入場ゲートを通ると目の前には江戸時代そのまま木造りの日本橋…!
橋を渡ると左手には大名御用達の黒い漆塗りのカゴに乗ることができる…。
いま流行りのタイムワープものドラマやコミックさながら、江戸時代気分に没入できる、ここはテーマパークではなく博物館だ!
入ってすぐ、ド迫力の日本橋を渡れる。時代が違う建物があるのはご愛嬌♪
東京江東区横綱町にある都立江戸東京博物館(以下江戸博)が約4年の長い改装期間を経て5月にリニューアルオープンした。大相撲が行われる東京国技館に隣接したその建物には早々に多くの来館者やカルチャー講座への参加者らが詰めかけ大いに賑わいを見せている。
最寄りは相撲の街 両国
同館は1993年、姉妹施設である江戸東京たてもの園(東京都小金井市)とともにオープン、2000年には常設展示の来館者数が1000万人に達するなど20年に渡って江戸時代に関心を持つ人々や都民に愛されたが建物・設備の老朽化から休館していた。
<体験型・没入型展示を拡充>
新装した江戸博の館内では、冒頭で紹介した実寸大の日本橋の再現など以前から人気の骨格的な展示は維持しながらカゴ乗りに続く新たな体験型展示を拡充、そのうえに魚、野菜など江戸時代の物流を一覧できる新ディスプレイなどが追加されている。屋外でも、入り口で幾重にも重なる鳥居をイメージしたウエルカムゲートを設置、浮世絵や日本の四季をテーマにしたダイナミックな映像投影(プロジェクションマッピング)が行われる。総監修は藤森照信館長、建物内外の空間デザイン等の監修は建築家の重松象平氏(OMA)が担当し新たな試みが行われている。
入館者を待つ 鳥居風ゲート
江戸の物流を紹介する新デジタル展示
今回筆者は以前からある寿司に加えて蕎麦、天ぷらの屋台が並び、江戸時代から昭和、平成と続く日本の一般的な食卓などが一覧できる食べもの関係の展示に注目。館では6月、江戸博カルチャーと銘打った文化講座として、「はじめての江戸グルメ」と題し18世紀半ばには英国ロンドンを凌駕する100万人の人口を誇った世界一の大都市江戸における食文化事情の歴史について学芸員の沓沢博行氏が解説している。
それによると、参勤交代のおかげで各地からの「単身赴任」の武士が多数江戸に住んでおり、その数は町人を上回るほど。男性人口の大幅超過により食を支える外食産業が大いに発達した。1811年の記録では食べ物屋が7,604軒(屋台などは除く)、その中には団子・汁粉屋1,680軒、菓子・煎餅屋1,186軒といった間食専門の店も多数も含まれ、江戸の胃袋を支えた飲食業界の奥深さがうかがえる。
当時の単身赴任武士の日記を含む各種資料を見ると、外食文化の始まりは早くも1657年の明暦の大火後、浅草の門前に登場した炊き込みご飯に汁物とおかずを付けて出す店だった。18世紀の半ば以降には名物料理だけでなく庭園や景観、さらには入浴まで楽しめる料理茶屋が現れ、その座敷は「文人墨客たちの交流の場になった」という。
そば、寿司、天ぷら、うなぎという「4大料理」も江戸時代にその形を整え、現在に近い姿になった。中でも現在、伝統的に魚介類の生食をしていなかった各国の人々にさえ愛されるようになった寿司、以前は米と塩、魚を長期間漬け込んで作る「なれずし」が主だったが、江戸期に酢を使って一晩で作る「早ずし」が登場、18世紀中ごろには早ずしを出す料理茶屋、続いて文政年間(1818~31年)に現状に近い「握りずし」が主流となり各地に波及していった。現在も1800年代に創業しその伝統を継ぐ寿司屋が東京中央卸売市場(豊洲魚市場)などで営業を続けている。
沓沢氏によると、江戸博が所蔵する文献「名物案内双六」(歌川芳艶画)は日本橋朝市を振り出しに64マスかけて当時流行した江戸の名物や名店を紹介しているが、その最初のマスは現在も北区王子で販売されている王子扇屋の卵焼きとなっており、向島の桜もち、上野のガン鍋、浅草諏訪町の金ぷら(卵の黄身を使った高級天ぷら)などが紹介されている。
<江戸の支配者武士の質素な食事から>
館内の展示に話を戻すと、一方で、ご飯、味噌汁、漬物を基本とした「一汁一菜」という当時の支配者・侍の質素な食事から現代まで、近世から現代に至る日本の食文化の変遷を紹介している。これにより昭和期の学校給食や家庭の食卓まで、日本人の食の歴史をジオラマや実物大模型で体感することができる。また館内の関連レストランでは、「深川めし」から「『江戸 – 令和』タイムトラベル 幕の内弁当」まで、江戸にまつわる名物、名産品を再現・アレンジしたメニューを提供しており実際に食べて追体験することも可能だ。
質素だった武士の食事
今回食いしん坊の筆者は食に焦点を当てたが、江戸博では食に限らずこうした江戸時代にルーツを持つ文化が多く展示されている。単に食の現在を楽しむだけでなくそれぞれの歴史に思いを致し、日本、日本人の来し方、向かう先を考えてみてはどうだろうか。
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