習政権3期目、ゼロコロナ政策の継続、公有化、社会主義化が強まり、期待感削がれる(下) 日暮高則

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習政権3期目、ゼロコロナ政策の継続、公有化、社会主義化が強まり、期待感削がれる(下)

<ゼロコロナと鴻海工場労働者の逃亡>

国務院国家衛生健康委員会の米鋒スポークスマンは11月5日の記者会見で、コロナ対策について「外防輸入、内防反弾(国外からの感染の流入を防ぎ、国内では感染の再燃を防ぐ)の対策を堅持し、ゼロコロナの総方針はみじんも揺るがさない」と強調した。党大会後には経済を優先させ、ゼロコロナは緩和されるのではないかとの見方があったが、実際はこの見方は打ち砕かれた。そして、ネット情報で見る限り、実際に武漢などでは学校が閉鎖され、住宅も行動制限されている。驚くことに上海のディズニーランドでは10月31日、園内で感染者が見つかったことで、突然ゲートが閉められ、来場者が園内に閉じ込められた。人民個々それぞれに予定があっても外に出られない状態となるのは一般のアパートでも起きており、人々は絶えずそうした隔離の恐怖にさらされている。

河南省鄭州市政府は10月29日、市内に26例のコロナ感染者が出たことから、一部地区の封鎖に踏み切った。台湾企業「鴻海企業」系の「フォックスコン(富士康科技集団)」は市内に20万人以上の工員を抱え、アイフォーンを作る工場を持っているが、まだ工場内で感染者が出ていない段階で、軍隊や警察が工場内に進駐し、工員の外出を抑制した。このため、外地から働きに来た人は「閉所内労働」を強いられる恐怖心から、寮の荷物をまとめ、夜間に三々五々金網塀を乗り越えて逃亡を始めた。工員たちは上海の封城が2か月近くにわたり、その間、住民や労働者が一定の区画に封じ込められ、精神に異常を来たしたことをよく承知しているからだ。” 富士康大逃亡“の模様はSNSで発信され、世界的なニュースになった。

この封鎖措置を受けて、親会社の鴻海企業は10月30日、工場に残るすべての工員に毎日PCR検査と抗原検査を行い、安全を確保した上で働いてももらう、無料で3食を提供する、帰郷を希望する工員に対してはそれぞれ個々の事情に応じて郷里に無事に帰れるように取り計らうとの声明を出した。それでも鄭州工場の工員の多くは中学校、高校を出たての20歳前後の若者であり、隔離で自由が奪われることを嫌がり、逃亡は続いた。工員逃亡劇によって、フォックスコンは11月に30%の減産を強いられることになる。中国に工場を持つ外資系企業は同工場の様子を見て不安を募らせ、相当なチャイナリスクを感じたに相違ない。

<公有経済の復活、社会主義化>

中国当局は2020年以降、企業に対する党の統制を強めている。同年9月に「新時代の民間経済統一戦線の強化に関する意見」が公布され、民間企業を党の統一戦線工作に組み込む姿勢が一段と明確になった。さらに、翌21年5月に出された「党組織工作条例」で、民間企業においても党支部の設置を義務付けることが明らかにされた。党の間接的な監視によって民間企業の自由な活動はかなり制限される。その半面、同業種企業を合併させて成立した党・国務院直轄の「央企」という大型国営企業が幅を利かせてきつつある。国務院国有資産監督管理委員会の翁傑明副主任は9月1日開かれた「国有企業改革の3年行動」に関する会議で、「あらゆる資源は極力優良な企業に集中させる。一業種一企業に統合する」と語っている。

 

農村では、毛沢東主席時代の計画経済の“遺物”でもある「供銷合作社」も復活してきた。日本の農協のように生産活動や商品流通のほか多種の農民サービスをする組織だが、党の一元管理の下での運営なので、農民の自主性が損なわれるという意味では、限りなく社会主義的だ。その試験的導入が今年7月に正式に始まったと報じられたが、実は湖北省などはすでにかなり前から導入されている。地元紙「湖北日報」によれば、湖北省では、2021年末に1373カ所の供銷社が作られており、その中にすでに45万2000人の農民が組み込まれたという。同省では供銷社は2015年くらいから設立が進められ、組織された農民は2016年に5万1500人から2021年に33万3000人まで増え、この年の総社員は45万2000人に達したという。

