第6回 制度性話語権と新しい五カ年規劃 加茂具樹

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第6回 制度性話語権と新しい五カ年規劃

7月30日に中央政治局会議が開催された (1)。この政治局会議は、10月に共産党第19期中央委員会第5回全体会議(19期5中全会)を開催すること、そして同会議にて中央政治局の活動報告を聴取し、「国民経済と社会発展第14次五カ年規劃(14次五カ年規劃)」と「2035年長期目標」にかんする共産党の提案について検討することを決定した。 

14次五カ年規劃は、2021年から2025年までの国民経済と社会発展にかんする戦略を描く。そして2035年長期目標は文字通り今後15年間の国家戦略を示す。もちろん、これらの戦略には、経済と社会の発展にとどまらず、それに大きく影響をあたえる国際情勢の行方についての指導部の認識や、経済と社会の発展を実現するために必要な安定した国際環境を構築するための対外戦略が描かれるはずである。

習近平指導部は、いまから5年前の2015年10月に開催された18期5中全会で、2016年から2020年の間の経済と社会の発展戦略を示した (2)。指導部が10月に開催される19期5中全会において示す14次五カ年規劃と2035年長期目標は、その後継となる戦略である。この5年の間に、中国を取りまく国際環境は大きく変化した。米中対立が前提となった国際環境がかたちづくられようとしている。

本稿は、指導部が示す新しい対外戦略が、5年前と比較して、何が、どの様に変化しているのかを理解するために、5年前の戦略の要点を整理する。

Ⅰ. ディスコース・パワー(話語権)

「制度化されたディスコース・パワー」(中国語:制度性話語権、英語:Institutional Discourse Power)。これが現指導部の外交路線を理解するための鍵となる概念である。

この言葉は、18期5中全会の公報と13次五カ年規劃に、経済と社会の発展にかんする主要な目標と基本理念として書き込まれていた。すなわち「グローバル・ガバナンスと国際公共財の供給に積極的に関与し、グローバル経済ガバナンスにおける『制度化されたディスコース・パワー』を高め、幅広い利益共同体を構築する」である。今秋に指導部が示す14次5カ年規劃と2035年長期目標は、この「制度性話語権」という概念は、どの様に書き込まれるのか。今後の指導部の外交路線を理解するための重要な手掛かりとなる。

まず単語の意味を確認しておきたい。ディスコース・パワー(中国語:話語権)の「権」は、権力(power)であり権利(right)ではない。「話語権」について、発言する権利を指す発言権と理解するべきではないだろう。「話語権」とは「自国の議論、言説に含まれる概念や論理、価値観、イデオロギーによって生み出される影響力」、つまり自らの発言の内容を相手に受け入れさせる力(power)である (3)。

「話語権」という概念を共産党の公式文書にはじめて書き込んだのは、習近平指導部ではない。胡錦濤指導部である。2011年10月の17期6中全会が採択した「文化体制改革を深め、社会主義文化の大きな発展と大きな繁栄の推進についてのいくつかの重大問題にかんする共産党中央の決定」(「決定」)に「話語権」という言葉が書き込まれた (4)。

Ⅱ. 文化的ソフトパワー(文化軟実力)

この「決定」の背景にある考え方は、国家の国際的な競争力の向上のためには文化強国の建設をめざす必要があるというものであり、「決定」は、そのために「文化的ソフトパワー」(中国語:「文化軟実力」)を強化するための戦略を示した。

胡錦濤は、17期6中全会の会期中におこなった演説において、「文化的ソフトパワー」を強化する意義について、次のような観点を示していた (5)。一つには、総合国力の競争において文化の地位と役割がより重視されるようになってきていること、いま一つには、大国を中心に多くの国が「文化的ソフトパワー」の向上を国家の核心的な競争力を強化するための重要な戦略として捉えていること、そして文化の発展の優位性を掌握し、強力な「文化的ソフトパワー」を有している者が、激しい国際競争の中で主導権を握ることができる、という観点である。

