェーン態勢ができ上っており、関連業者から「この枠組みが壊れると困る」との要請があったからのようだ。一方、米側にも事情がある。生鮮野菜の7割、果物もかなりの量がメキシコから入っており、メキシコ、カナダとの関税障壁ができると、米国内の農業産品は不足気味となり、しかも値段も高くなってしまう。
そうした不都合があるにもかかわらず、トランプ氏が敢えて隣国との“垣根”を高くしたのは、不法移民の流入を防ぎたいという狙いがあるからだ。メキシコと米テキサス州との間には壁が造られたため、今、この国境は越えにくい。このため、多くは比較的管理が緩やかな米カナダ国境越えを目指しており、米当局も勢いカナダへの監視を厳しくしている。さらに米国は、大量の死者を出している合法麻薬フェンタニルの原料が中国からメキシコなど中南米に輸出され、現地で製造されて米側に流入していることに反発している。実は、フェンタニルの流入もカナダからの方が多いという情報もあり、カナダとの物品流通管理を厳しくするのもそれが理由だ。カナダ、メキシコとの国境管理も中国の存在抜きには語れないようだ。
<WHO、パリ協定からの脱退>
トランプ氏は、一期目政権でパリ協定、環太平洋経済連携協定(TPP)から脱退するなどもともと国際協調に関心を示さない指導者であったが、2期目就任後に、いきなり世界保健機構(WHO)からの脱退を表明したのは衝撃的であった。米国はWHOへの最大の資金拠出国なのだが、テドロス・アダノム事務局長のマネジメントに不満があったと言われる。特にコロナウイルス対策。コロナの蔓延を受けてWHOは2021年1月に中国に調査団を派遣してウイルス発生源の特定に当たった。中国で最初に多くの患者を出した湖北省武漢市を中心に調査し、ウイルス研究をしていた「武漢感染症研究所」を発生元として疑いの目を向けた。ただ、調査団は事後の報告書で、武漢研からの出処説を否定した。
中国は当初、WHOの調査団来訪を嫌がっていたが、最終的に受け入れた。これは、同機構と中国との間で事前に発生源を明確にしないとの”密約“があったからではないかとの見方も出ていた。テドロス氏はエチオピア出身で感染症の研究者だが、もともと同国から分離独立を目指していたエリトリア武装勢力の闘士でもあった。そのため、当時から中国との関係は緊密だった。彼はエチオピアの外相などを歴任したあと、2017年7月にWHO事務局長に就いたが、この際、中国から全面的なバックアップを受けている。ずっと親中国的な態度を取っており、当初からコロナの中国発生説に否定的だった。
しかも、テドロス氏は、中国の製薬会社「シノファーム」「シノバック」のコロナワクチンをいち早く東南アジア、中東、南米などに送る手助けをし、中国製品のマーケット拡大にも貢献したと言われる。トランプはこの親中国姿勢に不快感を持っていたようだ。のちに、米国のファイザーやモデルナ、英国のアストラゼネカのコロナワクチンが中国製を凌駕した。感染症はしばしば世界的に流行するので、トランプ氏は自国製薬会社をバックアップし、利益に噛みたいとの思いがあるのだろう。ただ、新政権で厚生長官に任命されたロバート・ケネディ・ジュニア氏は、ワクチン接種に対して一貫して懐疑論を展開していた。その後に「ワクチンは重要な役割をはたしている」と方向転換したが、ジュニアの長官就任発表でファイザーやモデルナの株価が一時急落した。あるいは、トランプ氏はこの人事を通じて製薬会社とのコネを付けるきっかけ作りをしたかったのかも知れない。
トランプ氏は、地球温暖化の原因が二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスにあると信じておらず、第一期政権時にもパリ協定からの離脱を表明した。バイデン政権は環境悪化を恐れて同協定に復帰したが、今次就任後に再離脱。「掘って、掘って、掘りまくれ」とばかりに環境悪化が取り沙汰される化石燃料の採掘には積極的である。実際に、国内でシェールガスを自由に抽出したり、アラスカ州で液化天然ガスの事業を進めたりすることを望んでいる。世界のエネルギー市場が「OPEC(石油輸出国機構)プラス」の意のままに動かされ、原油などが高値安定していることに不快感を持っているとされ、それ故に米国がエネルギー生産を一段アップし、主導権の奪回を目指している。原油の現物取引は60ドル台後半で推移しているが、トランプ氏は近い将来40ドル台に持っていきたいとの思惑もあると言われる。
