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第201回 私のバナナ物語 伊藤努

第201回 私のバナナ物語 伊藤努

第201回 私のバナナ物語

人間の記憶とは不思議なもので、筆者の場合、独特の形状をした果物のバナナというと、インドネシアに以前出張した折、民主化運動指導者だったメガワティ女史(後に大統領)の自宅でのインタビューに向かう途中に車の中から見た道端のバナナの木を思い出す。というのは、同行していた全国紙のU記者が真面目な顔をして、「葉っぱの大きなあの木は何ですか」と聞いてきたのだ。初めは冗談かなとも思ったが、U記者は、誰でも知っているはずと思いこんでいたバナナの木を知らなかったのである。

このエピソードを紹介したのは、もちろんU記者を貶めるためではない。日本では自生していない南国産のバナナの木であれば、植物園の温室コーナーにでも行かなければ、バナナの木をその目で見ることは少ないだろうと思ったのである。

たわわな実をつけたバナナの木は見たことはなくとも、日本人のほとんどは果物のバナナはよく知っている。スーパーや八百屋さんではいつも特売で安く売られているし、値段の割には栄養価の高い果物、食品として好物にしている人は多い。

バナナと言えば、今の若い世代にとっては安い果物の代表だろうが、筆者のような中高年にとっては、高級食品の象徴だったような時期がある。バナナに対する輸入関税が高かった1960年代半ば以前のことで、小学生の遠足などのおやつとしてバナナを持ってくるのは裕福な家庭の子供に限られていた。普通の家庭の子供は、比較的安いりんごや梨、みかんなど日本産の果物だった記憶がある。

現在では、バナナのような外国産果物の取引はほぼ自由化され、関税の大幅な引き下げ、ないしは撤廃によって、米国産のオレンジやグレープフルーツ、タイ産のマンゴーなどとともに輸入果物は安く手に入るようになった。そうした中で、バナナ、とりわけフィリピン産バナナの安さは群を抜く。どこのスーパーでも、カットされた4~5本のバナナの値段は100円以下で、栽培、収穫、輸送などのコストを考えると、こんな値段でいいのかと生産者のことをついつい思ってしまう。

フィリピン産バナナが安く売られている流通の仕組みなどは、一般消費者の立場ではよく分からないが、新聞の片隅に載っていた外電記事には心を痛めた。その短い記事には、フィリピンのミンダナオ島などで頻発する洪水被害が近年大きくなっていることの一因として、外国資本による森林の大規模伐採の跡地にできたバナナ農園が山間の各地につくられたため、大雨で大きな土砂崩れが起こりやすくなったというのである。人災である。先進国の日本では、おいしくて栄養価があり、かつ値段が安いバナナの恩恵を被っているが、その引き換えに貧しいフィリピンの地方で自然災害が頻発するようになっているのであれば、喜んでばかりもいられない。グローバル経済の光と影はこんなところにも顔をのぞかせている。

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