そして、この「文化的ソフトパワー」を強化するための取り組みの一つが、国際的な言論空間における「話語権」の強化なのである。

なお、17期6中全会が採択した「決定」は、「社会主義文化の大きな発展と大きな繁栄」のために必要な「文化体制改革」を実施するための戦略を示したものである。じつは、この「社会主義文化の大きな発展と大きな繁栄」という考え方は、2007年11月に開催された17回党大会が採択した「中国特色ある社会主義の偉大な旗幟を高く掲げ、小康社会の全面的な建設を勝ち取るために奮闘しよう」の第7項目(「社会主義文化の大きな発展と大きな繁栄の推進」)で、既に提起されていた (6)。17期6中全会の決定は、17回党大会の時点で提起されていた「社会主義文化の大きな発展と大きな繁栄」を実現するための戦略を示したものといえる。17回党大会の時点で指導部は、国際的競争力を高めるために「国家の文化的なソフトパワーを高める」必要性を言及していた。

Ⅲ.制度化されたディスコース・パワー(制度性話語権)

習近平指導部が提起した「制度化されたディスコース・パワー」という概念は、胡錦濤指導部が「文化的ソフトパワー(文化軟実力)」と同様に、国家の国際的な競争力の向上のために強化する必要があると認識した力(パワー)である。17回党大会がはじめて提起した「文化的ソフトパワー」、そして、17期6中全会がはじめて提起した「ディスコース・パワー」の延長線上に、この「制度化されたディスコース・パワー」という概念がある。

「制度化されたディスコース・パワー」とはなにか。China Dailyは、これを共産党の公式文書に提起された「新しい言葉」であるとして、次のように解説していた (7)。「発展の方向性、国際経済分野に関わる政策決定と政策実施において、主動的な役割を担うことを含め、国際経済ガバナンスに影響をあたえる総合的な能力」である。

また中国の国際政治研究サークルは、中国の「制度化されたディスコース・パワー」を向上させるための具体的な政策をめぐって、次のような論点を提起していた (8)。例えば、国際通貨基金などのような既存の国際経済秩序の根幹を担っている国際組織における、中国の投票権や議決権を強化すること、あるいはインターネットや深海底、極地(北極南極)、宇宙などの、いままさに国際的な制度をあらたに形成する途上にある領域において、課題設定(アジェンダセッティング)や政策決定に中国が関与する能力を高めること、である。

また国際政治研究サークルでの議論は、一帯一路を積極的に展開して、アジアインフラ投資銀行(AIIB)やシルクロード基金等の金融プラットフォームを活用した国際的な経済協力の枠組みを新たに構築すること、そしてG20やBRICSのような国際的な枠組みを積極的に活用することをつうじて、新しい国際的な経済協力の枠組みと既存の国際経済制度との間の相互連携を深めてゆく必要性を議論していた。

また彼らは、対外経済援助の強化をつうじて「制度化されたディスコースパワー」の強化を促し、適切な規模と様々な手段による対外経済援助の展開をつうじて中国が国際社会に対して国際的な責任を担うことによって、国際的な義務を履行する中国の意思を国際社会に示す必要があること、またそれは人類の共同発展に大きく貢献することを意味する、と主張していた。

「制度化されたディスコース・パワー」の核心にある、国際制度の課題設定や政策決定の過程における中国の影響力を強化するという考え方は、いわゆる「ある問題領域において、国家が従うべき、原理、ルールのセットとしての国際レジームを作るに際して持つ力」である「構造的パワー(structural power)」に似ている (9)。これは「経済力、政治力、軍事力だけではなく、広く多くの国に受け入れられる文化や価値体系をもった国によって保持される」ものであり、「それは覇権国に近いもの」であり、「(構造的パワーを持つ国は)一方で自国の利益や価値体系に沿ったシステムを作り、他方そのシステムを自国の利益に沿って利用する力をもつ」といわれる。こうした理解を踏まえれば、中国は「制度化されたディスコース・パワー」という「構造的パワー」の強化を目指しているのであって、それは中国が覇権国として地位を手にしようとしている、といってよいだろう。

興味深いことに、かつて中国の国際政治研究サークルが注目していた、米国による覇権的秩序はどの様にして形づくられてきたのかという議論においても、この「制度化されたディスコース・パワー」という概念は言及されていた。例えば、米国の覇権を構造的に整理し、中国の国際秩序観を理解するうえで重要な論文といわれている論文は、米国の覇権を「レジーム覇権(regime hegemony)」、経済覇権、政治とイデオロギー覇権、軍事覇権の4つの要素によってかたちづくられていると説明していた (10)。この「レジーム覇権」はまさに「制度化されたディスコース・パワー」である。

