1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 恒大集団による米裁判所への「破産」申請は、許家印会長家の個人資産確保が目的か(下) 日暮高則

記事・コラム一覧

恒大集団による米裁判所への「破産」申請は、許家印会長家の個人資産確保が目的か(下) 日暮高則

恒大集団による米裁判所への「破産」申請は、許家印会長家の個人資産確保が目的か(下) 日暮高則

恒大集団による米裁判所への「破産」申請は、許家印会長家の個人資産確保が目的か(下)

<破産申請と恒大の異常性>
恒大集団の経営不振が騒がれ始めた時期の2021年秋だが、驚くことにその年の暮れ、許家印氏と丁玉梅女史は所持していた恒大の12億株を売却している。その結果、2人の持ち株比率は76.69%から67.87%に下がっている。この件について、当時、中国メディア「上海証券報」が企業側に問い合わせたところ、「よく分からない。そういう情報は得ていない」ととぼけていたという。また、この時期、「恒大財富」董事長の杜亮氏ら恒大集団の複数の幹部やその家族が同じように所有恒大株を売却し、現金化を図っている。彼らの所有株売却は、大幅株安になる前に個人的に資産確保に走った動きと思われても仕方がない。杜亮氏は後日、その不正行為の容疑で逮捕されている。

中国の国内ネットメディア「証券時報網」は8月18日、恒大集団が17日に米ニューヨーク・マンハッタンの裁判所に連邦破産法第15条の適用を申請したと報じた。海外での破産法の適用申請とはどういう理由か、という意味で世間を驚かせたが、恒大集団は18日、米裁判所への申請の事実を認め、その上で「現在、海外債務の組み換えを行っており、米裁判所に出したのは破産の申請ではない」と明言した。同社によれば、香港やケイマン、バージン諸島にある「債務」を海外米ドル債務に組み入れただけとのことで、すべての海外債務を米国の法律の及ぶところに置くことが目的という。要は、中国当局主体の整理を防ぎたいということらしい。米紙「ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)」によれば、この海外の組み換えの金額は190億米ドルに及ぶという。

前述したように、実はケイマン諸島などにあるのは「債務」でなく、許家印一家が貯め込んだ「個人資産」と見られるものだ。中国当局はいずれ恒大集団の資産と負債を総ざらいし、海外を含めてすべての資産を没収し、同社の負債の補填に充てたいと考えていた。その時に海外にある個人資産の没収は避けたいという思いが許家印一家にあったのは確かだ。許家の方法を見習って、経営悪化状態にある碧桂園など他の不動産開発商も同様に資産を海外に移転させる動きに出ていたからだ。このため、中央民族大学の張宏良教授はあるメディアで、「当局は直ちに民間企業の財産を凍結すべきだ」との記事を掲載した。オーナービジネスマンは企業が破産しても、個人の財産は確保したいとの思いがあるので、破産前にさまざまな保全策を講じる。だから、早期に手を打たなければだめだというのが張教授の主張で、これは当局の意向を反映したものに他ならない。

不動産開発商の破産、整理が進めば、これら企業に貸し付けている金融機関も連鎖的に経営不振に陥る恐れがある。このため、恒大集団の許会長が拘束されたという情報が流布されると、10月上旬、河北省の地方銀行「滄州銀行」で取り付け騒ぎが起こった。ネット情報によれば、同銀行が恒大に貸し付けている額はランキング16位の34億元程度に過ぎない。数千億元レベルという大型融資をしている国営銀行に比べると、かなり少額だが、それでも預金者は連鎖倒産し、預金がチャラになることを恐れたようだ。滄州銀行は10月7日公告を出し、「我が銀行が恒大集団企業群に貸しているのは3億4600万元に過ぎない」とネット情報を否定し、併せて「貸し付けの主体は不動産関連の子会社であり、担保として十分な土地、購買施設などを確保している。銀行の経営に何ら問題はない」と騒ぎの鎮静化に努めた。滄州銀だけ狙われたのは別の理由もありそうだ。

<恒大と政界との関わり>
そもそも恒大集団は、バブル景気の中とはいえ、なぜ異常な発展を遂げられたのか。という視点で眺めると、許家印氏と中央政界、特に旧江沢民系幹部との関係緊密さが注目される。中国で一般的にビジネスは政治との関係がないと難しい。革命幹部、高級幹部の子弟である紅二代や太子党は幼いころからの家族間の交友関係で十分なコネクションを持つ。だが、農家出身の許氏にはそれがない。そこで、まず接近したのが江系幹部のトップ曽慶紅元国家副主席と見られる。曽氏の長男曽偉氏はオーストラリアに在住してビジネスを展開しているが、許氏は彼に住宅を提供したり、金銭面で支援したり。事実上、曽家のスポンサーになっていたようだ。

