ベネズエラ、イランの情勢変化は中国にはマイナスー石油、経済関係で大きな影響も
2026年は干支で言えば丙午。情熱やエネルギーがみなぎり、新しい挑戦、積極的な動きが出てくる年と言われる。なるほど年が明けて世界は激動に見舞われた。1月3日深夜に米軍の特殊部隊がベネズエラの大統領官邸を襲い、マドゥーロ氏を妻とともに拘束、米国に連行した。そして、中東イランでは、イスラム聖職者支配に反発する民衆が立ち上がり、昨年12月28日から各地でデモ騒ぎを起こしている。最高指導者のハメネイ師は襲撃を恐れ、行方をくらました。国内のどこかで依然「革命防衛隊」の守護を受け、「反政府デモは鎮圧し、参加者を逮捕、極刑に処す」と発信、強硬姿勢を貫いている。ベネズエラは、米国の“承認”を得た形でロドリゲス副大統領が政権を引き継いだが、イラン情勢はいまだ不透明だ。中国はこれまで両国から石油を輸入し、緊密な関係を維持してきたため、政変による経済的な影響は大きい。今後、どう対処していくのか。
<拉致事件前後のベネズエラ情勢>
1月3日夜、ベネズエラ沖合にいる米軍の空母からF35戦闘機が飛び立ち、首都カラカスのレーダー網、防空ミサイル網を破壊した。そのあと、ヘリコプターで飛び立った陸軍特殊部隊「デルタフォース」の一団が大統領官邸上空に到達。ホバリングしたヘリから完全装備した複数人の部隊員が降下し、館内へ。ボディーガード32人を殺害し、寝室で寝ていたマドゥーロ大統領夫妻を寝間着のまま拉致した。夫妻はヘリでベネズエラ沖合の強襲揚陸艦「イオージマ」に連行され、そのあと輸送機か何かでニューヨークまで運ばれた。この拉致計画がスムーズに運んだのは、暗視カメラ付き完全装備で乗り込んだ手練れの米側兵士の“力量”によるが、「襲撃などありえない」と高を括っていたガード側の油断もあったろう。
米軍は昨年9月から、ベネズエラから出る麻薬密輸船らしき船舶を再三攻撃した。このため、実は、マドゥーロ大統領は「自らへの個人攻撃もあり得る」として警戒を強めていたという。米紙「ニューヨーク・タイムズ」が昨年12月、ベネズエラ政府の消息筋の話として伝えた。それによれば、大統領はかなり神経質になっていて、身の安全を図って寝所も転々と変えていたという。加えて、なぜか自国の政府職員を信用せず、盟友のキューバ政府に支援を求め、キューバ人をベネズエラの情報関係部局や軍部内に入り込ませ、さらに自身のボディーガードとしても頼っていた。今回の事件で殺害されたボディーガードもすべてキューバ人だった。
拉致行動を指揮していたのはペンタゴン(戦争省)でも、中央情報局(CIA)でもなく、麻薬取締局(DEA)である。米側の主張は、ベネズエラから米国に密輸入される麻薬の犯罪組織にマドゥーロ夫妻が関与していたということで、刑事的な責任追及の一環として逮捕に踏み切ったとか。国内事件の決着を図るために外国で法執行したということらしい。外国の最高指導者を拉致、逮捕することの異常さもさることながら、それを当然ように命令したトランプ大統領の異端ぶりにも驚かされる。だが、国内事件に関わる海外での“法執行”としては、2001年米国同時多発テロの首謀者、オサマ・ビン・ラディン容疑者をパキスタンで射殺した例もある。
マドゥーロ大統領がなぜ国内の職員を信用しなかったのか。それは、政府内で激しい権力闘争があり、反対派があるいは米側と結託して自身の追い落としを図ってくるかも知れないと懸念していたからであろう。一番の“政敵”は政権ナンバー2のディオスダド・カベジョ内務相と見ていたようだ。1月17日のロイター電によれば、彼がずっと米側と内通し、マドゥーロ氏個人の情報を漏らしていたとのこと。次に疑われていたのは、マドゥーロなきあと暫定大統領の地位に就いたデルシー・ロドリゲス副大統領。彼女は事件直後、「われわれは二度と帝国の植民地にはならない」と強気に宣言したが、翌日には「米側と協力する意思がある」と態度を豹変させた。
実は、ロドリゲス女史は父親や兄の影響を受けた筋金入りの社会主義者。ウゴ・チャベス元大統領の左翼政権下では大統領府長官に就くなど最側近で、野心家でもあった。一方、マドゥーロ氏と一緒に連行されたシリア・フローレス夫人も刑法、労働法専門の弁護士で、チャベス崇拝者。2000年に国会議員、21年に国会議長。司法長官を歴任。マドゥーロ政権下で「陰の実力者」「最高顧問」と呼ばれた。結婚後は表舞台から退いたが、2017年に国会議員に復活して力を誇示するようになり、ロドリゲス副大統領と“女闘士の戦い”を展開していたとも言われる。このため、ロドリゲス女史がこの戦いに決着を付けるため、米側に寝返り、マドゥーロ情報を漏らしたという裏切り説も根強い。
