1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 恒大集団による米裁判所への「破産」申請は、許家印会長家の個人資産確保が目的か(上) 日暮高則

記事・コラム一覧

恒大集団による米裁判所への「破産」申請は、許家印会長家の個人資産確保が目的か(上) 日暮高則

恒大集団による米裁判所への「破産」申請は、許家印会長家の個人資産確保が目的か(上) 日暮高則

恒大集団による米裁判所への「破産」申請は、許家印会長家の個人資産確保が目的か(上)

中国最大の不動産開発企業と言われる「恒大集団」の許家印会長が今年9月、当局に拘束され、取り調べを受けていることが明らかになった。現在、金融機関からの借り入れなど総額2兆3800億元の負債を抱えており、事実上倒産状態にある。不思議なことに、同社の信用不安は、外債の償還不能などで2021年秋に露見し、企業継続は難しいとの見方をされていたが、その後も2年近く許会長トップの体制は変わらず、企業は生き延びてきた。それなのに、中国当局は今になって許氏の拘束に踏み切った、なぜなのか。恒大集団は国内で存在し続けている一方で、米国では今年8月、ニューヨークの裁判所に破産法の適用を申し出た。「海外資産を確保する狙いがある」という。不動産不況を受けて中国経済における同業種のウエイト、恒大集団の存在感が再認識され、改めて恒大や許家印氏個人の資質などがクローズアップされている。

<恒大集団の現状>
恒大集団は一昨年来の業績悪化を受けて2年間決算内容を明らかにしなかった。同社は「2021年に債務不履行になったので、財務調査のため決算内容の発表を延期していた」と、その理由を説明している。今年7月17日、やっと自社のバランスシートを発表したが、それによると、2021年は4760億3500万元、22年は1059億1400万元の純損失となり、22年末の負債総額は2兆4374億元に達したという。このため、同社は今年3月、海外債務の処理を図るため、香港や関連企業が登記している英領ケイマン諸島で会議を開催、債権者と協議に入ったという。ただ、この会議で恒大が提示した内容は債券の期限延長や関連企業への株式転換という旧態依然の方法。これでは債権者を納得させることはできず、9月に再度協議することとなった。

日経新聞によれば、今年6月末時点で恒大のバランスシートは、資産1兆7440億元に対し、負債が2兆3882億元で、債務超過額は6442億元だったという。負債のうち金融機関からの借入金が6247億元。その他建設業者、建材メーカーなど取引先への未払金が1兆565億元。物件を販売し、頭金などを得て引き渡しを約束していながら、引き渡していない契約上の負債が6039億元とされる。一方、資産の部で大きなウエイトを占めるのが、入手しながら開発がペンディングになっている土地資産で、その評価額は1兆859億元。デベロッパーはまず開発に当たり地方政府から住宅など建設用の土地(使用権)を入手するが、恒大は右肩上がりの成長トレンドを夢見て大量の土地を入手していたようだ。だが、これらの土地は今後利用価値があるとは思えず、不良資産化することは間違いない。

9月24日、企業グループの中核である「恒大地産」が当局の調査を受けているため、新規に債券を発行することはできないと宣言、翌25日、同日を期限としていた人民元債40億元の元利払いができないことも明らかにした。これで同社は事実上、自力再建の道は封じられたことになる。9月下旬に予定されていた外貨建ての債務の処理会議も再び延期されることになった。恒大は株式市場におけるエクイティファイナンスに期待したようで、3月末で停止していた香港市場での取引を再開したいと8月28日に申請。実際に8月から10月にかけて部分停止を挟んで取引された。10月3日の再々開時に、低い価格ながら株価は一時上昇気配を見せたものの、結局、8月時点に比べて4分の1になる下落ぶり。再建の見込みがない企業に対して投資家が期待するわけがない。

こうした数々の経営上の悪材料が露見する中で、許家印会長が9月28日、逮捕、拘束されるという事態に至った。その件について当局からの公式発表はなく、恒大集団自らが同日、「法律違反によって許会長に対し強制措置が執行された」と明らかにした。香港誌「亜洲週刊」によれば、許氏自身はずっと「大きい企業はつぶれない。必ず最後は政府が救ってくれる」との思いを持っていたようだ。つまり、大企業を倒産させれば連鎖倒産が起こり、国営銀行に、ひいては国の経済全体にも影響を与えるぞという半ば脅しにも似た読みと期待感があったのだ。

