第40回 アンコールトム・バイヨンの壁画 直井謙二

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第40回 アンコールトム・バイヨンの壁画

13世紀、アンコール王朝が最も栄えた時代の人々の生活を生き生きと伝えるものが2つある。1つは元の使節としてアンコールを訪れた中国人の周達観が書いた「眞蠟風土記」、もう1つはアンコールトムのバイヨンに彫られた壁面彫刻だ。

壁面彫刻はむろん、クメール人が彫ったものだが、2つの内容がかなり一致していることから、ともに客観的に当時の模様を伝えていると言える。例えば、当時、大勢の中国人が貿易のためにジャンク船に乗ってアンコールに来ていた。バイヨンの壁面には当時の中国服に身を包んだ大勢の中国人が乗ったジャンク船が彫られている。

また、秤を真ん中に中国人と裸のクメール人が値段交渉をしている姿も彫られている。恐らくこの時代の中国人も商魂たくましかったことだろう。(写真)

「眞蠟風土記」ではアンコールにやって来た中国人を次のように書いている。「唐人之為水手者利其國中不着衣裳且米糧易求婦女易得屋易辨器用易足買賣易為往往逃逸干彼」。

「ジャンク船に乗って来た中国人の水夫は到着すると服を脱ぎ、食料が得やすく、女性も得やすく、家も得やすく、道具も得やすく、商売もしやすいので逃げ出すものが後を絶たない」。

この時代から、暑いけれども暮らしやすい東南アジアに中国人が住み着き、華僑となっていったことが分かる。

一方、13世紀には隣国タイのアユタヤが勢力を持ち始め、アンコール王朝と戦闘状態になっていたようだ。バイヨンの壁画には、アユタヤ軍とクメール軍がそれぞれ象部隊を編成し、戦闘に向かうシーンが描かれている。「眞蠟風土記」はアユタヤ軍との戦いで苦戦している模様が書かれている。

また、ベトナム中部を拠点に栄えたチャンパ軍との勇壮な戦いぶりも大きな壁面に描かれ、当時のアンコール王朝が西のアユタヤ、東のチャンパとたびたび戦闘を繰り返していたことが分かる。

壁画にはこのほか、料理風景や闘鶏、それに相撲のシーンなど当時のクメール人の生活がユーモラスに描かれている。

バイヨンもほかの遺跡と同様、傷みが激しく、日本の援助で修復が行われた。遺跡は水を吸い込みやすい砂岩でできていて、長い内戦の間修復の手が入らず、カビや南国の樹木の浸食が進んでいる上に盗掘も後を絶たない。

貴重な文化遺産を守る努力が欠かせない。


写真:バイヨン壁画に描かれた中国人

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