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第403回 見習いたい海外の労働観 伊藤努

第403回 見習いたい海外の労働観 伊藤努

第403回 見習いたい海外の労働観

日本企業にはびこる長時間労働の是正に向けた社会的関心が再び高まりを見せている。昨年末には、わが国の最大手広告会社が前年に起きた女性新入社員の過労自殺をめぐって、社員の上司とともに違法な長時間労働をさせた労働基準法違反の疑いで東京地検に書類送検された。広告会社の社長は書類送検を受けて引責辞任すると発表した。

会社などで働く身であれば、誰しも繁忙時の残業や長時間労働の経験は日常茶飯事だが、それが一線を越え、心身の疾患など健康悪化、ひいては過労死、過労自殺といった悲劇につながることのないよう、働き方についての意識改革が労使双方にとって喫緊の課題となっている。

かく言う筆者も現役時代は報道活動に長く携わり、事件・事故の取材や同業他社との競争に追われ、仕事最優先の勤務体制に何の疑問を持っていなかっただけに、偉そうに物申す資格がないことは自覚している。ただ、若い時分に欧州や東南アジアに駐在し、任地国の人々の多くが「働きバチ」と時に揶揄される一般的な日本人勤労者とは違って、「仕事より個人の生活を大切にする」という暮らし方をしていたことを改めて実感する。

最初に駐在したドイツでは1980年代半ば、全国金属産業労組(IGメタル)が「週35時間労働」の導入をめぐって経営者団体と激しい労使交渉を展開し、要求を勝ち取った。労働時間の短縮は企業側にとっては人件費コストの上昇につながり、ひいては国際競争力が低下する要因ともなり得るが、ドイツ産業界は多少の犠牲はあっても、「人間らしい働き方」を選択したわけだ。

また、ドイツでは「ウアラウプ」と呼ぶ平均3週間の夏休みを労働者が取ることが一般的で、6月から9月にかけてのこの時期、ドイツ人家族は順繰りに長期休暇を利用して、森のキャンプ生活、海外での避暑など思い思いに過ごす。ドイツ人労働者は1年に1度の「ウアラウプ」のために働くといった格言もあるように、この国で働く人にとって、「休息・娯楽」が「労働」より優先する生き方なのである。

謹厳実直な国民性を持つゲルマン民族のドイツ人と違って、フランス、イタリア、スペインといったラテン系の欧州の人々はドイツ人以上に個人の生き方を尊び、食事や娯楽に価値を置く暮らしぶりをしているようだ。イタリアが発祥とされる地産地消の生き方「スローフード」あるいは「スローライフ」は、働きバチの生活ぶりの対極にあるもので、わが国でも近年、イタリア的スローライフの魅力が評価されつつあるのはいいことだ。

筆者が40代に駐在した東南アジアでは、熱帯という気象・気候条件も大きな要因となっているためか、もともと長時間労働はなじみにくい土壌、風土がある。企業経営者など幹部クラスとなると、現地派遣の日本人幹部の影響を受けて、猛烈社員となるケースを散見したが、こうなると出世競争で、第3者がとやかく口出しする問題ではあるまい。

ある新聞の投書欄に、「長時間労働の根本の原因は部活動と受験勉強にある。どちらも長時間勉強や練習をして結果を出すことを是としている。(中略) 受験競争に勝った有名大学出身者や体育会系の部活出身者が大企業に就職する」という30代女性の声が載っていた。個人的感想だが、日本の企業社会が抱える深刻な問題の背景にある核心を突いていると思った。

 

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