党大会閉幕日の10月23日、国家公務員局は「中央機関及び直属機構の2023年度公務員採用試験に関する通知」を出した。その中で、中華全国供銷合作総社が職員の募集を計画、「優秀な若者が採用試験に応募してほしい」と呼びかけ、この組織の発展をますます図っていくことを明らかにした。そもそも供銷合作社の全国組織が改革・開放の自由化の中で生き残ってきたことが貴重だが、最近、再び脚光を浴びて人材募集まで乗り出しているというのが驚きである。供銷社に対し党・政府が力を入れていることはすなわちその方向へ引っ張っていくことを意味している。供銷社を通して農民への党の統制が強まれば、生産活動も集団的になり、やがて「人民公社」への回帰も考えられよう。

人民公社と言えば、労働と生活の場が一体化した組織で、食事、教育、医療、生活物資供給などのサービスがすべて集団内で賄われる。とすれば、人民公社員(農民)が一堂に会して食事をする「吃大鍋飯(大鍋の飯を食らう)」というような風景も見られそうだ。現時点の農村で集団食堂までは行っていないが、都市の社区では「公共食堂」が復活し始めた。湖南、湖北、山東、雲南の各省の一部の住宅地では、地区管理委員会が出資、経営するセルフサービス型の食堂(社区食堂)が出現している。厳密には国営でなく、集団経営だが、地方によっては「老人などに便宜を図る国営食堂」などの言い方もされているという。

<富裕層の海外脱出、移民>

富裕層は当然公有化、社会主義化に忌避感を持つ。「共同富裕」も内心では受け入れられないであろう。SNSツイッター情報で真偽不明だが、北京オリンピックの開幕式などをプロデュースした高名な映画監督張芸謀氏、テレビキャスターや舞踊家として広く知られる金星女史は家族ごと、米NBAのバスケット選手だった姚明氏は妻子とともに米国に向け出国。トップ経済人としては融創集団の孫宏斌氏、碧桂園集団の楊国強氏、富力地産集団の李恩廉氏、上海世茂集団の許栄茂氏らが党大会終了前後にこぞって祖国を離れ、海外に出たとの噂が流れている。米系華文メディアでは海外脱出について「潤了」という言葉を使っている。「潤」のピンイン発音記号は「run」であり、英語の「run(走る、逃げる)」と同じ綴りだからだ。

企業家たちは、今回の党大会人事で経済を重視する共青団系の幹部が排除されたことに失望し、「一刻も早く中国を離れるべきだ」という思いに駆られているもようだ。脱出先としては米国が多いが、最近、高額の預金や会社設立などで投資移民を受け入れるシンガポールも超富裕層の有力移住先となっている。英紙「フィナンシャル・タイムス」が米シティバンクのデータとして報じたところによれば、中国の金持ちがシンガポールに個人事務所を持つケースが増え、2020年末に400軒であったのが、1年後には700軒になった。ある現地の法律事務所によれば、党大会の期間中にも5家族が個人事務所開設で相談してきたという。彼らが個人事務所を持つのはもちろん国内の資金を移すことであり、シンガポールの永住権を得ることが目的である。

党大会後、中国国内の取引所で株価が暴落している。大手通販企業だけ見ても、党大会前と比べて「アリババ」「京東」が2割、「拌多多」に至っては3割も株価が下落した。これは、国内外の多くの投資者が新指導部への期待感を失って市場から資金を回収しているだけでなく、企業オーナー富裕層が資産を移すために自社株を売り抜けていることも原因と考えられる。党大会で習主席は再度共同富裕を強調したので、高額所得者は今後累進課税で高い税金が掛けられることを心配している。税金ならまだしも、香港で拉致され、大陸の刑務所に入れられた明天集団の肖建華氏や任志強氏のように身の安全が脅かされることもあるから、恐怖心を募らせているようだ。

現在、コロナ対策で中国人の海外渡航は制限されている。だが今後、その縛りがなくなれば、超富裕層に限らず、中間所得層、有能な人材が続々台湾、オーストラリア、東南アジアなど、すでに華人が地歩を築いている地域に出ていくのではなかろうか。公有制度、社会主義化は本来共産党が目指す理想の方向なのであろうが、いったん改革開放の自由経済を味わった多くの人は、起業マインドを削ぎ、生産活動を沈滞化させていくものだとの認識をしていることは疑いない。

 

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