薬物が蔓延するミャンマー 直井謙二

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薬物が蔓延するミャンマー

紛争などによって国家が荒廃すると、薬物乱用が深刻な問題となるのは世界共通の現象である。現在、ミャンマーでは薬物乱用者が増え続け、数年前まで世界トップクラスだったアフガニスタンを上回る状況にあるとされる。

かつては、西側の記者を招いて押収した薬物の焼却を公開し、取材させる行事も行われていたが、現在ではそうした取り組みも見られなくなった。4年前の軍によるクーデター以降、軍政は少数民族武装勢力との戦闘や国内の治安悪化への対応に追われ、薬物取り締まりに十分な力を割けない状況にある。また、国軍と戦う少数民族武装勢力側も、軍資金の確保のため薬物に依存していると指摘されている。

一方、2001911日にアメリカで起きた同時多発テロがアフガニスタンの情勢を大きく変えた。当時、ほぼ全土を支配していたタリバン政権に対し、北部同盟などが抵抗活動を続けていた。同時多発テロはアメリカの民族主義に火をつけテロの首謀者とみられるオサマ・ビン・ラディンを拘束しようとした。

アメリカは保護しているビン・ラディンを引き渡すようタリバン政権に迫ったがタリバン政権は拒否した。200110月にアメリカは軍事攻撃を開始し、アフガン紛争が始まった。タリバン政権は崩壊し、アメリカはハミド・カルザイ政権の樹立を後押しした。カルザイ大統領は国際的な人脈と語学力を備えた知識人であり、民主的な統治を目指した欧米型の政治家であった。

しかし、タリバン政権崩壊後もイスラム過激派の活動は続き、治安は悪化。さらに汚職が蔓延した。政権基盤が弱かったカルザイ大統領は、対立を避けるために利権を各勢力に分配する統治手法を取ったが、これがかえって汚職の拡大を招いた。やがて国民の支持は離れ、タリバンが再び勢力を伸ばしていくことになる。

さらに、カルザイ大統領の親族が麻薬ビジネスで利益を得ていることが明らかになったが、十分な取り締まりは行われなかった。

20115月、アメリカはオサマ・ビン・ラディンを殺害し、当初の目的を達成したとしてアフガニスタンからの撤退を進めた。その後、再び政権を掌握したタリバンは、厳格な方針で薬物の取り締まりを強化したとされる。

ミャンマーでは、20258月に北京で開かれた戦勝80周年式典にミン・アウン・フライン国軍総司令官が出席し、中国の習近平国家主席と会談した。さらにその半年後、軍政は民主派を排除したうえで総選挙を実施した。これは、香港で民主勢力を排除しつつ治安維持を図った中国の手法を模倣したものとも指摘されている。

しかし、ミャンマーの将来を考えるうえで注目すべきは、形式的な選挙の行方ではなく、むしろ薬物問題の動向だ。国家の安定と薬物問題は密接に結びついており、その行方が今後のミャンマーを大きく左右すると考えられる。


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