第113回 大事な「ホウ・レン・ソウ」 伊藤努

第113回 大事な「ホウ・レン・ソウ」
タイなど東南アジア各国に進出している日系企業に取材に行くと、工場長など現地法人の幹部からよく聞かされるのが「ホウ・レン・ソウ」のことだ。野菜のホウレンソウではなく、それをもじった企業の生産現場でよく使われる一種の造語である。
「ホウ」は報告、「レン」は連絡、「ソウ」は相談のことで、タイ人やベトナム人など地元の労働者を日系企業で働かせる場合、従業員によく言い聞かせておく必要がある意思疎通のための基本動作の1つだ。例えば、製造業の現場では、リーダーと呼ばれる熟練した職場の班長の下で数人あるいは何十人という労働者が生産ラインで働いている。現場のリーダーを束ねるのがマネージャーといった工場の幹部だが、毎日の生産現場では、生産性の向上や仕事の合理化などをめぐって、労働者とリーダー、あるいはリーダーとマネージャーの間でさまざまなやりとりが交わされる。意思の疎通がうまく取れるかどうかによって、職場に一体感が生まれることになり、生産効率や品質管理にも大きく響く。
その意思疎通の基本が「ホウ・レン・ソウ」というわけだ。日本の職場でも、上司と部下との間で日常的に行われているコミュニケーション術の1つだが、海外に進出している日系企業では、それぞれの国の国民性や文化の違いもあって、こうした意思疎通を図るのがそう簡単なことではないのだという。
例えば、タイ人の場合、上司への報告が「密告」と受け止められたり、相談は上司に余計な精神的負担をかけると思い込んだりして、必ずしも「いいこと」とは思われていないといった文化的土壌がある。確かに日本でも、何か仕事上のミスがあれば、報告などしたくないのが人情というもので、できれば隠しておきたいといったこともあろう。

1特科団の隊員(4月13日、石巻市で)(朝雲新聞社HPから転載)
深刻な原発災害となった福島原発事故の事態収束作業がうまくいかず、解決が長引いているのは、東電や経済産業省、官邸といった関係当事者、あるいは東京と福島、原発の作業現場といった関係機関の間で「ホウ・レン・ソウ」が徹底されていなかったことも一因ではないか。その最大の被害者は、放射性物質の際限ない放出で大きな労苦を強いられている農家であり、漁民、周辺の地域住民だ。放射能で汚染されたり、風評被害で売れなくなったホウレンソウも泣いているに違いない。