1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 不景気脱出の兆しも見えるが、依然厳しい現状-それでも習主席は画期的変革意思なしか(上) 日暮高則

記事・コラム一覧

不景気脱出の兆しも見えるが、依然厳しい現状-それでも習主席は画期的変革意思なしか(上) 日暮高則

不景気脱出の兆しも見えるが、依然厳しい現状-それでも習主席は画期的変革意思なしか(上) 日暮高則

不景気脱出の兆しも見えるが、依然厳しい現状-それでも習主席は画期的変革意思なしか(上)

中国の景気が反転上昇傾向にあるというファンダメンタルズ(経済基礎条件)上の画期的な変化は見られず、全体的には依然デフレ状態にあることは否めない。それでも、米国、ドイツの西側先進国は中国詣でを再開した。広大な市場を無視できないという思いがあるためであろうか。訪中した米国の経済界代表団に対し、習近平国家主席は「より良き未来を求め、中米は相互の開発を助け合うべきだ」と、両国の協調を求め、中国への投資を促すよう秋波を送った。なるほど、製造業購買担当者の景気指数(PMI)で好ましい景況感が見られ、今年1-3月の輸出も増加するなど景気回復のサインがないわけではない。ただ、消費者、生産者物価とも横ばい状態であり、若年層の失業率も改善されていない。果たして、今の経済状況をどう見るか、近い将来の景気回復はあるのだろうか。

<西欧諸国の中国詣で>
3月下旬、米半導体大手の「クアルコム」のクリティアーノ.アモンCEO、投資ファンドの「ブラックストーン」のスティーブン.シュワルツマンCEOら米著名企業の幹部や学識者ら10数人が北京を訪問した。昨今対中投資が激減しているので、中国側が米企業に投資を促すきっかけ作りに強く訪問を要請したものと思われる。それが証拠に、政府家でなく企業トップがいるに過ぎない代表団のために、習近平主席が自ら出座して会見に応じたのだ。この席で、習主席は「米中両国がデカップリング(分離)に向かう必要はない」「われわれは米企業が中国に投資することを望んでいる」と語った。恐らく一番言いたかったのは「投資要請」の部分で、それだけ中国側は現在の投資の減少を深刻にとらえているのではなかろうか。

国際収支統計からも、海外からの対中投資が激減していることが分かる。2023年、中国の対内直接投資額は330億ドルと前年比81.7%ダウンと激減した。この額は1993年以来の低水準だという。2021年には3,441億ドルの投資額を記録したことに比べると、実に10分の1以下。出入りで見ると、第3四半期段階で、対外直接投資額(FDI)が流入より118億ドル多いという初めての”出超”となった。それではなくとも中国経済は今、不動産不況によって低迷状態にある。加えて海外からの投資が減り、既存工場などの引き揚げがあれば、「5%前後」という今年の成長率目標も達成しがたい。習主席は米代表団との会見に一時間半以上も費やし質疑応答にも応じたようだが、これは、会見を通じて米経済界に強く働きかけたいとの意欲があったからであろう。

米国からは経済界代表団に続いてイエレン財務長官も4月9日、中国を訪問した。最初に南方の広州市に入ったが、金融部門の最高責任者である何立峰副首相がわざわざそこで出迎え、すぐに会談に入った。その後、女史が北京に回ると、李強首相や藍仏安財政相、人民銀行(中央銀行)の潘功勝総裁らが会談に応じた。同女史の訪問は儀礼的なものでなく、あくまでビジネストリップであり、一連の会談の中で、中国側がEV(電気自動車)や太陽光発電パネルなどクリーンエネルギー産品を過剰生産している問題について、「中国の製品供給が巨大し過ぎて世界は吸収できない」「米国や世界の企業、労働者に大きなリスクをもたらす」と苦言を呈した。そして、「中国側が輸出規制をしないと、米国は高関税を課す」と警告している。

EVや太陽光パネルについては、以前から「中国政府が産業育成のために企業に補助金を出している。それで安価な製品の輸出が可能となり、米国市場に大量に出回っている」と米側に不満があった。中国の補助金拠出は事実だと認定したためか、米国も対抗上、インフレ抑制法に基づき、EVや太陽光パネルに補助金を出し始めた。トランプ大統領時代もそうであったが、米中が互いに高関税をかけ合う事態となれば、両国の得策にならないが、米国は同じ道を歩むようだ。イエレン長官の訪中ではまた、マネーロンダリング(資金洗浄)の取り締まりや金融システム不安時に対するシミュレーション訓練を実施することなどで合意ができたが、中国側が強く求めたと思われる先端半導体の輸出、米国内での動画共有アプリ「ティックトック(TikTok)」の規制解除については、米側は応じなかった。

