1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 第5回 尖閣周辺で行動が活発化する海警 加茂具樹

記事・コラム一覧

第5回 尖閣周辺で行動が活発化する海警 加茂具樹

第5回 尖閣周辺で行動が活発化する海警 加茂具樹

第5回 尖閣周辺で行動が活発化する海警

中国海警が尖閣諸島周辺海域での行動を活発化させている。新型コロナウイルス感染症が世界的規模で蔓延する前と比較して、活発化は顕著である。行動の活発化と感染症の蔓延との間に因果関係はあるのか。あるのだとすれば、それはなぜか。本稿は、この問いに答える手掛かりを、習近平指導部による自らの外交路線に関する言説に求めて論じてみたい。

もちろん、政治過程を段階的に捉えるpolicy cycleという観点を踏まえれば、中国の対外行動に影響をあたえる要因を、指導部の言説だけに求めるべきではない。要因は多様なはずだ。対外行動とは、その政治過程(Agenda SettingからPolicy Formulation、Decision Making、Policy Implementation からPolicy Evaluation に至る各段階)に関与する、すべての行為主体(アクター)間の相互作用(競争や交渉)の総和である。つまり、このアクター間の相互作用としてかたちづくられる国内政治が、国家の(対外)行動(国家の選好)に影響をあたえている。そうした理解にもとづけば、習近平指導部の自らの外交路線に関する言説は、対外行動の全体のなかのごく一部の側面だけを説明しているにすぎない。 
また「分散的な権威主義(fragmented authoritarianism)」という観点を踏まえれば、中国の対外行動を理解するための分析の焦点は、Decision Makingに関与するアクター、すなわち指導部だけでなく、その後のPolicy Implementationを担う行為主体にも置かれるべきだろう。しかし本稿は、分析の一つの試みとして、現在の外交路線に関する指導部(実質的には習近平中央総書記)の言説に注目し、そこに織り込まれているAgenda SettingやDecision Making の過程に影響をあたえる指導部の国際情勢に対する認識の構造を検討する。

Ⅰ.不透明感と不安全感を強める指導部

尖閣諸島周辺の領海の直ぐ外側にある接続水域では、中国海警艦艇の活動が、長期化し、常態化している。7月22日には100日間連続した活動となった(1) 。これは、2012年9月に日本政府が尖閣三島の所有権を取得して以来、同接続水域内での最も長期に連続した中国公船の活動となった。また沖ノ鳥島の排他的経済水域では、中国公船が日本の同意を得ることなく調査活動を実施していた(2) 。これは2011年以来、最長期間の活動だったといわれる。

中国指導部は、新型コロナウイルスの感染拡大後に、日本近海における行動を活発化させたようにもみえる。こうした中国海警の活動の変化をうけて、中国の対外行動に対する日本社会の関心は、一層に高まっている。

日本社会が中国への関心と警戒を高めるのは、その日本に向けた行動だけが原因ではない。例えば、新型コロナウイルスが世界的な規模で感染の範囲を拡大したことの責任をめぐる議論において、中国の外交官が中国に感染拡大の原因があると主張する相手を強い表現で非難したことは注目を集めた(3)。

新型コロナウイルスの感染範囲が世界的範囲に拡大してから、中国の対外行動は多方面で積極化(協調的ではなく、強制的な行動を選択)し、対立の構図を深めている。4月に中国が海南省三沙市に行政区として西沙区と南沙区をあらたに設置することを決定したことは、東南アジア諸国との間で領有権を争っている南シナ海での対立を一層に深めた(4)。2年前のインドのドグラム地方における中国軍とインド軍の対峙につづいて、6月にダラック地方で両軍が衝突したことは、中印間で未確定の国境線をめぐって係争をかかえている地域に対して、インドがインフラ建設をつうじてプレゼンスを拡大させていることへの対抗である(5)。2月以降、中国空軍機が、台湾海峡の中間線を越えた飛行や台湾の防空識別圏への侵入、あるいは台湾を周回する空海軍の行動のように軍事的挑発行為を急増させている。両岸関係の緊張を一層に高めた(6)。

また、6月に全国人民代表大会常務委員会が香港国家安全維持法を制定したことは、アメリカやイギリスをはじめとする国際社会からの強い批判を招いた。同法の制定を国際社会は、香港基本法や1984年の英中共同声明にもとづく中国の国際的なコミットメントと合致しない行動とみなしたからである (7)。