また、許氏は香港の不動産大手「新世界発展」の鄭裕彤オーナーと親しく、彼を通して曽慶紅氏の実弟曽慶淮氏にも近付いた。慶淮氏はかつて国務院文化部や中央電視台(テレビ局)にいたことがあり、文化・芸能方面に大きな力を持っている。許家印氏は慶淮氏に頼み込む形で、2011年、恒大集団傘下に「歌舞団」を設置、さらにサッカーチームの買収にも尽力してもらったと見られる。歌舞団は独自で収入が伴う興行もやっていたようだが、ほとんどは許氏や恒大集団企業群の“後宮”組織として広州の社交クラブに来る客人の接待に駆り出されていた。

江沢民元国家主席は昨年暮れに死去したが、それ以前は曽慶紅元副主席らとともに隠然たる力を保持していた。江元主席の長男江綿恒氏の子息江志成氏は香港に「博裕キャピタル」という投資会社を持っている。同社は中央、地方政府関連の事業に投資し、手堅く利益を上げてきており、事実上江派系幹部の資金源となっていた。この中では、恒大集団の開発事業にも絡んでいて、利益を得ていたとされる。許氏は江系の有力幹部だった賈慶林氏(元党中央政治局常務委員兼全国政協会議主席)とも親しく、2011年に賈氏の娘夫妻が欧州旅行した際には、それに同行し、最大限の接待に努めていた。

許家印氏は、今年3月まで副総理だった劉鶴氏ともよい関係にあったと言われる。劉氏は習近平氏の中学校時代の同窓生であり、習氏の信頼厚く、ずっと経済ブレーンを務めていた。つまり、江派ではないが、恒大集団の事業をバックアップしてきたもようだ。2021年秋、恒大の債務危機が露見した際、劉氏は「現在の不動産市場に問題が生じているが、これは個別の問題であり、全体的にはリスクの抑制は可能だ。資金を合理的に回せば、不動産市場の健全な発展は変わらない」と述べ、同業界への資金手当てを支持した。経済学者である劉鶴氏は、GDP(国内総生産)の3割を占める不動産業が不振になれば、経済の伸長は見込めないとの強い信念を持っていたようで、恒大に限らず、業界全体の味方であった。

<今後の不動産市場は?>
10月18日発表した国家統計局の全国不動産市場基本データによれば、今年1-9月期にデベロッパーが開発に投じた額は8兆7269億元で、前年同期比で9.1%の減。住宅投資は6兆6279億元で、同8.4%の減。家屋の施工面積は81億5688万平方メートルで、同7.1%の減。商品住宅の販売面積は8億4806万平方メートルで、同7.5%の減。重点100都市に限ると、同販売面積は前年同期比2%の減と、2016年以来の低水準だった。中指研究院の分析では、今年前半6カ月、住宅販売市況は急速に冷え込んだあと、7-8月は停滞。その後依然模様見の人が多く、回復トレンドには向かわなかったという。それでも、一昨年来の不動産業者の負債未償還問題で買い控えが多いと見られていただけに、すべて1ケタ台のマイナスで収まっているのは驚きだ。あるいは何かデータ上での “細工”があるのかも知れない。

今後、不動産開発商はどうなるのか。債務不履行状態にある企業は恒大集団に限らない。国内で恒大と双璧と言われた「碧桂園(カントリー・ガーデン)」の総負債は1870億米ドルという。米ドル換算であるのは、マレーシア・ジョホール州沖合で人工都市フォレストシティーを造成するなど海外事業が多いことが理由だ。同社は現在、109億6000万米ドルのオフショア債券と427億人民元(58億6000万ドル)相当の外貨建てローンを抱えるが、10月10日、支払い期限が来た一部の債券の元本4億7000万香港ドルが支払えなかったことを明らかにした。今後、他のすべての外貨建て債務についても期日までに精算できない可能性が高い。会社側は「すべての債権者と協議し、協力していく」と語っているが、最早当事者だけの解決は無理で、当局の介入を招くことは避けられないであろう。

中国不動産問題の核心は、14億人余の人口に対し、すでに30億人も入れるほどの住宅を作ってしまったこと、あるいは建設中であることだ。多くの建築途上にある住宅工事は停止された。既存物件は当局が購入を進めおうと、販売価格を下げたり、頭金の額を減らしたり、不動産取得税の優遇措置を取ったりと富裕層に複数の購入を促している。それでももう二度と右肩上がり現象が起きることはない。富裕層は過剰建築の現状を知ってしまった以上、住宅所持が資産形成の手段とは考えないようになったからだ。習主席が指摘するように「住宅は住むもので、投機の対象にしない」ということであれば、住宅価格は一般サラリーマンの給与でも買える程度まで落ちていくし、これ以上の無計画な建築もあり得ないであろう。


《チャイナ・スクランブル 日暮高則》前回
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》次回
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》の記事一覧

タグ

全部見る