“大陸花嫁”の追い出しによって一段と対立深める中台海峡両岸―双方強気な姿勢崩さず 日暮高則

“大陸花嫁”の追い出しによって一段と対立深める中台海峡両岸―双方強気な姿勢崩さず
台湾に嫁いだ中国大陸出身の女性が自らSNS発信する投稿型短編動画アプリ「TikTok(抖音)」で「台湾への武力統一」の必要性まで言及したことから、台湾政府は怒り、両岸人民の交流に関する規則に違反するとして域外への退去処分を下した。女性は夫ばかりでなく3人の子供とも別れて泣く泣く故郷の湖南省に戻らざるを得なくなった。この措置に対し、中国側が非難したほか、台湾内でも「民主主義を標榜しているのに言論の自由もないのか」との批判の声も出た。頼清徳総統が3月13日、「大陸は域外の敵対勢力」と発言したことから、中国当局は反発し、一段と軍事的な圧力を強めている。こういう時期だからこそ、台湾にとって「武統」はセンシティブな言葉であり、域内の人民からこうした言葉が出てくることを看過できなかったと見られる。中台はホットな戦いまでには行かないながら、対立は深まっている。
<亜亜の“武統”サイト>
「武力統一」の必要性まで主張して台湾を追い出された女性は中国・湖南省出身の劉振亜さん。台湾人の夫黄君宏氏と結婚して、すでに10年以上台湾に住んでおり、男女3人の子どもがいる。台湾に来ている大陸出身配偶者は「陸配(大陸花嫁)」と呼ばれ、域内には30万人以上いるが、この中で特に彼女が注目されたのは、TikTok上に「亜亜」というハンドルネームを使って「亜亜在台湾」というサイトを投稿し続けていたためだ。同じ境遇にある陸配の多くが共感をもって彼女のサイトに注目したため、フォロワー数は40万人以上と言われ、インフルエンサーとして大きな影響力を持った。大陸出身者の彼女らの共通認識は「台湾は中国の一部であり、切り離されてほしくない」ということで、その考えから中台統一に共鳴し、台湾独立には断固反対するという立場を取っている。
台湾のここ10年の総統は大陸接近に熱心でない民進党政権であることから、中台間はぎくしゃくし、陸配の立場は怪しくなった。劉振亜さんはTikTokサイトに最初は当たり障りのない日常の話を書いていたが、徐々に政治的な主張を織り込むようになり、「両岸統一は自分の理想だ」とも書くようになった。あくまで両岸の平和統一を望むという程度では問題にならなかったであろう。だが、やがて「大陸が武力で統一することに他の理由は必要ない」「どうしていつまでも統一に武力を使わないのか」などと“過激な”意思表明をするようになった。外国人の出入境管理を担当する台湾移民署はこうした政治的な発言を問題視。サイトには動画も掲載されているため、「撮影作業などがとても家庭の主婦一人でできるものではない。強力な撮影チームがあって、どこかから資金提供を受けているのではないか」と疑った。
移民署は劉振亜さんを呼び出し、「大陸の統一戦線関係者から金銭を受け取っていないか」と詰問した。それに対し、劉さんは直接答えず、「自分は湖南省人で、両岸のいずれにも家族がおり、両岸の平和を最も願っている。台湾独立を進め、両岸を分裂させようとする人たちこそ、台湾に危害を与えている」「両岸統一は私の理想だ。自分の考えを発表することが駄目なら、台湾人が言う言論の自由とは何なのか」と反発したという。ただ、「亜亜在台湾」サイトを熱心に見ているフォロワーによれば、「中台が開戦すれば、台湾は30分で廃墟となる」と脅したり、「早く武統してほしい」とか「朝起きて周囲に五星紅旗(中国国旗)がいっぱい立っていたらうれしい」などとかなり北京当局寄りの発言をしたりしていたという。
このため、移民署は劉振亜さんの行為は「国家の安全と社会の安定に危害を及ぼす恐れがある」と認定、「台湾地区と大陸地区の人民関係条例」に違反するとして、在留資格を取り消した。これを受け、台湾内では「国家の安全を脅かしている以上当然の措置」という賛成論のほか、「円満な家庭を崩壊させていいのか」という同情論、懐疑論があった。在留資格を取り消された以上、劉さんは台湾にはいられない。滞在期限が切れる寸前の3月25日午後、台北・松山空港で夫ばかりか、3人の子供たちとも泣く泣く別れて福建省福州向けの便に乗り込んだ。空港では、統一反対派から「お前など台湾に二度と戻るな」「祖国に帰るとはおめでとう」などと罵声と皮肉な言葉が浴びせられたという。
