中国はなぜ日本を威圧するのか 安江伸夫(元テレビ朝日北京支局長)
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中国はなぜ日本を威圧するのか
中国はなぜ日本を威圧するのか。高市早苗総理大臣の台湾有事発言だけでは説明できない。2026年9月の国連総会で高市総理が、旧敵国条項の廃止を訴え、中国が猛反発した。その反応を見ていると、中国の対日威圧の背景には、より大きな世界秩序観をめぐる危機意識があるように思える。
中国は強国化を目指し、米国と肩を並べる大国となることを狙ってきた。ところが、その米国の影響力は相対的に衰えてきた。その一方で、同じ東アジアの日本が、米国に従うだけではなく、アジア秩序の主役の一人として振る舞い始めた。これは、中国が歴史を踏まえて想定してきた東アジアの秩序観には収まりにくい動きである。唯一、それに近い記憶があるとすれば、先に近代化に成功した日本が19世紀末に台湾を手に入れ、20世紀に入って、中国大陸で、傀儡国家や傀儡政権を作り始めた時代であろう。中国には、その時代が想起され、自らの東アジアにおける正統性が再び脅かされるのではないかという警戒心が広がっているのではないだろうか。それが、日本政治の右傾化、防衛力の増強、ナショナリズム高揚への反発、台湾問題をめぐる安全保障上の緊張、そして、トランプ大統領との首脳会談における、「中米両国民は80年前、ともに日本軍国主義侵略者と戦った」という習近平主席の言葉に表れているといえるだろう。
中国の対日強硬姿勢は、しかし、日本社会を萎縮させるどころか、むしろ対中警戒論を強め、高市政権を下支えする方向に働いている。中国は日本を威圧しているつもりでも、その結果として日中関係の緊張はさらに高まっている。
その複雑さが、岩屋毅・前外務大臣の訪中をめぐる動きにも象徴的に表れている。岩屋氏は、日本国際貿易促進協会会長として中国を訪問し、王毅外相と日中関係改善について協議した。中華人民共和国と日本が外交関係を持つ前の1954年に設立された経済関係促進の友好団体の会長という肩書での訪中だったが、岩屋氏が「前外務大臣」であることは、会談の政治的な意味を高めた。
会談は9月28日に行われ、人民日報で報じられたのは9月29日だ。29日には経済政策を担う何立峰副首相も岩屋氏と会談した。9月29日は1972年の国交正常化の記念日である。王毅外相は「来年は国交正常化55周年だ。日中関係を正しい方向にもっていかなければならない」と述べた。
岩屋氏と異なり、現職外務大臣との接触は冷え込んでいる。7月のフィリピンでのASEAN関連外相会議では、茂木敏充外務大臣が記者団の取材に応じ、「王毅外相と短時間あいさつを交わす機会があり、二国間関係について話をした」と発表した。しかし中国の外務省は定例会見で、「接触や交流はなかったのか」という質問に対し、「会談はもちろん、短い交流もなかった」と否定した。同じ場にいながら、接触の有無をめぐって発表が異なることは、日中関係の異常さを示している。
岩屋氏と王毅外相の会談が発表された9月29日、四川省に2月に返還されていた上野動物園生まれの双子パンダの当日撮影の映像も公開された。55周年を迎える来年9月が、自民党総裁選挙の時期と重なる。中国としては、高市早苗総裁に代わる、より対中融和的な総裁の誕生を期待している可能性がある。
中国が日本への威圧を正当化する背景には、少なくとも次の4つの要因がある。
第一に、中国は日本の国内政治が右傾化したと認識している。
第二に、中国の外交は、最高指導者の意向に強く左右される。
第三に、米中関係の力学がある。米国が日本の防衛力を対中抑止の一部として位置づけるばかりか、米国の影響力の衰えを不安視する日本が主体的に防衛力を強化し、地域秩序の主役として前面に出てきた姿が、中国には日本が主導して対中包囲網を築こうとしていると映る。中国にとって日本は警戒すべき存在となる。
第四に、近代史に根差す対日不信と、中国国内をまとめるための歴史の記憶の政治利用である。
■日本の右傾化を中国はどう見ているのか
確かに日本社会は右傾化している。体制の異なる中国と距離を置き、米国との同盟をこれまで以上に重視し、日本人としての民族意識や国家意識を強めようとする傾向は以前より強まった。ただし、それは何もないところから突然生じたわけではない。高市総理から変わったとしても状況を変えるのは難しいだろう。
