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「国家安全維持法」導入で何が変わるのか(中) 戸張東夫

「国家安全維持法」導入で何が変わるのか(中) 戸張東夫

<「国家安全条例」廃案、棚上げで中国の介入招く>

実は「国家安全維持法」という名称はともかく、国家の安全にかかわる法律を香港が制定することが香港の憲法に相当する基本法で決められていたのである。それは香港基本法第23条に次のように規定されている。「香港特別行政区は反逆、国家分裂、反乱扇動、中央人民政府転覆、国家機密窃取のいかなる行為をも禁止し、外国の政治的組織または団体の香港特別行政区における政治活動を禁止し、香港特別行政区の政治的組織または団体の、外国の政治的組織または団体との関係樹立を禁止する法律を自ら制定しなければならない。」

香港当局も何もしなかったわけではない。香港政府は香港の中国返還5年目の2002年「国家安全条例」という名称で基本法23条の立法化に着手したのである。ところが当時香港に感染が広がっていた重症急性呼吸器症候群(SARS)に対する香港政府の取り組みを批判する声が高まっていたこともあって、 この条例案が香港立法会(国会)で採択直前の2003年7月1日の抗議集会には主催者発表で50万人が結集し、結局「国家安全条例」を廃案に追い込んでしまった。それ以来「国家安全条例」は棚上げされ、再び日の目を見ることはなかったのである。

その後も7月9日、7月13日、2004年1月1日と大規模集会が続けられたが要求は「国家安全条例」反対から普通選挙の導入や政治制度の全面的再検討へと移っていった。香港は頼りにならぬということで中国も介入せざるをえなかったということであろう。

<「国家安全維持法」は香港の民主化勢力に対する挑戦状?>

この辺で「国家安全維持法」に触れておこうと考えていたのだが、この法律については我が国でも新聞やテレビでかなり詳しく報じられている。ここでは必要最小限度の説明に止めておこう。全文6章66条からなるこの法律は国家分裂罪、国家政権転覆罪、テロ活動罪、外国または域外勢力と結託して国家の安全を害する罪の4項目の犯罪行為を取り締まるために特に導入されたもの。自治権を有する香港特別行政区の法律であるのに、香港ではなく北京の中国政府が導入した点が中国の香港介入で公約違反として香港だけでなく国際世論から袋叩きにあった。
「国家安全維持法」というと何となく厳めしい感じがするが、読んでみると法律というより、香港の民主化勢力、反中国グループなどに対する挑戦状といった印象を受ける。「空港を占拠したり、地下鉄の運行を妨害したり、警官に暴行したり、やりたい放題だが、それももう終わりだ。これからは我々中国本土の人間が取り締まりに当たる。今度捕まえたら身柄を中国に移し、中国で処罰する。」中国から派遣されてきた中国の公安官がそんなことをいいながら香港の若者たちの前で凄んでいる様子が目に浮かぶ。香港のアクション映画の見過ぎかしらん。

<「ここは中国に任せておけ、香港は口をだすな!」>

「国家安全維持法」には香港より中国が上位であることを特に強調する条文が散見される。

「香港特別行政区は国家の安全維持及びテロ活動の防止業務を強化しなければならない。」(第2章第1節第9条)、「香港特別行政区行政長官は香港特別行政区の国家安全維持問題について中央人民政府に責任を負い、かつ香港特別行政区における国家安全維持の職責履行状況について年次報告書を提出しなければならない。」(第2章第1節第11条)、「香港特別行政区の現地法の規定とこの法律が一致しないときには、この法律の規定を適用する。」(第6章第62条)。

中国から派遣される要員だけで構成される中国政府の出先機関「国家安全維持公署」も設置される。スパイ摘発などを担当する国家安全省や治安維持を受け持つ公安省などから200人から300人程度の要員が派遣されて来るらしい。この「公署」については次のような条
文が盛り込まれている。「中央人民政府は香港特別行政区に国家安全維持公署を設立する。」「公署の人員は中央人民政府国家安全維持に関係する機関が合同で派遣する」(第5章第48条)、「駐香港特別行政区国家安全維持公署とその人員による、この法律に基づく職務執行行為は、香港特別行政区の管轄は受けない。駐香港特別行政区国家安全維持公署が発行した証明書または証明文書を所持する人員及び車両等は職務執行にあたって香港特別行政区の法執行人員の検査、捜査及び差し押さえを受けない。」(第5章第60条)

同公署の職員を名乗って同公署職員本人はもちろん、その友人とか知人とか、あるいは友人のそのまた友人とかがこれらの条文を利用して甘い汁を吸うことになるのは間違いあるまい。



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