もちろん、最近の中国の積極的な対外行動は、新型コロナウイルスの感染拡大と関連付けて理解するよりも、中長期的な中国の行動と捉えたほうがよい。ただし、従来の傾向の延長という視点だけでは説明できない論点もある。

新型コロナウイルスの感染拡大とともに、指導部は、国際情勢の先行きに対する不透明感と不安全感を強めている。例えば、習近平は5月末の全人代会議において「感染症の蔓延は、世界の枠組み(「世界格局」)に大きな影響をあたえている。わが国の安全と発展は深刻な影響を受けている。最悪の事態を想定し(「堅持底線思維」)、訓練して戦いに備える取り組みを全面的に強化し、様々な複雑な状況に迅速かつ有効に対処し、国家の主権、安全、発展の利益を断固守り、国家の戦略的、大局的安定を維持しなければならない」と発言していた(8)。指導部が国際情勢をめぐる不透明感や不安全感を深化させていることと、積極的な対外行動の展開との間には、何らかの関係があるのだろうか。

Ⅱ.外交路線の二つの特徴

現在、指導部は自国の外交路線を「中国の特色ある大国外交(中国語:中国特色大国外交)」と呼んでいる。この表現の初出は、2014年11月28日に開催された中央外事工作会議において、習近平中央総書記がおこなった講話である。習近平は、「中国は自らの特色ある大国外交を持つ必要がある(中国語:中国必須有自己特色的大国外交。英語:China must develop a distinctive diplomatic approach befitting its role as a major country.)」と述べていた(9)。

この表現が共産党の公式の文書において言及されたのは、2017年10月に開催された中国共産党第19回全国代表大会である。同大会で習近平が中央委員会に対しておこなった活動報告に、「中国の特色ある大国外交」という表現が書き込まれていた。こうして、習近平の言葉は共産党の公式の外交路線としての位置をあたえられた(10) 。


習近平がおこなった「小康社会全面完成の決戦を進め、新しい時代の中国の特色ある社会主義の偉大な勝利を勝ち取ろう」と題する活動報告は、過去5年間の外交を、「全方位外交の配置が踏み込んで進められた。中国の特色ある大国外交を全面的に推進したことで、全方位の重層的で立体的な外交の配置が整い、わが国の発展にとって良好な外部条件がつくり出された(中国語:全方位外交布局深入展開。全面推進中国特色大国外交、形成全方位、多層次、立体化的外交布局、為我国発展営造了良好外部条件。)」と総括した。

この「中国の特色ある大国外交」という外交路線には二つの特徴がある。一つは、この外交路線が掲げる(外交の)目的と内政の目的が緊密に関係していることである。これは「国内と国際という二つの大局を統一的に考える」という言葉で説明されている。共産党は、18回党大会において、共産党と国家の政策目標として「二つの百年」の奮闘目標の実現を掲げた(11)。この後に、習近平指導部は「二つの百年」という奮闘目標を中華民族の偉大な復興という「『中国の夢』の実現」と表現した(12)。国内の大局とは、「『中国の夢』の実現」である。そして国際の大局とは、「『中国の夢』の実現」のために必要な中国の発展にとって良好な外部条件をつくり、中国の発展を促す戦略的チャンス期を維持し、延長することである。良好な外部環境をつくる取り組みのなかに、「一帯一路」の推進、そして「人類運命共同体」の建設が含まれる(13)。

いま一つの特徴は、外交路線には「協調」と「強制」という手段が示されていることである。指導部は、中国の発展にとって良好な外部条件をつくるために、「平和的発展の道を歩む」必要性を確認すると同時に、「決して我々の正統な権益を放棄してはならず、決して国家の核心的利益を犠牲にしてもいけない」と確認していた。その前者が「協調」という手段であり、後者が「強制」という手段である。「協調」とは、問題解決や目標達成のためにWin-Winの関係を形成することであり、「強制」とは中国の核心的利益を擁護することについての支持を相手国に要求することである。

例えば指導部は、新型コロウイルスの感染拡大への対処のために国際的な協力体制を構築する必要性(人類衛生健康共同体の構築)を訴えるのと同時に(14)、「一つの中国」原則を掲げて世界保健機関(WHO)の年次大会に台湾がオブザーバーとして出席することに反対している(15)。また、2018年に発表された「中国とアフリカのためのより緊密な運命共同体を構築することに関する北京宣言」は、中国・アフリカ協力フォーラムに参加する全ての国家は「一つの中国」原則を支持する必要があると明記している(16)。現在の中国の対外行動に「協調」の側面と「強制」の側面を見出すことができるのは、その外交路線に協調と強制という、相反する手段が織り込まれているからである。