グローバル化による経済格差の拡大、脱工業化による従来型の利益集団の弱体化、既存政党が、社会の多様な利益や不満を十分に吸収できなくなったこと、さらには外国人労働者や中国からの移住者の流入増加が、アイデンティティの不安を抱く有権者を増やした。こうした不安は、隣国である中国、あるいは10年ほど前までは韓国をライバル視する言説を増やしてきた。
2025年7月の参議院選挙では、右派色の強い参政党が善戦した。この政治傾向は自民党にも影響を与え、高市早苗氏が総裁、そして総理大臣に選ばれる土壌を作った。
その後、高市総理の「台湾有事」発言に中国が強く反発し、対日威圧を強めた。その後、2026年2月の衆議院議員選挙で、自民党は大勝した。米ワシントン・ポストは「習近平氏と真っ向から対立したことで、支持の輪が広がった」。英BBCは「高市氏勝利の要因は習近平氏とトランプ氏という外国勢力の後押しにある」。シンガポール聯合早報は「劇的な圧勝において北京は脇役を演じた。北京の強い圧力が高市氏の支持率を高めた可能性がある」と報じた。いずれも「中国の強硬姿勢が高市氏を利した」との見方だ。中国が日本を威圧すればするほど、日本国内では、「中国には屈してはならない」という空気が強まる。中国の圧力は、高市政権にとって大きな追い風になったともいえる。
興味深いのは、中国政府系シンクタンクのサイトでは、中国の知識人が、欧州の右派台頭について、かなり冷静な分析枠組みを示していることだ。
中国社会科学院の比較政治学の研究者・高春芽は9月4日、英国やドイツの政治状況を分析した論文で、西側民主主義諸国における急進右派政党の台頭を、グローバル化、欧州統合に伴う格差拡大、移民流入、脱工業化、既存の主流政党への不信の結果として説明している。
この分析枠組みを、日本政治に当てはめれば、日本の右傾化も、単なる歴史修正主義や軍事大国化願望ではなく、生活不安、外国人流入への不信、中国の台頭への警戒、既存政党への失望、国家アイデンティティの揺らぎといった不安が重なった結果として理解できる。
しかし、中国の対日認識では、日本国内の社会構造の変化よりも、歴史問題、台湾問題、日米同盟、日本の防衛力強化が前面に出る。そのため、中国は日本社会の右傾化を、国内不安の政治的な表出としてよりも、日本が再び軍事大国化し、中国を封じ込めようとしている兆候であり、その目的で、「日本側の誤った世論」や「メディアの誘導」が利用されていると見なしがちである。ここに認識のズレがある。
中国の知識人は欧州の右傾化については構造的に分析できても、日本の右傾化については、歴史と安全保障の文脈に引き寄せて理解しがちだ。その結果、中国自身の威圧的行動が日本社会の対中警戒を高め、右派的世論を後押ししているという点が見えにくくなっているのだ。
■指導者間の関係が中国外交を左右する
第二に、中国外交は最高指導部の意向や指導者間の関係に強く左右される。
第二次安倍晋三政権の時代がその一例である。2014年7月、安倍政権は、限定的な集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の変更を閣議決定した。これを受け、2015年9月に成立した安全保障関連法では、「存立危機事態」という概念が法制化され、日本が直接攻撃されていなくても、一定の条件下で自衛隊が武力を行使できる枠組みが整えられた。
中国社会科学院の対日関係論文では、当時も、日本の防衛体制強化に対する警戒論が相次いでいた。それでも日中関係は、尖閣諸島問題や南シナ海での米軍との共同行動などの問題を抱えながらも、2014年11月に安倍晋三総理大臣と習近平主席の首脳会談を再開させ、会談を重ねるごとに関係改善を模索していった。
高市政権の場合、事情は異なる。高市総理大臣は、就任後間もない段階で、「台湾有事」に言及し、それを日本の存立危機事態と結びつけた。中国から見れば、信頼関係が築かれる前に、中国が最も触れてほしくない台湾問題への軍事的関与の可能性を明示したことになる。北京が反発のレベルを急激に上げたのは、指導者間の信頼関係が醸成される前に、台湾問題という核心的利益に突然踏み込まれ、中国に挑戦するものだと受け止めたからだ。
■米中関係の中で日本は「テコ」にされる
第三に、米中関係の力学がある。
米国は冷戦後、一貫して東アジアで急速に強くなった中国を牽制してきた。一方で、オバマ大統領が2013年に、「米国はもはや世界の警察官ではない」と宣言したように、米国が単独で国際秩序を支えることには慎重になっている。