ウクライナ戦争による西側先進国の制裁で今、ロシア産の石油、天然ガスが西側に入らず、中国、インドやグローバスサウスに重点的に回っている。さらに、このロシアの状況に合わせて中東のOPEC諸国も減産維持を進めているため、高値状態が維持されている。ところが、西側先進国のロシア制裁があっても中国、インドはしっかりとロシア産原油を安価で輸入し続けており、ウクライナ戦争をむしろ絶好の機会ととらえている。トランプ氏はこうしたエネルギーの需給状況に歯止めをかけるために大量生産に出たのだ。また、中国は温室効果ガスの排出量が多い割には「パリ協定を順守する」と表明している。こうした中国の"良い子"ぶっている言動と実際行動の違いをトランプ氏は指摘し、一石を投じたいのかも知れない。
<グリーンランド、ガザ領有の狙い>
グリーンランドは、トランプ大統領が一期目の時もデンマーク側に譲渡できないかと申し入れていた。その申し出の裏にあるのは、同島がデンマークによって十分に管理されていないという危機感である。同島には石油、天然ガス、レアメタル、レアアースの地下資源が豊富にあるとされる。このため、昨今、オーストラリアの資源開発企業「エナジー・トランジション・ミネラルズ(ETM)」が探査を進めており、この豪州企業に中国のレアアース大手企業「盛和資源」が資本参加、現地の自治領政府に接近して熱心に開発を促している状況がある。加えて、中国人の”辺境“観光熱が高まり、しばしば団体ツアー客が同地を訪れている。あるいは、中国当局が同島への関心を示すために意図的にツアーを送り込んでいることも考えられる。
中国は北極海航路にも強い関心を示している。現在は「北極評議会」(北極海に接する8カ国で構成)のオブザーバーメンバーであるが、正式メンバー入りを狙っている。そのためにも、デンマークからグリーンランドを独立させて、評議会のメンバーにし、中国がその後見人になるとの思惑があるのかも知れない。中国の“意欲的”な動きがあることから、米国は北極圏の安全保障という観点からも同島の存在を重視している。島の西北部カナダ寄りにカーナークという地があり、米宇宙軍のピツフック基地(旧チューレ空軍基地)がある。トランプ大統領が「米国への併合」を言うのはこの基地の存在も頭にあるからであろう。
イスラエルが戦いを続ける中東ガザ地区について、トランプ氏が「米国の管理下に置き、将来リゾート地を造る」と宣言したのは、あまりにも唐突すぎてこれも世界を唖然とさせた。パレスチナ人が密集で居住しており、反イスラエルの武装勢力「ハマス」が実効支配している。イスラエルは2023年10月にハマスのゲリラ奇襲攻撃を受け、多数が死傷し、人質に取られた。このため、将来にわたってハマスの敵対行動を封じようと全土占領を考えているもよう。だが、そうなれば中東諸国は黙っていないだろう。米国の今回の“申し出”はイスラエルの管理にもさせない、ハマスの復権も許さないという観点からすれば、うまい方策なのかも知れないが、米国の管理というのは非現実的で、リゾート地にするなどというのはあり得ない。
となると、米国には別の意図があるように思われる。紅海と地中海を結ぶスエズ運河は今、長引く干ばつの影響で渇水が続き、通航船舶は長い時間待たされる状況にある。加えて、イエメンの武装勢力「フーシ」による紅海、アデン湾での無差別攻撃や、ソマリアの海賊行動の脅威がある。イエメンの対岸ジブチに多国籍の軍が駐留し、ソマリアの海賊行動は抑えられているが、フーシの攻撃は続いている。米英軍がフーシの基地を空爆しているものの、十分に掃討できておらず、相変わらず通航船舶はミサイル攻撃の危機にさらされている。こうした状況から、インド洋-紅海-地中海ルートは使いにくくなっており、かなりの船舶がアフリカ大陸最南端の喜望峰を回っているという現実もある。スムーズな運航には引き続きフーシの掃討のほか、スエズ運河のスムーズな通過が必要だ。
そこで浮かび上がってくるのが第2スエズ運河の構想である。紅海のエジプト寄りにはスエズ運河に至るスエズ湾があり、ここにスエズ運河が造られた。一方、シナイ半島の反対側にイスラエル領に至るアカバ湾がある。アカバ湾からエジプト国境近くの砂漠を掘削すれば、ガザ経由で地中海に至る運河の建造も可能だ。いわば第2「スエズ運河」構想であり、これができれば、イスラエルにとっては大きな権益となる。事情通によると、トランプ氏の娘イバンカさんの夫で、第一次政権で活躍したユダヤ系米国人のジャレッド・クシュナー氏が同構想を提示したことがあったという。クシュナー氏が積極的に動けば、トランプ大統領に反対はないであろう。あるいはトランプ企業が将来この事業に関わることも可能だ。「ガザを米国管理下に置きたい」と言った大統領の心底にはこの第2運河構想を視野に入れているのではないかとの推測もできる。
