政権支持派とタクシン元首相支持派で激しい争いが予想される7月3日のタイ総選挙(下院選挙)を前に、国内では再び殺人事件が増えそうだ。
地元紙によれば、タイ警察は5月14日、総選挙絡みの殺人が多発することが予想されることから、過去に殺人に関与した疑いで指名手配中の112人の容疑者最新リストを公開し、逮捕につながる情報提供者に報奨金10万バーツ(日本円で約30万円)を提供すると発表した。容疑者は、金銭を受け取って殺しを請け負った「プロの殺し屋」だという。
2001年に行われた総選挙は民主党のチュアン政権に対し、政権を批判する愛国党のタクシン元副首相が東北タイ(イサーン)や地元の北部タイを地盤に選挙戦を挑み、政権を獲得した。当時も大勢の候補や支援者の命が危険にさらされ、連日紙面をにぎわした。
総選挙の1年前、民主党のパナワット候補が殺し屋に襲撃され、重傷を負って病院に運ばれたが、幸運にも一命を取り留めた。銃撃された場所で現場検証が行われた。逮捕され、手錠をかけられた殺し屋も現場に同行し、警察官やマスコミの前でパナワット候補を銃撃した手順を再現した。パナワット役の警察官に向かって銃を構え、銃撃するふりをする犯人をマスコミ各社が争って撮影する光景は、日本人記者の筆者には違和感があった。
パナワット候補がタクシン派の地盤である東北タイのブリラム県で遊説するというので、取材した。暑さを避け、木陰で政策を訴えるパナワット候補の前に農民がしゃがみこみ、警察官が警備していた。(写真) 選挙戦の真っただ中にもかかわらず、パナワット候補が太ったように見えたので、遊説後にインタビューしてみた。
パナワット候補は「太ったように見えたのはこれのせいでしょう」と言いながら、シャツをたくし上げ、防弾チョッキを見せてくれた。
バンコク郊外には普通の自動車を防弾車に改造する工場があり、選挙が近づくと注文に追われる。改造された防弾車は、15メートル離れた場所から発射したM16ライフルの銃弾を跳ね返す能力がある。ラジャ・モンコン工科大学では、タイ・シルクを使った軽量な防弾チョッキを開発中だ。
地下組織を通して殺し屋の1人と接触した。殺し屋は「報酬は1万バーツから500万バーツ、ターゲットが大物かどうかや仕事の難しさで決まる」とこともなげに語った。
「命懸けでがんばります」-。日本の選挙で立候補者が口癖のように使う決まり文句だが、タイの立候補者は本当に命懸けなのだ。
写真1:ブリラム県で遊説するパナワット候補
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