<「陸配」の立場は微妙?>
劉さんは、国際結婚カップルの相互扶助団体「台湾国際家庭互助協会」を通じて心境を語り、その中で「私は平和統一を望んでいるのであって不法行為はしていない」と不満を表明した。また、「民進党政権が徐々に私に狙いを絞ってきた。これは殺鶏儆猴(ニワトリを殺して猿に警告を与える)の類いで、北京政府を挑発している」「劉世芳内政部長が移民署に圧力を掛けて人権迫害を行った」と名指ししながら非難。さらに、「台湾民衆は民進党政権が私への不正な行為を行い、陸配に差別したのを目撃した。台湾政府は権力の乱用と圧迫は止めるべきだ」「私はいったん台湾を離れるが、近いうちに再び正々堂々と戻り、愛する家族と一緒に暮らしたい」などとも述べている。
こうした主張を見る限り、家族への惜別以上に民進党政権に対する非難が大きなウエイトを占めており、台湾住民に向けて現政権の対応不備をアピールするかのようで、多分に政治的なニュアンスが含まれている。実際に劉さんが大陸の統一戦線組織とどれほどの関係があるかどうかは分からないが、彼女が福州長楽空港に到着したあと、黒ずくめの服装、マスク姿の男数人ががっちり劉さんをガードし、メディアの取材を許さない光景が見られた。とても一民間人への処遇とは思えない。「亜亜在台湾」の掲載SNSが大陸発のTikTokであることや、福州空港のロビーでの異様な光景からすると、やはり劉振亜さんには大陸の統一戦線組織の協力があったのではないかとの疑いは消えない。
実は「陸配」への圧力は劉振亜さんに限ったものではない。移民署は3月21日、「恩綺」「小微」というハンドルネームを持つ2人の陸配に対しても、「ネット上で、台湾への武力侵略を正当化するような映画を流した」という理由で在留許可を取り消し、3月31日までに台湾を出るよう求めた。中時新聞網によれば、2人はこの命令に対しTikTok上で20分程度のライブ配信を行い、恩綺さんはこの中で「どこにいようとも、自身の根っこを忘れてはならない。事物の根源を忘れ、おろそかにするような不孝な子供になってはならない」「いかにあなた方が私を捻じ曲げようとしても、私の真心は変わらない」と中台同族、血のつながりを強調。一方、小微さんは「(自分の出境で)夫は3人の子供を独りで面倒見なくてはならなくなる。苦労をかけてしまう」と嘆きながらも、「私は愛国を表したために台湾に戻れなくなる。私は犠牲になるが、その価値はある」と強い決意を語った。2人は3月31日午後、四川省成都向けの便に乗り、台湾を離れた。
1990年代に中台間の交流が盛んになって多くの台湾企業、台湾人が大陸に出て行った。台湾人は同一の民族、言語を背景に人間関係が作りやすく、大陸の女性を娶る台湾人も続出した。その陸配は当初経済的な理由でより豊かな台湾にあこがれて来た人が多かった。21世紀になって中国の経済状況も良くなってくると、純粋に男女の恋愛感情からの結婚も増えてきたように思われる。台湾内の反統一派からは「陸配はスパイではないか」「統一戦線工作のためのエージェントかも知れない」などと言われ、ずっと疑いの目が向けられた。しかし、10年以上という長期間台湾にいて台湾人夫との間に子供まで作った人が果たしてエージェントであり得るのか。確実に言えることは、多くの陸配は中台間の行き来を自由にしたいために中台の敵対状態は止めてほしいと願っており、そのために対大陸融和派の国民党を支持する人が圧倒的である。
<統戦工作への台湾対応>
中国は今、民進党の頼清徳政権を目の敵にして中間線を越えて軍艦を遊弋させているほか、台湾島を包囲する形での実弾軍事演習なども実施している。こうした脅しの行動は反統一派の民進党を困惑させ、融和派国民党の政権誕生に向けた環境作りをするのが目的なのであろう。ただ、これは台湾人民を不安にさせ、却って民進党政権の基盤を強固にしているようにも見受けられる。頼清徳総統は3月13日、安全保障に関わる閣僚らを集めた「国安高層会議」(国家安全保障に関するハイレベル会議)を招集。そのあとの記者会見で、「中国は台湾にとって境外の敵対勢力となっている」と強調、中国側の脅威に関して統一工作やスパイ活動の浸透など5つに分類し、それらに対する17項の対策を明示したという。
