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第67回 植民地雰囲気の名残 伊藤努

第67回 植民地雰囲気の名残 伊藤努

第67回 植民地雰囲気の名残

東南アジアの主だった国々は取材の出張などでほぼすべて訪れたが、首都の旧市街では、かつての欧米列強の植民地統治の名残の歴史的建造物を多く目にすることができる。インドネシアのジャカルタ中心部の一角にはオランダ支配時代の洋館が立ち並び、ベトナムのハノイはかつてのフランス統治を想起させる石造りの建物が都市の景観に重厚さを加えている。

フィリピンのマニラには、スペインの植民地時代に建てられた古びたカトリック教会が南欧の雰囲気を醸し出す。シンガポールは英国の都市計画の影響を強く受けて、市の中心部でも広いスペースを取って街路樹や芝生が植えられ、緑が多い欧州の一都市にいるかのような錯覚に襲われる。出張先での仕事を終え、駐在先のタイに戻る前の時間を見計らって、そのような旧市街を見て回るのが楽しみでもあった。

旅行書などでよく見掛ける「コロニアル風」という東南アジアの都市景観の1つの特徴は、列強による植民地統治の時代が遠い過去となった現在、欧米を含む外国人旅行者を呼び込む観光の売り物だ。西洋文化と東洋文化の出会い、融合によって形成された一種独特のコスモポリタン的な雰囲気も東南アジアの魅力のように思われる。

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若アジア有数の大都会バンコクもグローバル化の影響を受け、高層ビルが林立する

この地域を訪れる多くの日本人旅行者の中にも、東南アジア各国それぞれ独自の文化や伝統、自然に触れることだけにとどまらず、そうした植民地的雰囲気に浸るのを楽しみにしている人は意外と多いようだ。カンボジアのプノンペンやベトナムで食べるフランスパンの味わいは本場のものに負けていないのではないか。

西欧の近代技術や食文化、文物などが流入してきたこの地域の文化、文明の多様性は、かつての植民地支配が残したプラスの側面と言えよう。

そのようなことを考えていたら、この日本のあちこちの都市に外国との交流が盛んだったころの雰囲気を残す場所が数多くあることに気づく。鎖国が続いた江戸時代に唯一、オランダとの交易があった長崎をはじめ、明治維新を経て近代化とともに日本にやって来た外国人の居留地があった神戸や横浜などは今も異国情緒を感じる都会だ。横浜には、中国などから来た華僑の人たちがつくった中華街もあり、色彩感覚が日本とは随分違うその一角に足を踏み入れると、まるで中国のどこかの都市の下町を歩いている気分になる。

日本は他の多くのアジア諸国と違って、列強の植民地となることもなく独立を維持したが、東京をはじめ日本の大都市の景観はどこも似たようなもので、無機質なグローバル化の影響を感じる。「コロニアル風」という景観が形成されるには、発酵といった過程が必要な長い時間の経過があったのだろう。

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