米テスラ社は中国市場でしっかり根を張れるのか-リコール、訴訟の敗訴で先行き不安も(上) 日暮高則

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米テスラ社は中国市場でしっかり根を張れるのか-リコール、訴訟の敗訴で先行き不安も(上)

中国国家市場監督管理総局は12月3日、米国の電気自動車(EV)メーカー大手「テスラ」の中国子会社から、国内生産された多目的スポーツ車(SUV)「モデルY」について「タイヤを操作する際に不具合がある」として、該当車2万台以上のリコール(回収無償修理)を実施するとの届け出があったことを明らかにした。同社は6月にも、中国で生産された小型セダン「モデル3」で制御システムに不具合があったとして28万台以上のリコールを実施している。今、地球温暖化防止の観点から、世界各国でガソリン車から電気自動車への切り替えが叫ばれており、中国では政府の肝いりで特にその傾向が顕著になっている。中国のEV市場におけるテスラのシェアは10%前後に過ぎないが、同社の動向は常に注目され、リコールの発表もなぜか大きく扱われるようだ。米中の政治、経済対立を背景に、米系企業への圧力があるためか。

<イーロン・マスクとテスラの中国進出>

テスラ社の創設者の一人とも言われる最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク氏(50)はもともと南アフリカのプレトリアの生まれ。母親がカナダ系であったため、同国に移住し、その後、米国の大学で物理学や経済学を学んだ。新しい技術やその発展性に関心を持つ典型的なベンチャー事業家であり、1999年に大手インターネット決済サービス「PayPal(ペイパル)」を展開する企業を設立し、太陽光発電の「ソーラーシティ」も買収した。2004年には、前年創設されたばかりのテスラ・モーターズに加わり、自らトップになって本格的にEV製造に乗り出した。マスク氏はさらに宇宙関連事業にも手を伸ばし、「スペースX」なる企業でロケットも製作している。常に最先端の事業に目を向ける実業家、資産家であり、米国では超有名人だ。

 そのマスク氏がEV事業発展の上で目を付けたのが中国市場。中国に進出したいが、自動車の輸入関税が高い。そこでマスク氏は2018年、トランプ大統領に対し、輸入関税の引き下げと外資の単独出資を認めさせるよう中国との交渉を求めた。中国側も即これを受け入れたため、テスラはEVを輸出し、初の海外工場を上海に建設した。中国側は米国のEV技術の水準を見極めたかったこと、マスク氏の“異能さ”に関心を持ったことが市場開放、テスラ受け入れの大きな決め手になったに違いない。一説には、党中央指導部は、マスク氏が生粋の米国人でないため、どの国にも政治的な忠誠心を持たない「ユートピア技術者」で「扱いやすい人物」とみなし、中国に囲い込むことを考えたのではないかとの見方もある。李克強総理は同氏に対し「中国に永住してはどうか」とのオファーも出したとの情報もあった。

 「ギガファクトリー」と名付けられたテスラ社の上海工場は、2019年1月7日、臨港産業区で建設が始まった。式典には、習近平国家主席との関係も良い応勇市長も参列したという。北京政府は、テスラを国内企業並みに特別扱いし、工場用地を格安で貸し出し、低利で借款を与え、税収面でも優遇した。テスラ工場は11カ月後に完成し、年間25万台を目標にモデル3、モデルYの生産に入った。それまでの米国からの輸出に加えて、上海工場での生産により中国国内での人気と販売数はうなぎ上り、わずか1年余の間にテスラブランドを確固たるものにした。日経新聞によれば、今年1-9月期の同社製EV販売台数は前年同期比の約3・5倍に達した。4-6月期から中国の販売台数は米国の数字を上回り、生産台数も上海工場が米国工場を上回ったという。