<中国の反応とイラン情勢>
では、このベネズエラの事件に中国はどう反応したのか。習近平国家主席自身は、米特殊部隊が中国の党・政府の重要機関がある「中南海」に来て、自分を拉致するとまでは思っていないだろう。ただ、面白いのはベネズエラの事件以降、中国サイトにある地図情報から「中南海」の地名が完全消去されたことだ。ネット民が国内検索サイト「百度」「騰訊(テンセント))の地図で「中南海」という文字を入れたところ、北京市の中心地・西城区にある中南海を示さず、同市東部の通州区や西部の海淀区の関係ないところを指し示したという。ネット民からは「今さら、国内ネットの地図から党・政府所在地を消したところで、意味がない。もし米軍が本気で攻撃する気なら、すでに中南海の詳細な諸機関の位置関係を把握しているはずだ」と揶揄する声も出ている。
梁静茹というマレーシア出身の女性華人歌手は中国大陸でも人気があるが、彼女が歌う「可惜不是你(残念、あなたじゃない)」との楽曲が大陸のSNSサイト「微博(ウェイボー)」で、1月8日から聴かれなくなった。この話は台湾紙「自由時報」がいち早く報じたもので、事実上の放送禁止。一見ベネズエラの事件と無関係に見えるが、ネット視聴者が「拉致されたのがマドゥーロだったのは残念」と、暗に習主席と絡めて聴いているのではないかと当局に疑われたようだ。この楽曲に習主席自身も不快感を示したと言われ、1600万人の登録者を持つ梁静茹の微博アカウントは閉じられた。SNSのⅩ(旧ツイッター)上では「あの歌が(習氏を)怒らせたのか」「梁静茹のアカウントが閉じられたのは、米国がマドゥーロを捕まえたから?」などの驚きのコメントが寄せられた。
中国も台湾を制圧するために、特殊部隊を台北の総統府までヘリで送り、頼清徳総統を拉致する作戦を考えていたフシが見られた。実は、内モンゴル自治区の砂漠に台北の総統府を模した建物があり、兵士がヘリから垂直降下し、建物全体を制圧する訓練の様子がかつてメディアでも放映された。台湾側もそういう奇襲作戦を十分想定しているようで、米軍などから防御方法などを聞いて対応に抜かりない。ロシアのプーチン大統領もウクライナ侵攻初期にキーウの大統領府を襲ってゼレンスキー大統領を拉致する計画を立てていた。だが、計画は失敗する可能性が高いと見て取りやめになったようだ。ゼレンスキーも当然、そういう恐れがあることを察知して所在を明らかにしていなかった。
再三イスラエルの攻撃を受けているイランのハメネイ師も、自身の拉致を心配していた様子が見受けられた。ただ、彼にとって幸いなことに、同国では昨年末から反政府、反ハメネイの暴動が連日起きていたため、ハメネイ師は早々にテヘラン市内の住居を離れ、国内の別の場所に移動し、姿をくらましている。イランの暴動は国内各地に広がり、1月7、8日ごろ最大の盛り上がりを見せたが、同月下旬には一応表面的に平静さが戻った。だが、火種は残っている。ハメネイ師と革命防衛隊は、自らの陣営も暴徒の襲撃を受け犠牲者を出しているので、当然報復に出る構えを見せている。
一方、民衆側も、街にあるハメネイ師の肖像画を燃やしたり、「王政を復活せよ」などと叫んだり、女性がヒジャブやチャドルを外したりした。こうしてハメネイ師の宗教支配体制を否定した以上、あくまで反抗を続けるしかない。西側ウォッチャーは「民衆の反抗は臨界点を超えた」と話しており、もう後戻りはできない。そのため、今後もささいなことで再び大衆行動を起こすであろう。イランは40数年前までパーレビ王朝下で世俗主義のイスラム教だった。その時代に戻したいと願う国民は多い。
<ベネズエラの石油>
ベネズエラの推定石油埋蔵量は約3030億バレルで、サウジアラビアを凌駕し、世界最大規模と言われる。だがこれまで、マドゥーロ大統領による人民への抑圧などを理由に米国、西側諸国が制裁に出ていたため、生産は上がらなかった。ベネズエラの石油は硫黄分が多い重質油で、恒常的に精製設備の更新が必要だが、その種の先端技術を持っているのは米国だ。もちろん、米国は関係悪化から更新などに協力するわけがない。そのため、産油量は極端に減少し、現在は日量60万バレル程度である。
