第510回 新型コロナウイルスとコウモリ  直井謙二

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第510回 新型コロナウイルスとコウモリ

中国湖北省武漢から感染が広がった新型のコロナウイルスによる肺炎について、ウイルスを採取してゲノムを解析したところコウモリが宿主であるSARS関連のウイルスに近かったという香港大学の研究チームの論文がイギリスの医学誌に掲載された。それと前後してコウモリが持つウイルスが人に感染したのではないかとの指摘を受け、タイの国立公園野生動植物保護局はタイ国内の洞窟に生息するコウモリに関する調査を実施する方針を発表した。

国立チュラロンコン大学の新感染病センターは調査への参加を表明するとともにタイのコウモリから別のコロナウイルスがすでに発見されていることを明らかにした。タイではコウモリは農作物を荒らす害虫を食べ、糞は肥料に使えるので農業には欠くことのできない存在なのである。

中国南部や東南アジアの洞窟や樹木はコウモリにとって絶好の生息地だ。60年代末カンボジアの首都プノンペンにある国立博物館の天井に突然200万匹のコウモリが棲みついたことがある。人工の建物に生息したコウモリの数としては最大だった。問題は糞だ。天井を見上げると糞の重さで天井板がたわみ、床には糞が散乱している。博物館にはアンコール遺跡から運ばれた仏像やジャヤバルマン7世像など貴重な文化遺産が貯蔵されている。博物館員はコウモリの糞の掃除に追われていたが、糞が降り注ぐことで文物が脱色される被害が出ていたが、その後コウモリはいつの間にか姿を消した。

ミャンマー国境に近いタイのカンチャンブリにある洞窟に500万匹のコウモリが生息すると聞き取材した。カオ・チョン・プラン寺は小高い丘の上にあり中腹に洞窟がある。日が落ちると同時に無数のコウモリが規則正しく洞穴から飛び出し、夕暮れの空に天の川のように連なってどこかに飛んで行った。(写真)

毎週土曜日、洞窟に溜まった糞を集めに農民がやってくる。洞窟にはニシキヘビなどが棲み、コウモリを主食にしているという。洞窟の外には「コウモリ捕獲禁止」の看板が立てられていた。コウモリを捕獲して食べる不届き者がいると農民は怒っていた。

中国の武漢でもコウモリは昔から庶民の味だった。毛沢東時代は戸口制度と交通の未発達で人々の移動が少なく、新型コロナウイルスのような問題も広範囲に広がることはなかった。その後の改革開放以後の高度経済成長で交通網が発達し移動も自由になった。一方で食生活の習慣が変わらないことに問題の背景があると愛知県立大学の樋泉克夫名誉教授は指摘する。

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