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長征90周年報道に見る中国の自己正当化の論理構造 安江伸夫(元テレビ朝日北京支局長)

長征90周年報道に見る中国の自己正当化の論理構造 安江伸夫(元テレビ朝日北京支局長)

▼執筆者紹介

1957年東京都生まれ。元テレビ朝日北京支局長。1989年、北京留学中に天安門事件を経験する。冷戦終結、ソ連崩壊、鄧小平による市場経済化、インターネットの誕生――「豊かになれば中国も民主化し、米国のようになる」という期待が信じられた1990年代から現在まで、中国の変化を取材し続けている。現在もテレビ朝日の生放送帯番組の制作に携わる。関心領域は、世界の世論と日中世論のギャップ。著書に『アップデートされた「反日」の法則』(集広舎)がある。

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長征90周年報道に見る中国の自己正当化の論理構造

■問題提起

中国の対日強硬姿勢は、どのような歴史認識と政治認識に支えられているのか。2026年10月に行われた長征勝利90周年記念キャンペーンは、その一端を示している。

『人民日報』は約2週間にわたり集中的な報道を行った。そこでは、1930年代の革命史にとどまらず、今日抱える幅広い課題が「新たな長征」として結び付けられ、持久すべき長期戦を戦う決意が語られていた。

本稿は、中国の対日強硬姿勢の直接原因を長征キャンペーンに求めるものではない。一方で、キャンペーンは、そうした強硬姿勢を中国国内で正当化し、長期的な闘争として意味づける政治的文法を示すものである。このキャンペーン報道を分析することによって、現在の中国が自らをどのような歴史の延長に置き、外部からの圧力をどう捉え、どのような言葉で処理し、それを対日強硬姿勢の正当化へとどうつなげているのか。その論理構造の一部を読み解くことができる。

■長征とは何か

長征とは、1934年10月、江西省の瑞金と于都を出発した中央紅軍をはじめ、中国工農紅軍の各部隊が、国民党軍の包囲・追撃を突破しながら西へ、北へと転戦し、最終的に陝北に根拠を移していく一連の戦略転移を指す。

1936年10月、紅一方面軍と紅四方面軍が甘粛省会寧で、同月22日には紅一方面軍と紅二方面軍が寧夏将台堡で相次いで合流し、三大主力紅軍の合流が実現した。中国の歴史・軍事用語では、こうした友軍部隊の合流を「会師」という。

中国共産党はこれを、単なる軍事的撤退ではなく、中国革命が危機から勝利へ転じた歴史的転換として公的に位置づけている。

中国は長征を、満州国から華北一帯に拡大した日本軍への抵抗、「北上抗日」への戦略転換として位置づけている。蒋介石が拘束された1936年12月の西安事件を経て、国共は抗日民族統一戦線の形成へ向かった。

■『人民日報』は何を仕掛けたのか

 『人民日報』は2026年10月10日から、中国共産党の重要会議である五中全会の開幕前日の25日まで、長征90周年のキャンペーン報道を続けた。その構成から見えるのは、長征という歴史物語を、過去の革命史に閉じ込めず、現在の地方振興、軍事訓練、科学技術、教育、対外発信へと接続し、国家課題を束ね、社会を動員し、国際社会に同調を求める政治的ナラティブとして再構成する意図である。

■「新たな長征」がつなぐ軍・科学技術・教育

 キャンペーンの初めのころの記事では、長征ゆかりの地における物語の継承や農業振興、紅色観光、起業ブームなどが紹介された。長征は、過去の革命史であるのと同時に、現在の地方発展を支える精神的な資源として描かれた。その後、理論論文、軍事記事、青少年教育、対外発信、記念大会へと段階的に展開された。

10月16日には、中央党史と文献研究院による「弘扬伟大长征精神 走好新时代的长征路(偉大な長征精神を発揚し、新時代の長征の道をしっかりと歩む)」(2026年10月16日)が掲載され、長征精神を理想信念、闘争精神、実事求是、団結、人民至上、党の全面的指導という六つの柱で整理した。以後、続いた各記事は、この理論的枠組みを具体例へ展開していったと読める。

10月19日には、中央党校の謝春涛副校長が、理論論文「从伟大长征中把握兴党强党的制胜之道(偉大な長征から、党を興し強くする勝利を制する道をつかむ)」(2026年10月19日)において、核心と権威のもとで団結する重要性を説き、習近平同志を核心とする党中央への集中統一を強調した。

10月20日には、総合記念記事「弘扬伟大长征精神 走好今天的长征路(偉大な長征精神を発揚し、今日の長征の道をしっかり歩む)」(2026年10月20日)が掲載され、当時の困難を極めた紅軍の戦いを振り返るとともに、瑞金と延安の1857キロを11時間で結ぶ高速鉄道が開通したことを伝えた。