しかし、この読みは外れたようだ。許氏が米裁判所に破産法適用を申請し、海外資産の差し押さえを逃れようとしたことが中国当局の怒りを買った。ブルンバーグ通信社によれば、許氏が公安当局によって軟禁状態に置かれたのは9月初めからのようで、同社の元CEOである夏海鈞氏、元最高財務責任者(CFO)の潘大栄氏、許氏の次男許滕鶴氏も連行、拘束されたという。恒大集団を国家の管理下に置こうという意思を示したものだ。許氏が拘束された当時、許氏の前妻である丁玉梅女史は香港に滞在しており、すぐに同地を離れ、海外に出た。丁女史はカナダ国籍を持っていることから同国に渡航したと見られるが、最終的に身の安全が保ちやすい米国に移ることも考えられる。

許家印氏と丁玉梅女史は今年8月、協議離婚していることが明らかになった。実際に財産分与して法的に離婚手続きをしたのは昨年らしい。しかしながら、夫妻はよく一緒に国内外の旅行に出かけ、仲の良い夫婦と見られていた。それだけに唐突な感があり、西側エコノミストは「離婚は許氏への負債償還要求が配偶者や子供に及ばないようにした措置で、テクニカル・ディボース(技術性離婚)だ」との見方をしている。元夫妻は、中南米のバージン諸島やケイマン諸島に100%の株式を持つオフショア企業を複数所有しており、これまでに恒大企業の配当を相当額溜め込んでいたと言われる。また、米国には息子のための信託基金を置いているようだ。このため、丁女史は海外でこのオフショア企業や信託基金を管理していくものと見られる。

<許家印会長とその家族>
許家印氏は1958年、河南省周口市郊外太康県の農村地域の生まれ。家は極貧の農家で、一歳の時に母親が病死し、身体障害者の父親と祖母の下で育った。高校卒業後にセメント工場で働いていた時、文革時代に止まっていた大学入試が再開され、彼は武漢鋼鉄学院(現在の武漢科技大学)を受験し、優秀な成績で合格した。もともと農村では稀な図抜けた頭脳を持っていたようだ。1983年の卒業後は河南省平頂山市にある舞陽鋼鉄公司に配属された。当時はまだ高等教育機関の卒業者は貴重な“知的資産”であり、国家が強制的に就職先を決める「国家分配」がある時代。彼は学院冶金系の学生として金属材料や熱処理技術などを学んだことが評価され、鉄鋼方面の大会社に行かされたようだ。

舞陽鋼鉄入社後の翌年、許氏は同僚だった丁玉梅女史と結婚している。丁女史はすらりと背が高く、衆目を集める評判の美人だったが、許氏が射止めた。丁女史も河南省の普通の労働者家庭の出身と言われる。両親は教育熱心だったようで、当時女性としては珍しく大学まで行っている。卒業後に舞陽鋼鉄に配属されたのが許家印氏との縁だった。自ら優秀で、美人の妻を持った許氏は農村の工場勤務では飽き足らなかったのか、1992年に同社を辞め、発展中の都市・深圳に向かった。当時の最高指導者、鄧小平氏が「改革・開放」を叫び、深圳などに「経済特区」を設けたのが刺激になったのかも知れない。最初は貿易会社に勤めたが、やがて不動産に目を付け、「恒大地産」を創業した。

許家印氏は不動産業をベースにそれ以外の分野にも進出、生命保険の「恒大人寿保険」、電気自動車(EV)の開発・販売に当たる「恒大汽車」を創設。プロサッカーチームを引き継ぎ、「広州恒大」を持ったほか、メディア、旅行、ミネラルウォーター事業などにも手を広げ、コングロマリット化を図った。民間シンクタンク「胡潤研究院」が発表した企業家の財富ランキングでは常時上位を占め、2017年にはついにトップとなった。この時期が企業家としての彼の絶頂で、2019年10月の国慶節式典では、同じ不動産企業「世茂集団」の許栄茂会長、宝龍集団の許健康会長とともに天安門の城楼に招待され、軍隊を閲兵する栄誉にも浴している。

ちなみに、恒大集団企業群の中で丁玉梅女史や次男の許滕鶴氏も一定の職務を与えられていたようで、2019年に胡潤研究院が発表した女性企業家の財富ランキングで丁女史の財産は170億元、ランキング26位となっている。許家印氏は2008年、メディアに取材された際、妻について、「彼女は学歴があって自分でも事業をしていたが、私のためにすべて投げうち尽くしてくれた。自慢ではないが、我々の夫婦仲は良く、恒大社員が見習うべき存在だった」と仲の良さを惚気ている。夫婦には2人の息子がおり、カナダに留学している。カナダに豪邸を所有し、丁女史が同国国籍を持っているのはそうした事情による。許氏がそう惚気た夫婦が別れるのはどう考えても不自然であるため、世間では「テクニカルな離婚だ」との見方が消えない。


《チャイナ・スクランブル 日暮高則》前回
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》次回
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》の記事一覧

タグ

全部見る