もちろん、中国の対外行動を理解するために、「国内と国際という二つの大局を統一的に考える」ことに注目する観点、すなわち国家の外交を内政の延長に見出す観点は、なんら新しいものではない。しかし、「大国外交」が内政の目的と深く関連づけられていることと、「大国外交」の手段として「協調」と「強制」が示されていること、との関係については、注目しておく必要がありそうだ。

中国の外交路線は、中国の発展にとって良好な外部条件をつくるという目標を実現するために、協調から強制に至る手段を用意している。指導部は、外交に関する幅の広い、多くの政策選択肢を持っているようにみえる。しかし、外交の目標と内政の目標を「統一的に考える」必要があると認識している指導部は、具体的な対外行動を選択する際、内政の目標の達成度に対する国内世論の評価に強い関心を持つだろう。指導部の判断に対して、国内世論は大きな影響をあたえるはずだ。指導部は国内世論に「引きずられる」のである。

Ⅲ.国内と国際という二つの大局を統一的に考える

共産党18回党大会は、共産党の政策目標として「二つの百年」の奮闘目標の実現を掲げ、現指導部は、これを中華民族の偉大な復興という「中国の夢」の実現と表現した。指導部の外交路線とは、「中国の夢」を実現するために、中国の発展にとって良好な外部条件をつくりあげることである。この路線が掲げる目標を実現するために指導部は、平和的な発展を堅持するための(協調的な)外交手段から、必要に応じて、国家の主権、安全、発展の利益を守るための(強制的な)外交の手段までの、幅広い選択肢をもっていると考えてよい(17)。

では指導部は、協調から強制までの幅を持つ政策選択肢のなかから、どの様に政策を選択するのか。現指導部の判断は内政の「成績」に左右されるであろう。指導部が掲げる「中国の夢」の実現は容易ではない。指導部は、一人当たりのGDPが高くない中国、地域間の経済格差が大きい中国、多民族国家という中国、貧困削減という困難な政策課題を残している中国という、多様な側面を持つ中国と向き合いながら、「中国の夢」を実現させなければならない。「中国の夢」の具体的中身について、中国社会の誰もが受け入れる目標(そして目標を実現するための政策手段)をセットすることは容易ではない。その結果、指導部が実施する対外政策として選択できる政策の幅は、国内の政策課題の達成状況、ひいては中国の国内世論の評価の大きな影響を受けるのである。指導部が選択できる政策の幅は、思いのほか狭い。

「中国の夢」の実現を支える重要な要素は経済成長である。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって大きなダメージを受けた内需が依然として回復していないこと、また中国の主要輸出先である欧米諸国の経済が大きな影響を受けていることは、中国の経済成長を促す動力に大きな打撃をあたえている。この懸念は、5月の全人代において李克強総理がおこなった政府活動報告において、雇用問題を重要な政策課題として掲げたことに表れている。「中国の夢」の実現は指導部の支配の正統性にかかわる問題であり、それが困難に直面しているのだとすれば、国内世論の動向には一層に敏感となるだろう。指導部が新型コロナウイルスの感染拡大後の国内情勢に関して、不透明感と不安全感を急速に強めている理由の一つはここにある。

こうした国内情勢認識を抱く指導部は、国家の主権、安全、発展の利益にかかる外交事案に向き合うとき、「協調」的な外交手段を選択するよりも、国内世論に引きずられるように、「強制」的な手段を選択したいという動機に囚われるのではないだろうか。


