第94回 タイの精霊信仰 直井謙二

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第94回 タイの精霊信仰

タイやカンボジア、それにミャンマー(ビルマ)はスリランカ(旧セイロン)から伝わった小乗仏教の国だが、同時に土着の精霊信仰が根強く残っている。

精霊は「ピー」と呼ばれ、日本語では「お化け」と訳すが、日本のお化けとはイメージがかなり違う。

宝くじの当選番号を教えてくれたり、家内安全を守ってくれたりする性格の良い「ピー」がいることは以前書いた。輪廻転生を信じるタイでは、生前の行いによって来生が決まると考えられている。

生前に寺をないがしろにし、嘘をついたり、物を盗めば成仏できず、醜い「ピー」に生まれ変わり、地獄に落ちると信じる人が多い。このため、市民は普段から僧侶に寄進を怠らない。(写真)

10年ほど前、クーという名の高僧がラオス国境に近い小さな寺に「ピー」が出没し、高い徳を積んだ自分だけは「ピー」と会話ができると公言した。親兄弟が成仏できたかどうか心配する村人が、高僧の仲立ちで「ピー」と会話したいと高額なお布施を申し出た。

たちまち全国的な話題となり、テレビ各局は公共放送も民放も競って中継車を出し、新聞社は記者とカメラマンを張り付け、大取材合戦が始まった。取材合戦を一歩リードしたのがタクシン元首相の所有していたニュース専門局のiTVだ。

高僧から「ピー」の映像を入手し、夕方のメーンニュースで放映した。夜間、寺の境内で撮影したという映像には背の高く上半身裸の男がゆらゆら揺れているのが写っていた。ニュース専門局が映像を流し、地元の有力紙がそろって一面トップで扱っているのを見て、遅ればせながら取材に出かけることにした。バンコクから丸一日車を飛ばし、寺に到着したが、もはや地元の取材陣はいない。

村人に話を聞いてみると、「ピー」が寺の境内に出没するというのはクー僧侶が村人から金をだまし取るための作り話で、僧侶はすでに逮捕されたという。

タイ人は、高学歴の人や文化人でも多くの人が精霊やお化けの存在を信じていて、テレビや新聞社も取材する対象だという点は日本とかなり異なる。

村で一泊し、帰りがけに寺を再び訪ねると、盛装した老婆がこちらを向いてしきりに拝んでいる。タイ人の助手を通して老婆になぜ拝むのか尋ねると、昨夜、夢枕に仏様が現れ、外国人が珍しく村を訪ねて来ているから、朝早く盛装して寺に行って拝むようにと諭したという。

朝、寺に来て見ると、外国人が実際にいたので拝んでいるのだという。気味が悪くなり、早々にバンコクへの帰途に就いた。


写真:市民は普段から僧侶に寄進を怠らない。(写真)

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