第361回 勝又国際教養大教授の置き土産「秋田ビジョン」 伊藤努

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第361回 勝又国際教養大教授の置き土産「秋田ビジョン」

秋田県にキャンパスがある国際教養大学の勝又美智雄教授の定年退官に伴う秋田市内の大学施設での公開講演の2番目の柱となったのは、自らが長く携わってきた県庁主導の「大学コンソーシアム あきた」の大学間連携の取り組みの紹介とその意義、問題点の指摘だった。秋田県庁が国際教養大開学翌年の2005年に「大学コンソーシアム」というプロジェクトを立ち上げたのは、わが国で大学志願者60万人に入学定員60万人という大学全入時代を迎え、生き残りをかけた大学の新たな使命として、従来の「教育と研究」に加え、「社会貢献・地域貢献」が重要になりつつあるとの現状認識の下、「地域活性化」(秋田ビジョン)の設定と実現に向けた取り組みの必要が高まってきたためだった。

勝又氏はこのプロジェクトで、県からの助成金を得て、秋田県内にある国公私立さまざまな大学同士の単位互換や乗り入れ授業、共同研究、高校・大学の授業連携などの取り組みで積極的役割を果たしてきた。しかし、数年前から県の助成金が減額されると、活動が徐々に鈍り、最近は停滞気味になっていることを懸念し、今回の退官講演の場を利用して、「秋田ビジョン」の私案を愛着を持つ秋田への置き土産として発表したのだった。

秋田らしさ

秋田ビジョン、すなわち秋田という地域の活性化には、「秋田らしさ」という地域特性を生かした上で、過去から現在への延長線上で未来を考えるという役所的な発想を排し、理想形をイメージしてそこに向かう「発想の転換」を呼び掛けた。そこで出てくる具体的なビジョンの柱は「4K」、すなわち「教育」「健康」「観光」「国際化」のアルファベットの頭文字の「4K」に加え、秋田美人で知られる「女性の活用」を挙げる。

まず教育では、秋田が知る人ぞ知る「小・中学校の学力日本一の県」であることを誇りにして、「教育日本一」を目指し、「学力日本一」を支える地域共同体(コミュニティー)の強さを維持していくべきだと主張する。健康では、「長寿天国」「癒しの里」づくりを提唱し、温泉や医療、介護に好適な地域が多いことを紹介、「住民が健康で幸福で、人に誇れる地域にすれば、自然と外から人が集まってくる」と秋田の地元住民が見落としがちな県の資産・利点を強調した。

三つ目の観光では、豊かな天然資源や史跡、伝統的民俗・芸能文化をうまく演出し、国内外に宣伝すれば、異世代・異文化の人々が秋田各地を訪ね、町に活気が生まれるはずだと力説した。勝又教授が得意とする最後の国際化については、①学校現場に外国人、留学生が入ることで学校が活性化する、②先進医療で知られる秋田大医学部と付属病院があり、「医療特区」といった形で医療、健康、介護に外国人が加わると、新しい可能性が出てくる、③外国人観光客は山、海、温泉、田園風景など自然愛好家が非常に多く、自然に恵まれた秋田には外国人観光客を呼び込む可能性がある―と秋田の地域活性化の潜在力の高さを訴えた。

秋田の古民家

勝又氏は上記の「4K」のいずれの分野でも、主役になるのは女性だと持論を紹介した上で、「秋田美人」でも知られる秋田の女性の特質として、「婿(むこ)文化の土地」で育まれた主体性や過去のしがらみにとらわれぬ発想の豊かさ、忍耐強い「継続は力なり」の実践を挙げ、「秋田は女性天国になり得る」と力説した。具体的には、秋田県を母子家庭のシングルマザーの「駆け込み寺」にしたり、IT(情報技術)を駆使できる女性は介護、看護、福祉の仕事の提供をできたりすると語った。

これらの講演会での話の内容からもお分かりのように、国際教養大の英語の授業で教えていた専門の米国政治、日米外交論には全く触れることはなかった。冒頭でも紹介したように、勝又氏はもともとは日本経済新聞の記者だったが、秋田の地域活性化で次々に打ち出す興味深いアイデアの数々は県内各地を歩いた同氏ならではの現地体験に基づく地域文化論の披瀝だった。勝又先輩は、学生時代に知り合ったときと変わらぬ情熱を失わずにジャーナリズムとアカデミズムを駆け抜けた。

 

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