台北駐日経済文化代表処(駐日大使館に相当)の広報サイトによれば、中国側は近年、台湾人に対して中国での「居住証」「身分証」を発行して大陸人と同等にするよう画策しており、両岸を頻繁に行き来する台湾人の中には利便性からこれを申請、所持する人もいるという。頼総統は「これは両岸交流を口実にした事実上の統一工作」と認識。「台湾人の国家アイデンティーを奪うものであり、台湾の内部分裂を誘い、我が国政府の無力化を図り、中国が台湾を統治しているといった誤った印象を作り出そうとしている」と批判した。そして、軍人、公務員、教員らに台湾への忠誠を義務付け、中国の身分証など受けないよう求めた。また、中国人に対しても、台湾での定住を申請する場合、中国籍やパスポートを放棄するよう要求し、両岸双方での身分証を所持しないようにした。これは陸配への監視を強めるもので、劉振亜さん事件にもつながる。
最近、公職に就く大陸出身者が中国籍を放棄していないという“二重国籍”問題がクローズアップされたが、これは頼総統の言う「公務員の忠誠心」に関係する。南投県議会議員であった大陸出身の女性史雪燕さんが中国籍を持ち続けていたために失職の憂き目に遭ったほか、中国籍を持つ5人の村長も罷免の対象になった。史雪燕さんは台湾人と結婚して定住、議員となったが、昨年12月、台湾内政部から「国籍法」違反を指摘された。史さんは「2021年に議員当選したあと内政部などから中国籍を放棄するようにとの通知は受けていない」と弁明。国民党の立法議員とともに今年1月記者会見し、「民進党政権の政治的な圧力だ」として批判した。劉世芳内政部長は、このほか村長クラスで5人が中華人民共和国籍を所持していることを暴露、「早期に二重国籍を解消しないと解職処分となる」と警告した。
大陸中国人が来台し、「両岸交流」という形で統一工作を進めることにも厳しい目を向けた。つまり、この手の“業務経験”のある中国人の入国を制限した。台湾人についても、中国での活動を監視し、統一工作に乗らないよう指導、管理していく方針を示した。特に芸能人の中には、大陸での人気獲得、エンターテイメント・ビジネス領域を広げたいがために中国側の指示に従って「私は(台湾人でなく)中国人」と叫んだり、大陸の身分証を取得したりして迎合する人もいる。頼発言はこうした行動に一石を投じたものだ。また、台湾の公務員や立法委員(国会議員)、地方議員、地方首長らが大陸を訪れて交流事業を行う場合にはその情報を公開すること、宗教団体や慈善団体が中国側と交流を行う場合もその内容を明らかにすべきだと求めている。
中国が「融合発展」の名目で、台湾企業や台湾の若者を取り込む画策をしていることについては、駐日代表処広報サイトは「台湾と中国の経済・貿易関係で戦略的な構造調整を行い、中国の台湾に対する経済・貿易分野での統一工作や経済制裁などに効果的に対処する」と指摘している。「戦略的な構造調整」とは具体的に何を指すのかは明らかでないが、要は台湾企業が過度に台湾に投資したり、工場進出などをしたりして抜き差しならない関係にならないよう忠告したものだと推察できる。また、台湾の青年層に対して、(一党独裁で非民主主義体制であるという)中国を理解するための教育を一層強化し、両岸交流についての正しい認識を広げていく必要性も強調している。台湾の高度技術移転を避けるため、大学卒業生が安易に中国企業に就職したりしないよう求めたものであろう。
<中国側の圧力>
頼総統の「敵対発言」に対し、中国側の怒りは生半可でなかった。解放軍東部戦区は4月1日、台湾周辺で軍事演習を始めると発表、同日直ちに演習を開始した。演習の目的は「台湾独立勢力への重大な警告」だとしており、頼清徳総統、民進党政権に圧力を加える狙いがあることは明白だ。東部戦区が1日公開した画像を見ると、頼総統とみられる人物が描かれて、そこには「寄生虫が台湾を毒している」との過激な言葉も添えられていた。演習では、陸海空軍に加え、ミサイル戦略部隊である「ロケット軍」なども参加。多方向から台湾本島へ接近し、島への攻撃、主要な海域や航路の封鎖などを想定した訓練が行われた。もちろん、台湾に直接攻撃があったわけではないが、ロシア軍のウクライナ侵略も「最初は国境地帯の演習」の名目で始まったことを想起すると、周辺演習は不気味ではある。