ベネズエラの産出石油の85%は中国へ運ばれるというが、石油輸入量からすれば、全体の4%程度に過ぎない。それでも中国は2015年からベネズエラに200億ドルを融資して経済のテコ入れを図ってきた。単に石油の輸入を求めただけでなく、南米諸国に親中国の橋頭保を築きたいという狙いがあったに相違ない。「中国石油化工(SINOPEC)」が権利を有するベネズエラの埋蔵原油は約28億バレルで、海外企業としては最大とか。ロシアの「ロスザルベズネフチ」と「中国石油天然気集団(CNPC)」がそれに続く。李強総理が2023年にマドゥーロ大統領と会談し、「全天候型の戦略的パートナーシップ」を確認し、安定的な石油供給を求めた。だが、今回の拉致事件で、中国の投資額が返済不能に陥る可能性が高い。
ベネズエラの石油は北南米大陸の米国、カナダ、メキシコ、ブラジルなどと同様、重質油である。そのため、前述のように米国の技術協力が必要だが、ずっと制裁がかけられてきた。その一方、トランプ大統領は「掘って、掘って、掘りまくれ」と吠えて、国内で環境に影響が出るとされるシェールガス採掘を進めてきたので、重質油の精製施設が余剰気味となっていた。という状況から、米国にとってベネズエラの“政変”による石油資源環境の変化はビッグチャンス。意のままに採掘量を増やせるばかりでなく、自国の余剰精製施設を使えるメリットがあるからだ。マドゥーロ拘束後、後継政権に米国の要求をのませたのは、まさに自国の利益最優先意識を裏付ける。
マドゥーロ大統領の前のチャベス左翼政権は石油施設を国有化し、その富を人民に分け与え、絶大な人気を得たとされる。だが、米国の制裁で石油輸出量は減少し、財政赤字から国家は窮地に陥った。そこで、大統領は発展途上国にありがちな奥の手を使い、通貨膨張を図った。その結果、ハイパーインフレが起こり、2025年の年間インフレ率は229%増に達したという。国民はもともと人権抑圧のマドゥーロ統治体制に反発していたが、加えて経済的苦境があり、完全に愛想を尽かした。その結果、2025年までに総人口の4分の1、約770万人が国外脱出したと言われる。
<中国と中南米との関係>
1月3日のマドゥーロ大統領拘束の前日の2日。中国外交部ラテンアメリカ特別代表の邱小琪氏を団長とする大型代表団がカラカスを訪問して大統領と会見していた。「戦略関係」を再確認し、複数の契約を交わしている。したがって、米軍の夜襲が行われた時に中国代表団はまだベネズエラ国内に滞在していたようで、邱小琪団長らにとってはまさに寝耳に水であったろう。北京当局もそういう予兆を感じていなかっただけに、驚愕の体だったようだ。トランプ氏が中国代表団の訪問時期を狙って軍事行動を起こしたかどうかは良く分からないが、中国のメンツをつぶしたことは間違いない。
実は、トランプ氏のこうした行動には前例がある。政権第一期目の2017年4月、習近平国家主席が初の首脳会談のため、フロリダ州のトランプ大統領私邸「マールアラーゴ」に来訪。米中関係の“親密さ”をアピールするところだったが、訪問の最中に米軍はシリアのアサド政権の空軍基地を約50発の巡航ミサイルで攻撃した。この時、米側は、シリアに基地を持つロシアには攻撃の事前連絡をしていたが、中国には話していなかった。それゆえ、習主席は激しいショックを受けたと伝えられている。西側諸国は当時、シリアに経済制裁をしていたが、軍事行動となると本来国連の決議が必要。だが、何の通告もなかったため、習主席らは突然の米側の攻撃に驚がく。何も言えず、“追認”せざるを得なくなったと言われている。
ベネズエラの大統領拘束事件が今後、中南米に及ぼす影響は小さくない。それは中南米に橋頭保を築きたがっていた中国にも大きく関係してくる。以前このコラムでも触れたが、最大の関心事はパナマ運河の利権がどうなるかという点。香港企業「長江実業(CKハチソン)」が抑えていた運河の入り口にあるバルボア港(太平洋側)、クリストバル港(カリブ海側)の2つの港湾利権に対し米資産運用企業「ブラックロック」が取得意思を示し、CKハチソンも譲渡に応じる構えを見せたが、中国側の横やりでこの取引はペンディングになっていた。その一方、パナマ政府は米国の圧力を受けてか、広域経済圏構想「一帯一路」からの脱退意思を示し、一部中国企業の追い出しにもかかっている。という流れからすると、最終的にブラックロックへの利権譲渡が可能になるのではないかと予想される。