--------------------------------------------------

(1) 「中国、対外強硬鮮明 尖閣周辺に連続100日」『日本経済新聞』2020年7月22日。
(2)「中国調査船、沖ノ鳥島付近で異例の長期活動 抗議聞かず」『日本経済新聞』2020年7月17日。7月31日には外務省アジア大洋州局長と中国外交部国境海洋事務局長がテレビ会議を開催し、新型コロナウイルスの感染症拡大が落ち着いた後に、「日中高級事務レベル海洋協議」を開催することを確認した。「日中、対話の重要性確認 尖閣情勢巡りテレビ会議」『日本経済新聞』2020年7月31日。
(3)山口信治「中国の戦う外交官の台頭?」『NDSコメンタリー』第116号、2020年5月20日。http://www.nids.mod.go.jp/publication/commentary/pdf/commentary116.pdf
(4)民生部関与国務院批准海南省三沙市設立市轄区的公告」『中華人民共和国民生部』(2020年4月18日)http://www.mca.gov.cn/article/xw/tzgg/202004/20200400026955.shtml)
(5)「インド首相、カシミールに「新時代」と 「自治権」剥奪の正当性主張」『BBC NEWS Japan』2019年8月9日 https://www.bbc.com/japanese/49288321 。「NAR Exclusive 高まる緊張 国境巡り中印両軍が衝突」『日本経済新聞』2020年7月12日。 
(6)「中国軍機、台湾との中間線越え WHO加盟の動きけん制か」『日本経済新聞』2020年2月10日。「[FT]台湾、中国の軍事挑発急増に苦慮」『日本経済新聞』2020年5月20日。「中国軍機、4日連続で台湾空域侵入 米接近をけん制か」『日本経済新聞』2020年6月19日。
(7) 批判の対象は、その対外行動だけではない。新型コロナウイルスの感染拡大後、「新公民運動」の中心的人物である許志永氏をはじめとする活動家や指導部批判をおこなってきた任志強氏や許章潤清華大学教授が相次いで拘束された。これを日本社会は指導部が社会に対する統制を強化していると理解し、その結果として中国の政治体制に対する違和感を強めている。「中国で著名活動家拘束か 「新公民運動」の許志永氏」『日本経済新聞』2020年2月27日。「中国当局、著名経営者を調査 習指導部のコロナ対応批判」『日本経済新聞』2020年4月8日。古畑康雄「中国で言論人であることの勇気と覚悟 逮捕された許章潤という人物(2020年7月14日)」『現代ビジネス』https://gendai.ismedia.jp/articles/-/74021?fbclid=IwAR0YmOtViqsSiLtcUh726mzjQGDP9EivO7kIoVbTU0xs5iyYWLn42z1I-aI 。「北京市華遠集団原党委副書記、董事長任志強厳重違紀違法被開除党籍」『新華網』2020年7月24日http://www.xinhuanet.com/legal/2020-07/24/c_1126280188.htm
(8)「在常態化疫情防控前提下扎実推進軍隊各項工作 堅決実現国防和軍隊建設2020年目標任務」『人民日報』2020年5月27日。
(9)「中国必須有自己特色的大国外交(2014年11月28日)」、習近平『習近平 談治国理政 第二巻』外聞出版社、2017年、441-444頁。
(10)「決勝全面建成小康社会、奪取新時代 中国特色社会主義偉大勝利(2017年10月18日)」、習近平『習近平 談治国理政 第三巻』外聞出版社、2020年、1-60頁。
(11)指導部は、共産党建党100年にあたる2021年までに中国国内において小康社会を実現し、国内総生産と都市と農村部住民の所得を2010年比で倍増させ、中華人民共和国建国100年にあたる2049年までに富強で民主、文明、調和をかなえた社会主義現代国家の建設を達成して中等先進国の水準に達させる、という目標を掲げている。
(12)「実現中華民族偉大復興是中華民族近代以来最偉大的夢想(2012年11月29日)」、習近平『習近平 談治国理政』外文出版社、2014年、35-37頁。
(13)「做好新時代外交工作(2017年12月28日)、習近平『習近平 談治国理政 第三巻』外聞出版社、2020年、421-423頁。「努力開創中国特色大国外交新局面(2018年6月22日)」、習近平『習近平 談治国理政 第三巻』外聞出版社、2020年、426-429頁。
(14)「抗撃新冠肺炎疫情的中国行動(2020年6月7日)」『中華人民共和国中央人民政府』http://www.gov.cn/zhengce/2020-06/07/content_5517737.htm
(15)「2020年5月14日外交部発言人趙立堅主持例行記者会(2020年5月14日)」『外交部』https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/t1779122.shtml
(16)「関与構建更加緊密的中非運命共同体的北京宣言(全文)(2018年9月5日)」『外交部』https://www.fmprc.gov.cn/web/cailiao_674904/1179_674909/t1591910.shtml
(17)「更好統籌国内国際両個大局、奮実走和平発展道路的基礎(2013年1月28日)」、習近平『習近平 談治国理政』外文出版社、2014年、247-249頁。

 

《中国政観 加茂具樹》前回
《中国政観 加茂具樹》次回
《中国政観 加茂具樹》の記事一覧

タグ

全部見る