中国は太平洋のみならず、インド洋進出にも熱心である。雲南省南西部から石油パイプラインをミャンマーのチャウピューまで通している。このチャウピュー、スリランカのハンバントタ、パキスタンのグワーダル、北アフリカのジブチと港湾権益を確保。インド洋でいわゆる”真珠の首飾り“という港湾シンジケートを作り上げた。さらに、スエズ運河を越えてギリシャのピレウス港の利権も確保している。インド洋上にあり、米軍の基地があることで有名なディエゴガルシア諸島を英国は昨年10月、モーリシャスに返還することに合意した。これを機会に中国はモーリシャスに基地建設を打診していると言われる。加えて、エジプトとの関係からスエズ運河まで中国系企業が入手したら、インド洋-欧州への海洋ルートで中国の影響力は一段と強まるであろう。したがって、米国のガザ管理の主張は、中国の野望を打ちくだく意味合いもありそうだ。
<パナマ運河、再び管理下に>
パナマ運河は、もともと米国が巨費を投じて1914年に建設、完工したものだ。1977年、米カーター民主党政権の時代にパナマへの返還を決め、1999年から同国政府が単独で管理、運営するようになった。その後に香港経済界の大御所、李嘉誠氏の企業「長江和記実業(CKハチソンホールディングス)」が運河の入り口にあるバルボア港(太平洋側)、クリストバル港(カリブ海側)の2港の権益を確保した。2017年、パナマが台湾との外交関係を断ち、中国に乗り換えたため、香港企業が港湾を支配する意味が強まった。ところが今年1月、就任後のトランプ大統領が「有事の際に中国に運河を占拠される恐れもある」と苦言を呈し、米国が運営権を回収する意向を示した。そして3月4日、CKハチソンは突然、米国の大手投資企業「ブラックロック」系の投資コンソーシアムにその権益を譲ったと発表した。全世界23カ国、43カ所で所有していた港湾権益を190億米ドルで一括売却したという。この中にパナマ運河の2港も入っていた。
CKハチソンがブラックロックとの港湾権益譲渡交渉には、李嘉誠氏の長男で同社社長の李沢鉅(ビクター・リー)氏ばかりでなく、日常業務に関与しない96歳の李嘉誠氏自身も出席したという。同社にとってそれだけ重要視していた案件であったのだろう。全世界の海運貿易貨物の6%がパナマ運河を通り、このうち中国商船の貨物が21%を占める。結局、李嘉誠氏は中国への忠誠に傾かず、パナマ運河の権益を米側に売り渡す判断を下した。李氏は1990年代に、中国の経済発展を予測して国内に大量の不動産を所有したが、なぜか、2013年にその不動産のほとんどを売却し、投資先を欧州方面に換えた。案の定、中国不動産バブルは2020年には終わり、李氏の判断は結果的に当たったことがあった。あるいは、将来米中有事が起きた際、欧米が中国に制裁を発動し、同社が持つ全世界の資産が差し押さえられることを懸念し、事前に手を打ったのかも知れない。李嘉誠氏のビジネス感覚は鋭い。
中南米諸国は従来米国の”裏庭国家“と言われ、その影響下にあった。ところが近年、特に米民主党政権下で、多くの国家がキューバと同じように社会主義志向を強め、米国との関係をトーンダウンさせてきた。パナマも中国と国交を樹立したあとの一年後に中国の広域経済圏構想「一帯一路」にも与した。CKハチソンがパナマ運河の権益を確保できたのは、恐らく中国政府の意向があったからだと思われる。中国が香港への支配力を強めていることを考えれば、香港企業の権益確保はすなわち中国の権益確保とほぼイコールであり、中国当局にとっては、太平洋と大西洋を結ぶ海運ルートを完全に掌握したと認識したであろう。
ところが、そうは問屋が卸さなかった。中国は老巧な香港ビジネスマンの”裏切り“に遭い、その利便性を失ってしまった。米中有事となれば、中国側はCKハチソンを通してこの運河を閉め切り、米軍艦の通行を阻止できるはずだったが、それも不可能になった。CKハチソンがブラックロックに運河権益を譲渡した裏にはもちろん、米側の圧力があったことは否めない。トランプ氏がパナマ運河関連の発言をしたあと、マルコ・ルビオ国務長官がすぐにパナマを訪れ、ホセ・ムリーノ大統領と会談、「中国の影響力を除去しないのなら、必要な措置を取る」と圧力を掛けた。パナマ政府も台湾断絶などで中国寄りの姿勢を示してきたが、最終的に秤にかけて米国になびく決断をした。米国には「一帯一路」協定の破棄を約束するとともに、香港企業に対しては運営権を手放すよう求めたようだ。