米トランプ政権の強圧的な行動を見ると、中南米諸国も行動を抑制的にならざるを得ない。トランプ氏は左翼政権であるコロンビアのグスタボ・ペトロ大統領に対し麻薬撲滅を指示し、従わない場合は軍事行動を起こすことも示唆した。さらに、ペトロ氏をワシントンに呼びつけているので、彼は具体的な対応を示さざるを得なくなっている。昨年末に行われたホンジェラスの大統領選挙は親台湾派のアスフラ候補が勝利したが、反対派は「トランプが選挙介入した」と現大統領の当選を認めていない。これには当然、台湾の再承認問題が絡むため、中国側は反対派を後押ししているのであろうが、米側が介入してくれば中国のゴリ押しも難しくなる。
メキシコについても、トランプ氏は「米国に入る麻薬の中継地」と認識しており、中国からメキシコに入る合成麻薬「フェンタニル」の原料を規制するよう強く求めてきた。シェイン バウム大統領もベネズエラの事件を見て、ますます米側の意向に沿う姿勢を見せている。逆に芳しい状況にあるのがアルゼンチン。親トランプであるハビエル・ミレイ大統領の右派政権に米国は経済支援を約束しているからだ。今後、トランプ政権はアメとムチの政策で中南米諸国への影響力を強めることは間違いなく、その結果、中国はこの地域で徐々に親密国家をなくし、影が薄くなっていく可能性もある。
<イラン石油と中国>
イランは石油大国で本来豊かな国であるべきなのだが、レバノン南部の「ヒズボラ」、ガザ地区の「ハマス」、イエメンの「フーシ派」など中東地域の武装勢力を陰で支援していることで西側の制裁を受けており、国内は経済困窮状態にある。ベネズエラと同様にハイパーインフレに陥り、昨年9月時点の年間インフレ率は45.3%増。食料品に限っては7割程度上昇したと言われる。イラン経済は、宗教軍事組織「革命防衛隊」が政府予算のほかに「基金」なるものを作って公的資金を勝手に利用。また、彼らはハメネイ師の権威をバックにイラン経済の6割を握り、私服を肥やしていることも人民の困窮に拍車をかけているようだ。
中国はイランから日量約180万バレルの原油を輸入しているが、これはイラン全輸出量の9割に相当するという。中国は、イランが西側の制裁を受けているのを奇貨として購入価格を買いたたき、実際に市場価格より2、3割安で入手していると言われる。ウクライナとの戦争継続で西側の制裁を受けているロシアからも安く石油を購入しており、中国は現在、恵まれた状態にある。だが如何せん、デフレ不況の中でこうした有利な条件を十分に活用し切れていない。
前述のように、イランでは昨年12月末から今年1月にかけて民衆デモ、さらには一部で暴動が起きた。ハメネイ師はテヘランを離れ、国内のある場所に移動し、数百人の革命防衛隊に守られていると言われる。かつて防衛隊司令官のガーセム・スレイマニ氏がイスラエルに殺害されたことや、今回のベネズエラの大統領拘束事件を見てハメネイ師は危害が自身に及ぶかも知れないと真剣に考えたようだ。1月7日、避難場所から「敵には屈しない」とのメッセージを出すなど依然強気の構えだが、トランプ大統領がイランへの軍事介入をほのめかしたこともあり、かなり神経質になっているようだ。
イラン情勢の見通しは1月末時点ではいまだ分かりにくいが、万一、宗教支配体制が崩れた場合、それはベネズエラ・マドゥーロ政権の崩壊どころではない。パーレビ時代のような世俗主義に戻れば、他のイスラム諸国にも多大な影響を与える。さらに、ハマス、ヒズボラ、・フーシ派への武器提供がなくなるため、中東地域での軍事的な脅威は薄れよう。紅湾やアデン湾でのフーシ派の攻撃がなくなれば、スエズ運河利用も増えそうだ。ロシアがウクライナへの攻撃に使っている自爆型ドローン「シェヘド136」はイラン製であることから、この生産が停止されれば、ウクライナへの脅威が減る。ウクライナ戦争、中東の混乱から経済的な利益を得ていた中国には望ましく状況になりそうだ。
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》前回
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》の記事一覧
###_DCMS_SNS_TWITTER_###