第210回 インドシナの漁業と農業を支えるトンレサップ湖 直井謙二

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第210回 インドシナの漁業と農業を支えるトンレサップ湖

インドシナ最大の湖、トンレサップ湖はカンボジアに位置する。豊富な魚とコメの生産をもたらすトンレサップ湖は、カンボジアやベトナムの農業や漁業に貢献している。トンレサップ湖はかつては海だったが、メコン川が運ぶ泥が長い時間をかけ堆積して湖になった。その名残で淡水魚に混ざって本来海に生息する魚も水揚げされる。

メコン川は中国領のヒマラヤ山脈を水源にラオスの山々を抜け、タイとカンボジアの国境を通り、最後はベトナムのメコンデルタに流れ込む国際河川だ。カンボジアの首都プノンペンで3つの方向に分かれる。メコン川本流とバサック川が南東方向に流れ南シナ海に向かうのに対し、トンレサップ川はトンレサップ湖に向かって北西に流れる。王宮などの中心街はトンレサップ川に面しているが、何度も取材に訪れているとある不思議なことに気付かされる。

雨季でメコン川の水かさが多い時、流れは川下のトンレサップ湖に向かっているが、乾季でメコンの水が少ない時は逆にトンレサップ湖からメコン川に逆流している。トンレサップ川の流れが雨季と乾季では反対になるのだ。雨季は流れ込んだ水のため、トンレサップ湖は乾季の3倍の大きさになるほど水を貯め込む。貯め込んだ水は乾季になるとトンレサップ川を通してメコン川に流れ込んで行く。

このためプノンペンより川下のメコン川やバサック川は雨季乾季の区別なく水量が一定になっているのだ。自然の灌漑はメコンデルタの稲作に絶好のコンディションを生みだしている。さらにメコン川が運ぶ養分を含んだ水が肥料となり、2期作、3期作を可能にしている。市場経済を実現したドイモイ以降、ベトナムの稲作は飛躍的に伸び、コメの輸入国からタイを脅かすコメの輸出国に成長した。

一方、トンレサップ湖は魚影が濃い。雨季に養分を含んだ十分な水量でさまざまな魚が育つ。乾季は水量が激減して魚が密集するため、漁に適したシーズンになる。そして10月末頃になるとトンレサップ湖に大勢の漁民や農民が魚の塩辛、プラホック作りに集まる。水揚げした魚の頭を切り落とし、塩漬けにしたプラホックはカンボジアの人たちの貴重な動物性タンパク質源になっている。プラホック作りは雨季の訪れる5月まで続く。

トンレサップ湖の北岸にはアンコールワットを始め世界遺産のアンコール遺跡が立ち並ぶ。
9世紀から15世紀まで巨大な伽藍を造営するため大勢のクメール人が働いた。その多数の古代クメール人の食事を支えたのもトンレサップ湖なのである。


写真1:メコン川を渡るフェリー

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