「敵対発言」以前から中国の圧力は徐々に強まってきていた。台湾海巡署が明らかにしたところによると、中国と関係あると見られる船舶によって2月25日、台南市沖合で海底通信ケーブルが切られる事件が発生した。巡視艇が現場に急行し、周辺水域で停泊していたアフリカ・トーゴ船籍の貨物船を拿捕したが、この船は中国と資本関係にあり、乗組員も多くが中国人だった。このため、海巡署はこの船が切断に関与した可能性が高いと見て取り調べている。実は、昨年11月中旬、欧州のバルト海でデンマーク、スウェーデンなどをつなぐ海底ケーブルを切られることがあり、現場にいた中国籍の貨物船「伊鵬3号」がアンカーを引きずったことが原因と見られた。まだ事故か事件か確定されていないが、状況証拠から、恐らく中国はロシアに加担する形で意図的にバルト海の通信網を切断したのではないかと推定される。
その後、中国は海底ケーブル切断機材の特殊技術を国内で特許申請したとの話もあり、その辺の“破壊工作”に長けていることが明らかにされた。伊鵬3号はバルト海の行動からして一定の任務を持った工作船と見られ、NATOに加盟する北欧諸国の通信網を断つという目的があったと考えられる。このため、台湾サイドでは、バルト海で”訓練“を積んだケーブル切断工作がいよいよ台湾周辺にも及んできたとの見方をしている。台南沖のケーブルとすれば、恐らく澎湖諸島との連絡網なのであろう。となると、中国が台湾本島侵攻前にどこを真っ先に攻撃対象にするかが浮かび上がってくる。もちろん、台湾政府もその辺の狙いを十分に承知しており、澎湖諸島防衛に抜かりはない。
中国は3月7日、中央テレビを通じて、「3月7日以降、台湾に対する中国の公式呼称を中国台湾省とする」との通知を全国に発し、王毅外交部長も早速使い始めた。台湾省とするということは、香港、マカオと同様の一国二制度の「特別行政区」扱いにはしない、完全に北京当局統治下の一部地域にするとの意思を示したものである。中国はこれまで台湾が「チャイニーズタイペイ(中国台北)」と呼称することを許容し、大陸の一級行政区とは違うとの認識を示してきた。それからすると大胆な方針変更であり、大いなる圧力でもある。そして、大陸にビジネスに来る台湾人に対しても、「中国台湾省から来た」とか「台湾は中国の不可分の領土」と言わせるよう仕向けている。
こうした動きは、昨今、諸外国で台湾を大陸と切り離す動きが顕著になっていることとも関係していよう。日本でも今年1月から、台湾人が日本戸籍を取る時に旧籍を「中国」とせず、「台湾」とすることを認めている。台北の代表処(日本大使館に相当)には自衛隊トップの幕僚長だった人を派遣している。「台湾有事は日本有事」との認識から、日台防衛協力体制の構築意欲を端的に表した事例であろう。米国もバイデン政権時代にあいまい戦略を放棄し、台湾防衛を明確化した。台湾軍を600-800人規模で米軍基地に呼び、訓練する計画を明らかにしている。こうした台湾との関係緊密化に中国は不快感を募らせているのは確かだ。
北京当局は、在中国の台湾企業にも圧力を掛けている。台湾本社の世界最大電子機器製造・受託企業「鴻海精密工業」傘下で、深圳、鄭州などで事業展開する「冨士康科技集団(フォックスコン)」が中国内の工場設備や中国人熟練労働者をインドの工場に移転させようとしたところ、中国当局から実力で阻止されたという。米国の科学技術メディア「レスト・オブ・ワールド」が冨士康の消息筋(複数)の話として伝えたもので、外資系企業への海外移転への実力阻止行動が明らかになったのは初めて。現在、デフレ不況という国内経済の悪化、ゼロコロナ政策などに見られた締め付けの厳しさなどから多くの外資系企業が工場を海外に移転する方向に傾いており、フォックスコンもその流れに乗ったと見られる。
