第111回 停電の苦い思い出 伊藤努

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第111回 停電の苦い思い出

中国や東南アジア諸国など経済が発展している国に日本の企業が進出するに当たっては、現地の道路網や港湾などのインフラ(産業基盤)の整備状況や、従業員に払う賃金などの労働コスト、政府当局による法人税の優遇制度の有無といった投資環境が重要な判断基準になる。そうした中で電力の安定的供給はとりわけ大切なインフラの1つだ。停電が頻繁に起きれば、工場での生産ラインもストップする。会社の事業計画は狂い、取引先の信用も失ってしまう。電力は一国の経済活動と国民生活を維持していく上で欠かせぬエンジンと言えよう。

以前、タイのバンコクに駐在していた時、タイ国内のみならず、周辺の東南アジア各国に取材でよく出張したが、宿泊先のホテルなどで時々、突然の停電に見舞われ、機器をバックアップしていなかった部屋での書きかけの原稿が一瞬にして消去されてしまうというトラブル、不運に何度か遭遇した。また、初めから書き直さなくてはならない。何とも言えぬ怒りがこみ上げてくるが、ホテルの従業員に不満をぶつけるわけにもいかず、身の不運をひとり嘆くしかなかった。

変電所への落雷などを除き、日本ではほとんど経験したことのない突然の停電。だが、今回の東日本大震災の津波災害でシステムダウンした東京電力福島第一原子力発電所の事故で、電力供給が大幅に減少し、短期間とはいえ、首都圏に住む多くの国民が計画停電(輪番停電)に伴う生活の不便さを味わうことになった。不便で済むならまだいい。手術や治療などで電気を使う病院では、患者の生死にかかわる重大事である。

福島第1原発(前方)に近づく横須賀港務隊の曳船(331日)  (朝雲新聞社HPから転載)

東南アジアなどの開発途上国でしばしば停電が起きるのは、経済発展に伴う電力需要の急増に加え、電力供給の貧弱な体制や送電施設の不備によるものだが、日本のような先進国ではこうした事態はまず起きないものだと思われてきた。しかし、火力発電所や原発などによる電力の供給体制が整っていても、需要が供給を上回れば、大規模停電(ブラックアウト)を引き起こす恐れがある。冬は暖房、夏は冷房という便利で快適な生活を国民の多くが続ければ、電力需要はあっという間に急増し、供給が追いつかなくなるのは自明の理だろう。

工場では自家発電装置の設置、家庭ではより一層の節電対策、国家・国民レベルでは太陽光発電など代替エネルギーの開発と利用拡大といった具合に、原発や計画停電に頼らなくて済むよう、企業レベルはもとより、皆で知恵を絞り、貴重な電力の上手な活用を進めていきたいものだ。

 

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