第130回 熱射病と東南アジア 直井謙二

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第130回 熱射病と東南アジア

地球温暖化は日本にも大きな影響を及ぼすようになった。本来生息するはずのない魚やサンゴが日本近海で見られるようになり、夏の高温で熱中症にかかる人の数が大幅に増えている。

今年も猛暑が2週間以上続き、福島第一原発の事故以来全国的に節電が呼び掛けられたこともあり、熱中症は社会的な問題になった。

 熱帯や亜熱帯、それにサバンナに近い気候の上、冷房完備が遅れている東南アジアではさぞかし熱中症が問題になっていると思われがちだ。カンボジアのアンコール遺跡の取材中に石の照り返しによる高温でテレビカメラが壊れたり、シンガポールの雨季の高温多湿で取材用のVTRが動かなくなったりした経験はあるが、東南アジアでの延べ11年ほどの駐在経験を振り返っても、熱中症が特に大きな問題になったという話は聞いたことがない。

東南アジアの人々が熱中症にかかりにくい理由は2つあるようだ。1つは東南アジアの人々の体質だ。高温の環境で成長した東南アジアの人々は汗腺が多く、汗腺は塩を含んだ汗が体外に出る時、塩分は体内に戻す機能がある。

日本人は少ない汗腺で大量の汗をかくため、塩分を体内に戻す機能が十分働かず、塩分を失い、熱中症にかかりやすいという。バンコク駐在時代、時々、タイ人の助手と炎天下でゴルフをしたが、私の腕などには細かい塩が噴いていたが、タイ人の助手には塩がなかったことを思い出した。

もう1つが環境に適応した行動だ。東南アジアなど熱帯地方の日本企業の現地法人で働く日本の企業戦士は「現地の人たちの行動が遅い」「歩くのももたもたしている」と嘆く人が少なくない。バンコクの路地裏などではわずかな距離でもバイクタクシーを使う姿を見掛けることがある。

日本人から見ると怠けているようにも見える行動も、汗をかかない生活術で体内の水分を失うことを避けていると見れば合理的だ。

チェンマイなどタイ北部の田舎町では各家が庭先に日陰をつくり、素焼きの壷を置いている。(写真) 壷の中には飲料水が入っている。素焼きのわずかな隙間から水がしみ出し蒸発するので気化熱を奪い、壷の水は常に冷たい。

水は家族のためのものではなく、暑い炎天下を歩く道行く人たちが飲む水だ。誰が飲むか分からない水だが、清潔を保つために毎日入れ替える。ちょっとした気遣いも熱中症を防いでいる。

タイは、クーラーもかけない暑い部屋での熱中症による孤独死とは無縁の社会だ。

写真1:通行人用の水がめ

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