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習主席、経済苦境下でロケット軍など軍幹部を摘発―求心力高め、一段と権力強化狙うか(下) 日暮高則

習主席、経済苦境下でロケット軍など軍幹部を摘発―求心力高め、一段と権力強化狙うか(下) 日暮高則

習主席、経済苦境下でロケット軍など軍幹部を摘発―求心力高め、一段と権力強化狙うか(下)

<摘発の原因は?>
こうした一連の動きを見ると、要は軍中央装備発展部、ロケット軍が当局の集中的な調査対象になっており、それも過去に関わる問題が追及されているもようである。ロケット軍は戦略兵器、核兵器、ミサイルなどを管理するため、取り扱う兵器の金額は天文学的であり、汚職の起きうるスペースは大きい。装備発展部はかつての総後勤部、総装備部をまとめたセクションであり、軍の物資補給や資材、建築の取り扱いを一切担っている部署。企業との関係も深く、ロケット軍同様に汚職の温床になりやすいことは事実である。であれば、今回の軍人事はやはり汚職摘発を主眼としたものであろうか。

ただ、汚職説のほか、ロケット軍幹部から高度な核戦略、ミサイル情報が米国側に漏れていたという説もある。そのため、習主席は同軍高級幹部の誰かが米側に情報提供したのではないかと疑い、摘発に乗り出したという筋書きだ。中国側の党・政府幹部の中には子弟を米国に留学させたり、資産を同地に移したりする人が見られるが、軍人も例外ではない。米側では中国で人権侵害に加担した党・政府要人の入国を拒否するというマグニッキー法があるが、子弟や資産移転の関係で米国に足場を持つ中国人幹部は多く、入国を拒否されては困る。米国はそこに付け入り、中国人幹部に接近し、スパイにするケースもあるだろう。それにしても、一連の軍人事が行われた3月の全人代からまだ半年も経ってない時期であるだけに、ロケット軍への捜査着手などは唐突な感じがするし、不自然さは隠せない。

今回、拘束ないし失脚したと思われる秦剛前外交部長、李尚福国防部長、そして魏鳳和前国防部長はすべて習近平国家主席の”股肱之臣”と見られる幹部だ。秦剛氏は年齢的にも若くまだ外交部のトップを担う年齢でもないが、習主席の好みで駐米大使から一気に引き上げたと言われる。秦剛氏が愛人のスパイ問題で地位を追われたとしたら、習主席としてもかばう余地はない。魏鳳和氏は、習主席が2012年に総書記に就いたあと、真っ先に軍の最高ランクの「上将」に引き上げた。さらに重要ポストであるロケット軍の前身第二砲兵部隊の司令員に就け、軍事委員会委員にも抜擢した。李尚福氏は旧総装備部幹部をしていた時に個人的に米国の制裁を受け、本来は、外交的な折衝もある国防部長はふさわしくないと見られていたが、魏氏が習主席に強く推薦したため、装備発展部長を経て国防部長に上ったとされる。

李尚福氏は装備発展部長時代、ロシアから特段必要もない武器を購入したことがあると言われ、その時期から汚職の臭いを放っていた幹部だ。現在、習主席を除いて現軍事委のトップである張又侠副主席は、李氏の前の装備発展部長を務めており、やはり軍利権の渦中にいた。したがって、現在の軍幹部の摘発が汚職の追及を理由としているのであれば、張又侠副主席の身にも影響が及ぶことは自然の流れだ。チャイナウォッチャーの間では「すでに軟禁状態にある」という見方も出ている。9月15日、軍中央の政治教育主体会議が開催されたが、この席にもう一人の軍事委副主席の何衛東氏、苗華政治工作部主任、張昇民軍紀律検査委員会書記は出席したものの、他の軍事委メンバーである張又侠副主席、劉振立連合参謀部参謀長、李尚福国防部長の姿はなかった。

米系華文ニュースによれば、党中央紀律検査委員会は8月31日、上海市検察院の元検察長である張本才氏を収賄の疑いで調査対象にしたという。上海市は、習近平主席の政敵である江沢民元国家主席や曽慶紅元国家副主席との関係が深い幹部が多く、狙い撃ちにされた可能性がある。今夏の北戴河会議で、曽氏が習主席を叱責したのが事実であれば、上海市幹部の摘発はその報復なのかも知れない。さらに、9月1日に開かれた全人代常務委員会第5回会議で、解放軍軍事法院の程東方院長が解任されたとも報じられた。程氏は昨年12月に軍事検察院のトップから法院院長に昇格したばかりで、在任わずか9カ月ほど。解任の理由は明らかにされていないが、恐らく一連の軍更迭人事に連なった動きと見られる。

一連の軍幹部の摘発は、習近平軍事委主席の権威と求心力を高めることになるのか。いや、それはむしろ逆で、軍の反発が強まっているとの見方の方が強い。習主席はかつて異常なほどに国際会議への出席にこだわっていたが、今年9月初めにジャカルタで開催されたASEAN首脳会議やニューデリーのG20サミットへは李強総理に代理出席させ、自らの参加を見合わせた。首脳級が出席する9月中旬の国連総会にも出ていない。「これは、留守中の政変発生を恐れての行動」と見る声もある。習主席は2019年の党第19期4中全会で、「党は軍隊への絶対的な支配体制を堅持する」との文件を出したほか、今年1月の軍機関紙「解放軍報」にも「軍事委主席責任制を貫徹するというのは厳粛な政治任務であり、最高の政治規律として擁護していかなくてはならない」と書かせた。これを穿って見れば、軍事委主席のステータスが弱まっており、生粋の軍人からすれば軽視さえしかねない風潮が出ていることを示唆しているのではなかろうか。

