第132回 カンボジアの「ライスポリシー」 直井謙二

第132回 カンボジアの「ライスポリシー」
12世紀から13世紀にかけて絢爛たるアンコール王朝の文化の華が咲いたカンボジア。巨大なアンコールワットや観世音四面像が印象的なアンコール・トムのバイヨンの造営を支えたのは、10万ともいわれる労働者や職人だ。
スールヤ・バルマン2世やジャヤ・バルマン7世などアンコールの王たちは巨大な寺院の建設に従事する労働力を養うため、コメ作りから着手したと言われる。
トンレサップ湖に流れ込む川を大規模に灌漑(かんがい)し、コメの増産を図り、食料を十分に確保した上で寺院の建立に取り掛かった。当時の灌漑施設は現在も使われていて、シエムレアプ界隈の農業の生産に貢献している。
人口の7割が農民で、ほとんどが稲作農家と言われるカンボジアだが、全国的な規模で見ると長い内戦で農地は荒廃し、灌漑設備は貧弱で稲作は雨頼みだ。(写真) 砂糖ヤシの生い茂るカンボジアの農村部は他の東南アジアと比べ、機械化が遅れている。

村の奥深くに入ると、銃弾の跡が残る納屋や、宗教を否定した当時のポル・ポト政権が破壊した鎮守の寺が無残な姿をさらしている。
中国に端を発するメコン川はタイやラオスを潤し、カンボジア領内を縦断し、ベトナムのメコンデルタを通って南シナ海に注ぐ大河だ。メコン川は途中で、トンレサップ湖を源とするトンレサップ川と首都プノンペン付近で合流する。
雨季にメコン川が増水すると、水はメコン本流からトンレサップ川を逆流してトンレサップ湖に流れ込み、湖は増水し、3倍の面積になる。乾季になると、トンレサップ湖からトンレサップ川を下ってメコン川に流れ込む普段の姿に戻る。
この自然の灌漑でメコン川の下流は常に一定の水量となり、3期作が可能だ。
メコンデルタを持つベトナムはここ10年でタイに次ぐ世界第2位のコメの輸出国になった。コメどころのメコンデルタは、アンコール王朝が栄えた時代はカンボジア領だったことはすでに書いた。
タイとベトナムというコメの2大輸出国に挟まれたカンボジアは昨年8月、コメの輸出5倍を目指す国策「ライスポリシー」を打ち出した。現在20万トンのコメの輸出量を2015年までに100万トンにするという計画だ。灌漑や港湾施設などインフラを充実させ、コメの増産を内戦から復興する国家プロジェクトと位置付けている。
世界で食糧危機が叫ばれる中、緻密な計画でコメの増産に成功したおよそ900年前の先祖のプロジェクトをカンボジアは再現できるだろうか。
写真1:長い内戦で農地は荒廃し、灌漑設備は貧弱で稲作は雨頼みだ
《アジアの今昔・未来 直井謙二》前回
《アジアの今昔・未来 直井謙二》次回
《アジアの今昔・未来 直井謙二》の記事一覧