第36回 墓に住む人たち 直井謙二

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第36回 墓に住む人たち

東南アジアでは貧しさにめげずたくましく生きている人々を目にすることが多い。フィリピンでは墓に住み、合理的に暮している人たちがいる。

マニラ南墓地。この墓地には数十世帯が住んでいる。人々はここから職場に通い、子供たちは集団で通学している。

貧富の格差が大きいフィリピンでは、お金持ち、特に先祖の墓を大切にする中華系のフィリピン人は大きな墓を造る。お棺はちょっとした家の中に置かれている。大理石で造られた家は、大きいものになると10畳から12畳もある。

先祖の命日や春節(旧正月)、それにキリスト教の万聖節に家族が家に集まって先祖と一緒に食事をする習慣があるが、それ以外はめったに訪ねる人もいない。

富裕層にとって心配なのは、スラム化することだ。マニラでは線路の脇、川岸など人がいない場所があれば、掘っ立て小屋ができ、たちまちスラム化する。

墓地には大理石の家があるのだから、小屋を造る手間も省ける。そこでスラム化を防ぐため、貧しいが、信用できる人に墓に住んでもらう。これなら墓の盗掘も防げる。

ここに住むジェスさんは、墓地が発行する定住許可書を持っていて、奥さんと母親、それに子供2人と生活している。墓の中にはテレビや扇風機などが置かれ、奥さんと子供は棺桶の上に置かれたテレビを見ていた。【写真】 家の脇でジェスさんはマキを燃して揚げ物をしていた。ここは天国だという。

ジェスさんの仕事はマニラ市内の道路掃除だが、通勤時間はゼロ、家賃もゼロ。「電化製品を動かす電気代がかかるのでは…」と疑問に思ったら、ちょっと電柱から頂いているという。早い話が盗電だが、電力会社が文句を言ってくると、お金持ちの墓の持ち主が払ってくれるという。

マニラ南墓地は公園墓地で、散策に訪れる市民のために飲み物やスナック菓子を売る小さな売店がある。売店にはタオルや歯ブラシ、それに石けんなども売られている。無論、お客は墓に定住している人たちだ。

夕方、学校から帰った子供たちには墓地は格好の遊び場だ。車が来ないから安全だ。墓地を囲む高層のオフィスビルは、夜遅くまで電気が消えない。エリートサラリーマンは遅くまで残業だが、ジェスさん一家は早い夕食を済ませ、午後9時には消灯する。

昼寝から覚めたおばあさんに墓の住みごこちを聞いてみた。おばあさんは目をこすりながら、こう答えた。「墓に永眠している人はみんな天国に行きましたよ。でも、私たちはもっと幸せです。何しろ、生きているうちから天国にいられるのですから」。

写真:棺桶の上のテレビ

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