米国は先端半導体の輸出規制について、「中国の武器生産の高度化や、そのロシア譲渡を阻止するため」との理由付けをしているが、実際は中国が米国の先端技術をベースにさらに開発を進め、米国の産業全体を凌駕するのを避けたいというのが本音と見られる。このため、李強首相は「経済問題の政治化」を止めるようイエレン氏に求めている。ただ、中国側も近年、オーストラリアの石炭、ロブスター、ワイン、台湾のパイナップル、日本の海産物などで輸入規制に出ており、まさに中国こそ「経済問題の政治化」を図ってきた張本人であり、李強氏の言葉はブーメンランにもなりそうだ。TikTokの規制は、米下院が「個人データが盗まれる恐れがある」との理由で「中国企業が米国内運営業者の売却に応じない限り、国内入用は認めない」との法案を可決しており、政府の一存では解除は難しい。

米国に続いてドイツのショルツ首相が4月16日、北京を訪問した。この時期、欧州主要国のトップが訪中することにいぶかる声もあったが、同首相は、「ウクライナ戦争の終結に向けて中国、習近平主席に積極的な役割を果たしてもらうよう説得するのが目的」として政治的な訪問であることを強調した。ただ、経済大国のドイツでは、フォルクスワーゲン、シーメンスなど多くの大企業が中国に進出しており、デフレ不況下にあっても中国市場を重視しているとのメッセージを送りたい意図はあったのであろう。それが証拠に、今回も大型経済代表団を引き連れており、経済貿易面で多くの協力協定に調印した。アフリカで両国が農業支援を実施すること、アジアでは再生エネルギーの普及、技術者、指導者の育成プロジェクトを共同で行うことを決めたし、両国は脱炭素工業に向けた合同チームを設立することでも合意した。

<景気回復の兆し?>
米、ドイツが中国に関心を向けたのは、中国を潜在的な市場であると見ているほかに、今年に入って多少経済ファンダメンタルズの改善が見られたとの認識があったのかも知れない。国家統計局の発表によれば、今年3月の製造業購買担当者の景気指数(PMI)は50.8で、それまで5カ月続いたマイナス状況から一転プラスに転じた。PMIとは「50」を超えれば景況感は良い、「50」以下であれが景況感は悪いと感じているという指数だが、昨年9月(50.2)のプラスから10月(49.5)にマイナスに転じ、以後11月(49.4)、12月(49.0)、今年1月(49.2)、2月(49.1)とずっとマイナスが続いていた。だが、今年当初から製造業の生産量が若干盛り返し、貿易のデータも輸出増加の兆しが見えたため、購買担当者も「ついに底を打ち、V字回復に転じた」と感じ始めたようだ。

香港の親中国誌「亜州週刊」は、今年第1四半期の工業生産、消費、投資分野のデータはすべて上昇傾向にあると書いた。中国物流購買連合会(CFLP)が発表した物流業景気指数(LPI)は2月の47.1%から3月に51.5%に上昇したという。LPI とは、検索サイト「百度」の説明によれば、「業務総量、新規注文量、従業員人数、倉庫の回転率、設備利用率の5項目から得られる総合指数」とある。個別の倉庫指数は前月比8.1ポイント上昇の52.6%、新規注文指数は前月比1.2ポイント上昇の53.4%で、拡大傾向を維持し、物流需要は全体的に回復しているという。個別品目で見ると、中国汽車(自動車)工業協会の発表で、3月の新車販売台数が前年同月比9.9%増の269万4,000台だったという。テスラ、比亜迪(BYD)などの新エネルギー車大手メーカーが値下げ競争に走ったため、プラグインハイブリッド車(PHV)を中心に販売が好調だったとのこと。

税関総署が4月12日発表した今年第1四半期の貿易統計によれば、貿易総額は10兆元を超えて過去最高を記録した。民間企業の輸出入額は前年同期比10.7%増で、総額の54.3%と半数以上となったという。中国のネットニュース「人民網」は、中国の貿易が堅調であると指摘、とりわけBRICS4カ国との貿易額が2009年以降、年平均11.3%増加していると伝えた。貿易摩擦がある西側先進国に代わって友好国との関係が大きな位置を占めていることを強調したかったのであろう。日経新聞によれば、ドル建ての輸出は8,075億ドルと前年同期比で1.5%の増だった。四半期ごとの比較で見ると、伸び率は1年半ぶりにプラスに転じたという。この面では、先行きの明るさを感じさせる。

だが、注目されるのは米中間の動きだが、今年第1四半期の貿易総額が1,500億4,300万ドルと前年同期比4%の減となった。中国の対米輸出が1,101億3,000万ドルで1.3%の減、輸入が399億1,300万ドルで10.7%の減。輸出がそれほど大きなマイナスでないのは、米国は軽工業品を相変わらず中国に依存しているためだ。逆に、輸入が2ケタの激減をしているのは半導体など先端製品が抑えられたことが影響している。輸出額から見ても、中国にとって貿易相手国としての米国の存在は大きい。習主席が訪中した代表団に対し、投資を促し、相互の利益のために経済関係を縮小すべきでないと力説した理由がそこにある。バイデン政権も貿易、投資相手国として中国の存在は無視できないようで、イエレン財務長官らを送ったのもそのためであろう。

《チャイナ・スクランブル 日暮高則》前回
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》次回
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》の記事一覧

タグ

全部見る