その結果、米国は日本に対して、防衛力の増強と同盟内での役割拡大を求めている。日本は米国に守られてきたという認識を持ち続ける一方で、今や米国から、より大きな安全保障負担を求められている。
中国から見れば、日本の防衛力強化は、米国の対中戦略の一部であることを超え、日本が第二次世界大戦後に掲げてきた専守防衛や、戦力不保持を掲げた平和国家路線を変質させつつあるように映る。日本側に中国と戦う意図はないとしても、南西諸島へのミサイル配備、台湾への接近、フィリピンとの安全保障協力、英国やイタリアとの戦闘機の共同開発、NATOへの接近、武器輸出、核共有論の浮上などが積み重なれば、中国の警戒感は高まる。中国側は、米国の影響力低下によって生じた力の空白に、日本が勢力を拡大しようとしていると見ているのだ。日本が抑止のために備えを強めるほど、中国はそれを包囲網の形成と見る。中国が日本を威圧すれば、日本はさらに防衛力を高める。この悪循環が現在の日中関係を形作っている。
こうした構図は、すでに海洋上では具体化している。南シナ海では、中国とフィリピンの衝突が続き、日本はフィリピンとの安全保障協力を強めている。日本の自衛隊は、米比合同演習にも参加している。
一方、中国軍は台湾周辺での活動を常態化させ、中国海警局の船舶も尖閣諸島周辺での活動を強化している。双方が相手の行動を現状変更と見なす構図が、尖閣・台湾周辺での偶発的な衝突のリスクをはらみつつある。
■歴史の記憶が中国の対日姿勢を硬化させる
第四に、近代史に根差す対日不信がある。
中国は、アヘン戦争以降の「屈辱の歴史」を乗り越え、中華民族の偉大なる復興を実現するという物語を中心に世界を捉えている。清朝が倒れ、中国が分裂した時期に、日本は各地の軍閥や、中華民国の分派を利用し、傀儡政権を築いていった。
この歴史の記憶は、中国の対日警戒感を今も支えている。日本が台湾やフィリピン、東南アジア諸国と安全保障協力を強めると、中国はそれを単なる外交ではなく、中国を分断し、封じ込める動きとして受け止めやすい。
さらには、反日感情には国内統合の効果もある。日本を批判すれば、中国国内の不満を外に向け、社会をまとめやすい。もちろん、これは日本にも当てはまる。中国の威圧を強調すれば、日本国内でも対中強硬論が支持を集めやすい。
日中双方が、相手への警戒を国内政治に利用する構図に入れば、関係改善はますます難しくなるのだ。
■日本社会の反発は中国に十分に伝わっているのか
問題は、中国の日本に対する威圧が逆効果になっていることである。強硬な発言に日本人の多くが反発している。親中派と見なされた人々は、「媚中派」「売国」といった言葉を浴びている。現在の日中交流は、対中反発が広がるなかでも、中国は重要だから関係を維持しなければならないという、ぎりぎりの認識に支えられている。これでは日本から中国への観光や人的交流は細る。中国にとっても、日本を敵に回すことは得策ではないはずだ。
2026年2月の衆議院議員選挙の後、私は東京で北京から短期出張で来た中国の知識人にこの日中双方の認識のズレを伝えた。しかし相手は、日本側の是正、マスメディアによる「正しい」報道、世論誘導の必要性を訴えるばかりだった。中国当局の正当性を前提に、相いれない相手の言説を誤りと見なす姿勢は、中国国内での議論にも共通しているのだろう。中国でも親日派は辛い立場に置かれているのだといえよう。
■日本はどうすべきか
第三国であるシンガポールのメディアは、中国の強権的な振る舞いに警戒を示す一方で、日本に占領された歴史の記憶から、日本の軍事力強化にも慎重な視線を向けている。日本から見れば、中国の威圧に備えることは当然のことである。しかし、周辺国から見れば、中国の圧力も、日本の再軍備も、地域秩序を不安定化させる要因になり得る。
日本に必要なのは威圧に屈しない防衛力と、衝突を避ける外交力を同時に持つことである。中国、米国、ロシアといった大国が力を比べ合う時代に、日本は、単に米国に従うだけでも、中国に譲歩するだけでも生き残れない。
中国の威圧に屈しないことと、中国との衝突を避けることは矛盾しない。むしろ、その二つを同時に追求できるかどうかが、日本に問われている。日中双方を取り巻く国々それぞれの認識を理解し、その違いを乗り越え、威圧と反発の悪循環を断ち切る努力を続けることが求められているのだ。