宇宙開発、AI、深海探査も長征ナラティブに組み込まれた。『人民日報』は、長征ロケット、甘粛省・慶陽の巨大データセンター建設、深海潜水艇「奮闘者」のマリアナ海溝探査の成果も、新たな長征ナラティブの中に組み込んだ。

22日の「薪火相传走好新的长征路(薪火相伝=精神や事業の世代的継承、新たな長征の道をしっかり歩む)」(2026年10月22日)は、長征を「体験した世代」「受け継ぐ軍隊」「語り継ぐ子孫」の証言を通じてその精神を継承する活動を紹介した。

例えば、人民解放軍のある陸軍部隊の記事では、「橋梁破壊、対岸の敵部隊発見、無人機の飛来」という三つの危機が重なる想定の実兵対抗形式の演習を7月に行ったことに触れた。実戦能力を鍛えるため、長征で国民党軍の包囲・追撃を突破し、強行渡河を行った精神を重ね合わせ、部隊は、火力援護のもとで、機械による架橋、無人機への対応を、わずか20分で完了したというエピソードが掲載された。

同じ日の「“铁心跟党走”的生动写照(「鉄の決意で党について行く」生き生きとした姿)」(2026年10月22日)も、長征で生まれた極限状態における、兵士たちの犠牲精神や、民衆との絆を象徴する歴史的な物語を改めて紹介した上で、長征精神を今日の人民解放軍部隊が実戦化訓練へ接続する様子を伝えた。

青少年教育も柱の一つで、福建省の大学生らによる長征が通過した15省での夏季社会実践研修や、各地の紅色教室の様子が報じられた。

キャンペーンの公式な総括にあたる社論「齐心协力走好新的长征路(心を一つに力を合わせて、新たな長征の道をしっかり歩む)」(2026年10月22日)は、長征精神を、中国式現代化、人民を最優先にした人民至上、闘争精神、戦略的主動性、党を厳しく管理し、腐敗を抑える全面従厳治党の課題に接続し、新たな長征の道を、強国建設と民族復興の道として位置づけた。

■長征精神の国際化

 22日には北京の人民大会堂で長征90周年の記念大会が開かれ、その模様は翌日の『人民日報』「纪念中国工农红军长征胜利90周年大会在京隆重举行(中国工農紅軍長征勝利90周年記念大会、北京で盛大に開催)」(2026年10月23日)で大きく報じられた。習近平総書記は、「新たな長征は、党と人民の新たな長征である」と述べ、長征の勝利を勝ち取った背景には、党の正しい指導、堅固な革命の意思、人民大衆の支持があると訴えた。

記念大会前日の「在新的长征路上继续奋勇前进(新たな長征の途上で、引き続き勇敢に前進する)」(2026年10月21日)は、新たな長征を、理想に対する信念、実践、人民に対する初心と一貫した責任、大局観に結びつけた。そこには、「外部からの圧力」を、短期的な摩擦ではなく、民族復興へ向かう長期的な国家戦略の一部として捉える認識が表れている。

記念大会後の『人民日報』の評論「偉大な長征精神を発揚し、新たな長征の道をしっかり歩む(2026年10月25日)」は、米国を正面から名指しすることは避けている。しかし、「技術封鎖」「貿易戦」「保護主義」「卡脖子(両手で首を絞める)」といった表現は、明らかに米国主導の対中圧力を想起させる。そして、外部からの圧力への長期的な対応を、「新たな長征」の文脈で位置づけた。

長征精神は国内にとどまらず中国をとりまく国際政治にも拡大させようとしている。グローバル・サウス諸国を中心とした外交に生かすべき長征精神も論じられた。対外発信の面では「向世界讲好伟大长征故事(偉大な長征の物語を世界にしっかりと語る)」(2026年10月22日)は、長征を単なる歴史物語だけではなく、長征精神に含まれる理想信念、犠牲の精神、実事求是、大局意識、規律、人民の側に立つ価値観について言及し、中国式現代化、貧困脱却、一帯一路などを、国際社会にも共有可能な実践として発信するよう呼びかけた。

「高擎精神火炬 共创美好未来(精神のたいまつを掲げ美しい未来をともに創る)」(2026年10月23日)は、中国が提唱する、発展・安全・文明・ガバナンスの4つの「グローバル・イニシアティブ」を長征精神と結びつけ、グローバル・サウスを含む国際社会が共有可能な価値観として提示した。

■戦前日本の精神主義と何が違うのか

中国の長征ナラティブは、苦難を精神的物語に変え、国家目標へ個人を動員する点で、戦前日本の精神主義と比較可能な側面を持つ。だが、両者を同一視することはできない。

戦前の日本の精神主義は、物資、補給、工業力、国際環境の制約を覆い隠し、現実認識を歪めた。『失敗の本質』が指摘するように、日本軍は官僚的組織である一方で情緒的な結合が許容され、自己否定的な学習を苦手とし、合理的な戦略修正を妨げた。

