第224回 タイ人の交渉力と集中力 直井謙二

カテゴリ
コラム 
タグ
アジアの今昔・未来 直井謙二  News & Topics  霞山会 

第224回 タイ人の交渉力と集中力

タイ人の交渉力は世界的に知られている。大航海時代、欧米列強を前に東南アジアの国々が次々に植民地として支配されていく中、タイは外交によって独立を保った。第二次大戦中、日本と同盟関係を結びながら地下で連合軍と交渉し、敗戦国にならなかった。一方、タイ人の集中力に驚いたのは98年のアジア大会だ。バンコク郊外の大会会場を何度か見学に行ったが、大会寸前になってもまだあちこちで建築工事が行われていて絶対に間に合わないと確信を持った。ところが大会前日に工事が終わり、大会運営になんら支障がなかった。

国際的な舞台ばかりでなく日常的にタイ人の交渉力と集中力に驚かされる場面がある。特に市場などでタイ女性が見せる交渉力は迫力がある。確か日本のコマーシャルに「2割、3割はあたりまえ」というコメントがあったと記憶する。
桁違いの安さを強調したものだ。ところがタイ人女性はいきなり表示価格の2割から3割なら買うと言いだすのだ。店員も表面上は「とんでもない」と拒否するのだが、そこから交渉が始まる。延々と交渉が続き、最終的に4割か半額くらいで交渉が成立する。

タイの繁華街パッポン通りは外国人観光客に人気のスポットだ。夕方4時頃になると大通りにテントが張られ、土産物を並べ商売の準備が始まる。(写真)何もなかった大通りに1時間も経たないうちに巨大な露店街が出現する。アジア大会の準備で見せた集中力の秘密がこれを見ても分かるような気がする。

さて、筆者もタイ人の交渉力を真似して民族衣装を身につけた人形を買ってみた。気が引け、しどろもどろになりながらも「言い値の3割の値段なら買う」と言ってみた。中年の男性店主は目を丸くし、「旦那、気は確かですか。この人形の質、良く見てくださいよ。これがそんな値段で売れるわけがないでしょう」という。「それなら4割にするなら買う」と言ってみた。店主は泣き戦術に切り替えた。「旦那はタイ語を話すところを見るとタイ事情に詳しいでしょう。家には子供が3人、授業料を始め物価はうなぎのぼり。4割で売ったら仕入れの値段にもならない。損失が出て一家心中しなくちゃならない。とても駄目」という。こういう場合での対処方法についてはすでにタイ人の友人から聞いていた。「そうか、私のせいで君に一家心中されては困る。他に店に行くよ」と歩きだそうとすると店主は筆者の袖をつかんで言い放った。「旦那の言った値段で売りますよ」


写真1:夕方、露店の準備が始まったパッポン通り

《アジアの今昔・未来 直井謙二》前回
《アジアの今昔・未来 直井謙二》次回
《アジアの今昔・未来 直井謙二》の記事一覧

 

関連記事

〔37〕鉄のカーテン時代が長かったウラジオストクへの旅行 小牟田哲彦(作家)

習主席の権力弱体化は本当か-軍内関係者が拘束され、党内でも「個人崇拝」反対強まる 日暮高則

第2回 近衞文麿とその周辺 嵯峨隆