フォックスコンは中国国内で米「アップル」社のアイフォーン・スマホを組み立て生産しており、米国との関係も深い。それ故か、中台対立、台湾有事などのリスクを考慮し、近年、インド南部のタミルナドゥ、カルナータカ州に工場を建て、製造拠点を中国からそちらへの方にシフトしている。インド工場が主力になれば中国の工場は縮小方向に向かうであろう。現に、昨年4月には南寧工場の閉鎖が明らかになった。こうした動きに対し、中国当局は危機感を募らせたようで、インドに運ばれるべき中国内のフォックスコン工場設備を差し押さえ、同工場に勤めていた熟練中国人の出国も認めていない。このため、鴻海精密工業はインド工場の技術要員を台湾から派遣することを余儀なくされている。この嫌がらせの対象はフォックスコンだけか、台湾企業だけなのか、それとも他の外国企業にも及ぶのか。外資系企業は戦々恐々と見守っている。
<台湾側強気の背景>
米レーガン研究所が最近(12月6日)発表した年度国防調査結果によると、調査対象となった一般市民の78%が「将来の台湾海峡の不安定さに備えて台湾を含めた軍事同盟の結成を支持する」としており、中国軍が台湾に侵攻したら、73%は「直ちに米国が台湾を独立国家として承認すべきだ」と望んでいるという。さらに、49%は「中国が米国最大の脅威」と認識し、52%は現時点で米軍の力が解放軍を上回っていると見ている。このほか、67%は「台湾は米国の盟友」との見方で、中国軍が台湾に侵攻したら、66%が「中国に対し強力な経済制裁を実施すべきだ」とも回答している。この結果について、同研究所は、最近中国が台湾への圧力を強めていることが背景にあると指摘、米国民は党派にかかわらず「台湾を外交、経済、軍事的協力態勢を強めるべきだとの思いがある」とも分析している。
中米ニカラグアは2021年に台湾と断交し、中国と国交を結んだが、台湾の資金提供と貿易上の市場を失ったために、同国の“損失”は10億米ドルに及んだという。その肩代わりを中国に求めたのだが、インフラ建設などで中国から受けた借款は10億米ドルで、この金利が10%と高い。このため、経済的な利益は十分に得られていないというのが同国政府の認識で、ダニエル・オルテガ大統領も台湾を捨て中国を選択したことに満足していないもようだという。これは、米陸軍戦略大学ラテンアメリア研究所のロバート・エバン・エリス教授が台湾断交、中国国交後のニカラグアの状況を分析した内容だ。
具体的には、ニカラグアは総工費4億ドルのコリント港の港湾整備やマナグア国際空港の拡張工事のために中国企業に10億ドルの借款を中国企業に依頼した。しかし、これが高利であったほかに、10億ドルのうち中国企業に対し2億ドルの前払い金の提供を求められたという。モリス教授によれば、高利、多額の前払い金の割には建設工事の執行内容が公開されず、経済効率も不明。中国は「ニカラグアには経済的奇跡をもたらした」と宣伝するが、中国への輸出額は毎年5000万ドル程度で、ニカラグア総輸出額の1・6%に過ぎない。逆に、中国が同国への輸出額は75倍以上に膨れ上がり、結果的には中国の方が大きな利益を得ていることが明らかになっている。
モリス教授はさらに、インフラ建設について、「中国の(米国をにらんだ)戦略的利益に貢献しているものの、ニカラグアの実際の要求には合致していない」と指摘している。米国の研究機関だけに悲観的な分析をするのは予想されることだ。ただ、現地メディア「セントロアメリカ360」も、ニカラグアでは国交後、中国人経営の商店が倍増しており、これら商店は自由貿易協定の恩恵で廉価の中国製品を大量に仕入れ、大儲けしていると報じている。この結果、家電、衣服、化粧品、玩具、食品など現地の販売業者は7割を超す売り上げ減に見舞われているという。アフリカ諸国における広域経済圏構想「一帯一路」事業では中国企業や中国人労働者が現地入りし、地元に与える経済効果は薄いと言われた。ニカラグアへの支援、投資もアフリカ諸国とあまり変わらないようだ。
2017年に台湾と断交し、中国と国交したパナマは、既報のように、パナマ運河の管理権を香港企業「長江和記実業(CKハチソンホールディングス)から米国資本投資集団「ブラックロック」に移譲させることに同意した。米トランプ政権の圧力もあったのだが、パナマ側も中国との関係を縮小したいとの思いがあったようにも見受けられる。それが証拠に、ムリーノ大統領は「一帯一路」協定から抜ける意向も示したのだ。中米諸国は、一時台湾との外交関係を断って経済発展目覚ましい中国へと乗り換える国が続出したが、昨今の中国の不況を受けて再び台湾の経済力、技術力を見直したようだ。こうした外交上の好環境を受けて、台湾当局も強気に反転攻勢に出ているようだ。