中国は基本的に、特に重要産業分野において外資の独資進出を嫌がった。外国の自動車企業が現地生産する場合は、中国側企業との合弁を強いてきた。ガソリン車の先例を挙げれば、1984年に外資として本格的に中国進出し、上海に工場を造ったドイツのフォクスワーゲン(VW)社は、税制面などで優遇条件を得たものの、国内企業「上海汽車(自動車)集団」と組み合わされ、上汽が50%以上出資した合弁企業「上海大衆汽車公司(上海VW)」となった。上海VWはサンタナという大衆車を生産し、1980年代に圧倒的な人気を博した。トヨタは四川省の「中国第一汽車集団公司」と組まされている。

ガソリン車生産の外資企業の例に比べると、テスラ社の存在意義は大きい。中国当局は2018年4月17日、自動車外資の合弁、50%以下の出資制限を2022年までに段階的に廃止すると発表したからだ。それ以前から外資規制は検討されていたようだが、テスラ社マスクCEOの進出意思によってその流れが促進されたことは間違いない。マスク氏が単独出資にこだわったのは、合弁によって技術が漏洩したり、米中幹部の意見対立で企業内での意思決定が遅れたりすることを恐れたためであろう。中国の外資規制を外させたことに加え、李克強総理や王岐山国家副主席との会談を通じて党中央指導部と強い絆ができたと認識。たとえトランプ政権下で米中間の経済対立が激化してもテスラの事業は問題なく継続できるとの自信を持ったに違いない。

<テスラ中国事業のつまずき>

当初は順風満帆に見えたテスラ社の中国展開は、販売台数が増えるにつれて風当たりが強くなる。市場監督管理総局に「アクセルを踏まないのに異常な発進がある」「バッテリーから発火した」などのクレームが寄せられるようになった。今年4月19日の上海国際モーターショーでは、テスラ車を運転して衝突事故を起こしたという女性オーナーが展示ブースのテスラ車の屋根に上がり、抗議行動に出た。彼女は「操作に反してスピードが落ちなかったため、衝突事故を起こした」としてブレーキの不具合を指摘。これ以前の3月にも地元・河南省鄭州市の販売店で同じように車の上で抗議行動をしている。彼女が着ていた白いTシャツにはテスラのロゴと「殺車失霊(ブレーキが利かない)」という文字が印字され、行動の計画性をうかがわせた。この模様は何者かよってしっかりと動画で撮られてSNSで拡散され、テスラの評判を落とすことになった。

この女性は高額の賠償を要求したが、テスラ社は「妥協できない。裁定は第3者機関に委ねる」として応じなかった。直ぐに要求に応じれば、今後、同様の訴えが続出すると懸念したのであろう。だが、SNSによる動画拡散で、イメージダウンしている状況を認知したテスラ側も徐々に変化、SNSの微博(ウェイボー)上に「国の要求にこたえて安全性に努めていく」と低姿勢に転じた。6月26日、市場監督管理総局が公表したところによれば、テスラ社は「自動運転システムのACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)に不具合があった」として約28万6000台のEVのリコールを届け出た。事実上、自社EVに欠陥があったことを認めたのだ。対象になったのは、2019年から中国に輸入された約3万6000台のモデル3、そのほか19年末以降、中国国内で生産された約21万1000台のモデル3と約3万9000台のモデルYだ。オーナーは該当車をディーラーに持ち込む必要はなく、システムの更新はすべてオンラインで行われるという。

ACCとは、高速道路などで一定速度に設定入力すると、コンピューターが自動的に先行車両を捕捉し、過度の接近を防ぐシステムで、いわば心臓部の装置。このシステムの欠陥を認めたことはすなわち、モーターショーで“過激”に訴えた女性の言い分を認めたことになり、公式には明らかにされていないが、彼女らの賠償にも応じているのかも知れない。また、ブルンバーグ通信社によれば、テスラ社運営の中古車売買サイトを通じてテスラ車を購入した人が事故を起こしたが、購入時に車両の状態を的確に表示していなかったとして提訴した。北京の法院はこの9月、原告の主張を認め、中古車の価格のほかにその3倍の賠償金を含めて総額150万元の支払いを命じたという。テスラには随分と過酷な判決となった。

 

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