長征キャンペーン報道には「実事求是」という言葉が繰り返し登場する。これは教条主義にとらわれず、現実を直視し、誤りがあれば修正するという意味を持つ。

『人民日報』の文脈では、この自己修正は、主に党の指導をより強化する方向におさまる。体制の根本を問う反省ではなく、党の正統性を増強する自己修正だといえる。中国の自己批判は体制内に限定されやすいが、戦術的には失敗から学び、路線修正を行う能力を持つ。

その上、今日の長征ナラティブは、巨大な製造業基盤、先端科学技術における自立戦略、軍事力の優位性、党国家の動員能力に支えられている。人的資源、戦略資源、巨大市場に加え、党中央の集中統一指導も強調されている。

しかも中国の長征ナラティブは、グローバル・サウスへの訴求力と結びついている。もっとも、その信頼は無条件ではない。債務、主権、環境、労働問題をめぐる警戒も併存する。しかし同時に、米国主導の秩序への不満を背景に、中国の発展経験やインフラ支援に共感を示す国々が存在することは、中国の長征ナラティブを国際化する土台になっている。

■日本はこの中国をどう読むべきか

今日の長征キャンペーンは、毛沢東の時代から続く長期的な大国化の物語の延長にある。

中国はアジア・アフリカ諸国との連携、核開発、国連代表権の獲得、対米・対ソ・対日関係の調整を通じて、大国間秩序に割って入り主体的な地位を得るべき存在として自らを位置づけてきた。

日本との関係もまた、中ソの対立と和解、米中の対立と融和、日米同盟、台湾問題、尖閣問題、歴史認識、経済安全保障、中国の国内政治などを背景に変動してきた。

近年は、日本の対米協調や防衛力強化が、中国側には、この枠組みの中で「包囲」や「阻止」「外部からの圧力」の一部として映りやすくなっている。

この間、日本側の対中認識にも、時期によって「支援対象としての中国」と、「脅威としての中国」という二つの情緒的イメージが大きく揺れながら現れてきた。

一方、中国は「外部からの圧力」を利用して、影響の及ぶ域内を団結させる歴史を繰り返してきた。中国にとって、相手が自身の発展を妨げるのであれば、「闘争に勝つ」ことによって解決させようとする。

日本にとって重要なのは、長征報道が日本を直接批判しているかどうかではない。むしろ、中国が外部からの圧力を新たな長征として受け止める認識枠組みを持っていることである。

一方で、日本を含めた周辺各国が中国から見て「発展」を阻害する存在だと認識されれば、中国自身の「正当性」に対する認識が強いため、相手の主張を自国の発展を妨げるものとして解釈しやすくなり、相互不信が生まれやすい。米国は、中国が対等な地位を目指す戦略的な競争相手として、他国とは異なる位置づけを与えられている。

日中関係の悪化は、尖閣問題や歴史認識問題を含む長い経緯を持つが、第一次トランプ政権以降の米中対立の激化、バイデン政権下での技術・供給網分断の進展によって、米中対立の構造に深く組み込まれた。

日本には、中国の威圧を常態的なリスクとして認識しつつ、それを不用意に増幅させないための言動の管理が必要ではないか。

だが一方で、今日、米国の相対的な影響力には揺らぎが見えるとはいえ、日本は安全保障面で同盟関係を持つ米国に頼らざるを得ない。同時に、米国や、同じ懸念を持つ地域諸国との連携を深め、抑止と危機管理の両方を整えるべきである。

■結論

『人民日報』の長征キャンペーン報道は、過去の革命史を、今日の軍事、科学技術、農村振興、若者教育、対外発信に接続し、今日の「困難」を「新たな長征」として語り直す装置である。長征キャンペーンは、中国の対日強硬姿勢の直接的な原因を示すものではない。しかし、日本を含めた外部からの圧力を長期的な闘争として正当化する政治的な「文法」を示している。

戦前の日本の精神主義と比較可能な面はあるが、今日の中国の場合は、それは裏付けのない精神論ではない。強大な製造業基盤、先端科学技術の自立、軍事力、党国家の社会動員能力、米国式の近代化モデルに違和感を持つグローバル・サウスへの訴求力と結びついている。

中国の国力と党国家の動員能力が維持される限り、こうした持久戦型の国家戦略は、内外で一定の効果を持ち続けるだろう。

日本は、中国を過小評価すべきではない。同時に、日本の過剰反応によって、中国が抱きがちな「包囲されている」という自己認識を助長させるようなことは、得策ではない。必要なのは、抑止と対話、警戒と危機管理を組み合わせた長期的な対中戦略である。日本は、従属と過剰対抗という二つの罠を避けなければならない。
 

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