こうしたCKハチソンと総帥の李嘉誠氏の反北京的な姿勢に、中国サイドの怒りは激しさを増すばかり。3月13日から共産党系メディアは連日、激しい批判を加えた。香港の党系メディア「大公報」は13日、「無邪気になるな、愚かになるな」、15日には「偉大な企業家はすべて優れた愛国者であるものだ」と題する論文を掲載し、李嘉誠氏を名指して非愛国者と言わんばかりに非難した。これに対し、海外のX(旧ツイッター)では、「そもそもパナマ運河と中国国家、民族の利益と何の関係がある」「パナマ運河はもともと中国のものではないだろう」との反論が出た。ある台湾の知識人は「李嘉誠は一人のビジネスマンであるのだから、企業利益を優先させるのは当然だ」「中国当局が李嘉誠を激しく恨むと香港のビジネス全体に悪影響を与える。香港の経済人はいつも中国に左右され、中国の利益を代表していると見られてしまうから」と指摘している。
中国は3月14-15日、党中央対外連絡部の馬輝副部長らの代表団をパナマに送り、主要政治家や地元のシンクタンク知識人らと会談させた。この狙いはパナマが米国寄りにならないようくぎを刺すことにあったのだろう。大公報紙も21日、再び論評を出し、「国家の安全と利益を損なうな」と権益売却の撤回を呼び掛けた。だが、ブラックロックへの売却が決まったあとで、しかも、ムリーノ大統領が親米に舵を切ったあとでは後の祭りの感は免れない。トランプ氏が就任後出した外交新政策のうち、ことパナマ運河に関しては完璧に大統領の狙い通りに進んでいるように思われる。李嘉誠氏とCKハチソンは今後、中国国内でのビジネスを展開しにくくなっている。
<トランプのスタンスと中国>
米国の外交政策を歴史的に見ると、民主党は国際協調主義、多国間主義であり、共和党は一国主義、単独行動主義の傾向が見られる。ただ、歴代の共和党大統領は対外的に行動を起こす時に一応大義や理由を示す。2003年のイラクで軍事行動を起こす時も「サダム・フセイン(大統領)が大量破壊兵器を持っている」などの理由を明らかにした。ところが、トランプ氏の一国主義はこれまでとちょっと質が違う感がある。彼の言う「米国ファースト」は民主主義、自由、人権、環境を守るといった大義や国際正義がなく、場合によっては国際法も頭にない。米国の経済的な利益優先、時にはトランプ氏個人の企業優先だけである。つまり、MAGA(make America great again )でなく、MTSA(make Trump selfish again 、トランプ自分勝手主義の再来)のように映ってしまう。
ロシアの潜在的脅威にさらされているNATO(北大西洋条約機構)加盟の欧州諸国は、今や完全に米国に頼る姿勢を捨て、米国抜きの安全保障体制の構築、欧州統一軍の構築などを考慮していると言われる。ASEANも海洋権益で中国の脅威を受けるフィリピン以外の国では、非米化、親中傾向が強まっている。中国、ロシアが中心となった緩やかな経済体「BRICS」に対し、インドネシアが正式加盟し、マレーシアとタイが加盟申請している。トランプ氏はASEANへの関心が薄いとされているため、加盟国はますます中国に頼ろうとしている。イーロン・マスク氏をトップとする米政府効率化省(DOGE)が公的な無駄を省くとしてUSAID(海外開発庁)を廃止、海外援助を削減すれば、さらに米国には頼れない状況になる。
トランプ大統領の外交政策を一期目から見ると、中国を主敵とし、ロシアを抱き込む姿勢が垣間見えてくる。ロシア寄りになってウクライナ戦争を終結させたがり、ロシアを先進国首脳会議に再び参加させたいとの発言を聞いても、早々とロシアを中国から切り離し、西側に近づけさせたいとの思惑がありありと見える。ロシアは領土大国で資源を持つか、先進工業国への道は遠い。その点、中国は宇宙、生成AI、ロボットなどで確実に成果を上げているので、米国にとって潜在的な脅威と映っているのであろう。米国は、安全保障面で他国関与に冷淡であるほか、対外的な支援、援助まで削減したら、諸外国はますます米国離れを起こす。この機に乗じてくるのが中国であり、一時しぼみかけた一帯一路構想を再び持ち出して影響力を強めてくるのは間違いない。
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