<腐敗追及は企業幹部まで>
無期懲役で獄中にあった国営企業「茅台集団」の袁仁国元董事長が脳溢血で死亡したとのニュースが9月11日、大陸のメディアで流れた。同集団が造るマオタイ酒は、人民大会堂の宴会にも使われ、「国酒」とも呼ばれる貴州省の有名な蒸留酒(白酒)。莫大な利益を上げている企業であり、そのトップの争奪をめぐって党中央の各勢力がしのぎを削っているとも言われる。袁氏は8月26日、貴州省の監獄で突然脳溢血を起こし、病院に運ばれた後9月9日に死亡したという。茅台集団の董事長を20年近く務め、その間に1億1000元の賄賂を受け取ったことで訴追され、2021年9月に無期懲役を言い渡され、財産は没収されていた。同氏の遺体は死亡後直ちに荼毘に付され、郷里に戻された。まだ66歳とそれほどの歳でもないので、周辺では突然死をいぶかる見方もある。

すなわち、袁仁国氏は政争に巻き込まれたのではないかとの見方である。袁氏は党内の特定勢力と結びついていて政治的なスタンスを明確にしていたとも言われる。北京の中心地「故宮」の近くに「茅台博物館」倶楽部があるほか、上海、広州、杭州、大連などに「茅台会」と呼ばれる会所(倶楽部)があり、党、政、軍幹部、著名な企業トップ、芸術家、文化人が出入りしていた。倶楽部の運営は茅台集団が担っており、この倶楽部メンバーは一種のステータスとなっていたという。茅台博物館や茅台会を牛耳っていたのは茅台集団董事の李伯潭氏。彼は、胡錦涛国家主席の下で党中央政治局常務委員兼全国政協会議主席となった賈慶林氏の娘婿である。ここから、茅台集団と江沢民系幹部の関係濃密さが読み取れる。

8月末に軍内だけでなく、中央、地方政府にも汚職摘発の大号令がかかったことは間違いない。党中央紀律検査委員会、国家監察委員会が8月31日に発したHPによれば、新疆ウイグル自治区政法委員会の馬国強副書記、貴州省公安庁党委の陳罡前書記ら129人の幹部が調査処分を受けた。8月28日には貴州省の孫志剛党委書記も「党の規律違反」ということで解任されている。孫氏は、李克強氏が中央の常務副総理に就任した際、国家の医療改革を進めるため、北京に呼ばれ、国家の医療体制改革の責任者を務めていた。李克強氏との関係が深く、共産主義青年団(共青団)派と見られていた人物。したがって、これも習主席の共青団派つぶしの一環なのかも知れない。昨年秋の党大会では、党中央の汪洋全国全国政協会議主席は引退、胡春華副総理は全国政協副主席という閑職に回され、団派がことごとく失脚している。

<習主席と中国の近未来>
今、デフレ不況の中で経済の反転上昇の糸口が見えないこと、水害の被害に加えて、新たなウィルスの出現でコロナ禍の再流行も見られることもあり、習近平指導部を取り巻く環境は厳しい。涿州市では、駐屯地が水没したため、多くの軍用機、戦車が動かなくなったほか、結成途上にあったドローン部隊が機能しなくなったために、軍内では不満が渦巻いていると言われる。経済が回復しなければ、習指導部は依然批判の矢面に立たされ続けるであろう。米系華文ニュースによれば、習主席は、ロシアで6月下旬に起きた私兵集団「ワグネル」トップのエフゲニー・プリゴジンの乱を鮮明に記憶にとどめ、中国で同様の政変が起きることを極端に警戒しているという。人前に出ることばかりか、海外への旅行を嫌がる気配が見せるのは政変を恐れるためであろう。

習主席は極めて用心深く、防御的になり、批判が集中する状況を避け、軍の激しい反発、さらには政変に結び付かないようあらゆる手を打っているように思える。2012年に始まった国家主席執政第一期には、大々的に汚職摘発、綱紀粛正キャンペーンを展開し、これによって他派閥の勢力一掃を図った。今回は党内の反発を抑え、自らの基盤をさらに強固にするために、第一期の汚職摘発という同じ手法を使って、政変への実力部隊となり得る”暴力装置“を封じ込める策に出たようだ。2020年に公安部(警察)の粛清を行ったが、今回の軍部の更迭人事も幹部への恐怖心を与えて求心力を高める狙いがあるのだろう。ただ、必要以上の圧力は逆効果になる恐れもある。

一連の不穏な動きの中、今年3月の全人代で総理の地位を離れ、完全引退の形となった李克強氏が元気な姿を見せた。米系SNSのX(旧ツイッター)によれば、李氏は8月30日午後3時ごろ、甘粛省の観光地敦煌の莫高窟を参観していることころを帯同させていたカメラマンに動画で撮らせ、それを海外SNSに上げた。マスクをしてないで笑みを振りまき、手を振る李氏に対し、周辺の観光客も「総理。ニーハオ」と手を振って応じていたという。この動画は明らかに李氏自身が壮健ぶりを国内外にアピールする狙いがあったと見られる。李氏は習主席より一歳若いが、昨年秋の党大会で政治局常務委員から降ろされ、今年3月には総理からも離れた。「習主席の立場が厳しくなっている中、まだ引退する気はないという姿勢を示したものだ」と観測筋は分析している。

不動産バブルに端を発した未曽有の経済的苦境を乗り切るためには、党内各勢力の総合力が必要だ。共青団派はもともと能吏が集まった党内エリート集団であるだけに、再び活躍する場を求めていることは間違いない。また、江沢民系に多い太子党、紅二代らは父親らの影響力によって広い人脈を持つ。習近平氏が排除的に自らの息のかかった幹部ばかりを使うのでなく、共青団派や太子党、紅二代などを有効に使いこなせたら、経済再生の可能性が広がるのかも知れない。


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