いま習近平指導部は、「グローバル・ガバナンスと国際公共財の供給に積極的に関与し、グローバル経済ガバナンスにおける『制度化されたディスコース・パワー』を高め、幅広い利益共同体を構築する」ことを戦略的目標として掲げてきた。一帯一路、人類運命共同体、そして新型コロナウイルスが国際的に感染を拡大した後に指導部が積極的に提唱している人類衛生健康共同体という概念の提唱と実践は (11)、まさに「制度化されたディスコース・パワー」を強化する取り組みといってよい。

こうした既存の国際秩序に対する修正主義的な外交路線を、「国民経済と社会発展第14次五カ年規劃(14次五カ年規劃)」と「2035年長期目標」がどの様に継承するのか。注目すべき論点である。


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(1) 「決定招開十九届五中全会」『人民日報』2020年7月31日。
(2) 「中共十八届五中全会在京挙行」『人民日報』2015年10月30日。「中共中央関与制定国民経済和社会発展第十三個五年規劃的建設(二〇一五年十月二十九日中国共産党第十八届中央委員会第五次全体会議通過)」『人民日報』2015年11月4日。習近平「関与《中共中央関与制定国民経済和社会発展第十三個五年規劃的建設》的説明」『人民日報』2015年11月4日。
(3) 張志洲北京外国語大学国際関係学院教授は話語権に関する研究を集中的に取り組んでいる。例えば、張志洲「中国国際話語権的困局與出路」『緑葉』2009年第5期、76−83頁。張志洲「和平崛起與中国的交際話語権戦略」『当代世界』2012年7月、12-17頁。なお日本語による「話語権」についての分析は例えば以下の成果がある。冨田圭一郎「『軍事の透明性』問題の深層――中国の議論の背景にあるもの」国立国家図書館調査及び立法考査局『世界の中の中国 総合調査報告書(調査資料2010-2)』国立国会図書館、2011年、65-77頁。高木誠一郎「中国外交の新局面――国際『話語権』の追求」『青山国際政経論集』第85号、2011年9月、3-19頁。鎌田文彦「中国からみた日米関係―『話語権』概念による一視角―」、国立国会図書館調査及び立法考査局『総合調査 日米関係をめぐる動向と展望』国立国会図書館、2013年、113-121頁。また、以下にも言及がある。小島朋之『和諧を目指す中国』芦書房、2008年、73-74頁。
(4) 「中共中央関与深化文化体制改革推動社会主義文化大発展大繁栄若干重大問題的決定」(二〇一一年十月十八日中国共産党第十七届中央委員会第六次全体会議通過)」中共中央文献研究室『十七大以来重要文献選編(下)』中央文献出版社、2013年、558-583頁。李長春「関与《中共中央関与深化文化体制改革推動社会主義文化大発展大繁栄若干重大問題的決定》的説明(二〇一一年十月十五日)」中共中央文献研究室『十七大以来重要文献選編(下)』中央文献出版社、2013年、529-549頁。劉延東「充分認識新形勢下推進文化改革発展的重大意義」『人民日報』2011年10月31日。
(5) 胡錦濤「堅定不移走中国特色社会主義文化発展道路,努力建設社会主義文化強国(二〇一一年十月十八日)中共中央文献研究室『十七大以来重要文献選編(下)』中央文献出版社、2013年、584-592頁。
(6) 胡錦濤「高挙中国特色社会主義偉大旗幟 為奮取全面建設小康社会新勝利而奮闘――在中国共産党第十七次全国代表大会上的報告(2007年10月15日)」『人民日報』2007年10月25日。
(7) “制度性話語権(zhiguxing huayuquan):Greater say in global governance,” China Daily, 23 November, 2015. http://www.chinadaily.com.cn/opinion/2015-11/23/content_22510054.htm
(8) 高奇琦「提高我国制度性話語権(新知新覚) 深度参与全球経済治理的保障」『人民日報』2016年2月3日。
(9) 猪口孝・大澤真幸・岡沢憲芙・山本吉宣・スティーブン・R・リード『政治学事典』弘文堂、2000年、323頁。猪口孝・田中明彦・恒川恵市・薬師寺泰蔵・山内昌之『国際政治事典』弘文堂、2005年。307、655頁。
(10) 王緝思「米国覇権與中国崛起」『外交評論』第84期、2005年10月、13-16頁。
(11) 「構建起強大的公共衛生体系 為擁護人民健康提供有力保障」『人民日報』2020年6月3日。中華人民共和国国務院新聞弁公室「抗撃新冠肺炎疫情的中国行動(2020年6月)」『人民日報』2020年6月8日。

 

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