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不景気脱出の兆しも見えるが、依然厳しい現状-それでも習主席は画期的変革意思なしか(下) 日暮高則

不景気脱出の兆しも見えるが、依然厳しい現状-それでも習主席は画期的変革意思なしか(下) 日暮高則

不景気脱出の兆しも見えるが、依然厳しい現状-それでも習主席は画期的変革意思なしか(下)

<依然厳しい状況も>
国家統計局の発表によれば、今年3月の消費者物価指数(CPI)は前年同期比0.1%の増。今年1月は同0.8%の減だったが、2月に6カ月ぶりにプラスに転じ、同0.7%の増となった。これは春節(旧正月)時の帰郷、旅行の人口移動に伴う大量消費があったためだ。3月は2月のプラス転換を引き継いだが微増。第1四半期(1-3月期)全体では前年同期比プラマイゼロの横ばいであった。CPIは一番庶民感覚で理解できるもので、経済ファンダメンタルズの中でも大きな意味を持っている。昨年10月に前年同期比で横ばい、11月が0.5%減、12月が0.3%減、今年1月が0.8%減と4カ月連続でプラスは見られなかった。このため、2月、3月は微増でも今後の好転トレンドを予兆させるデータとなるが、景気上向きを暗示する画期的な数字ではない。

物価がそれほど上昇せず、低値安定なのは、中国人の食生活には欠かせないとされる豚肉の価格がやはり低値安定していることも一因。庶民にはありがたい状況だが、デフレ傾向に拍車を掛けている面もある。日経新聞によると、大連商品取引所の豚肉の先物取引は、4月16日現在、1キロ当たり14元程度の価格になっているとのこと。アフリカ豚熱などの影響で一時価格が上昇し、2,022年10月には1キロ26元前後の高値を付けていたこともあったが、同年末には4割ほど価格ダウンし、23年以降ずっと20元を下回っているという。この低値安定は、政府の保護政策を受けて生産過剰、供給過剰状態になっていることが要因だ。ただ、この状況が続くと、生産農家が飼育意欲を失い、国内生産が落ち込み、輸入に頼らざるを得ない状況も生じるので、痛しかゆしの面もある。

ちなみに、嗜好品であるアルコールはどうか。バブル時代に高値を呼んでいた高級白酒(蒸留酒)も暴落の一途をたどっているようだ。国賓接待などに使われる有名な貴州マオタイ酒、その中でも最高級の飛天牌ボトル(アルコール分53度、500ミリリットル瓶)はプレミアがついて一時4,000元以の値を付けたが、現在では2,400元程度までに下げている。同酒造関係者は「刻一刻と値下がりしていく。ある日午前に2460元だったものが午後には2,400元に落ちている。2012年ごろには毎回200元規模で値上がりしていたのに」と嘆く。この価格低下で、マオタイ酒メーカーの株価も4月8日から3日間の下落で、時価総額600億元を失ったと見られている。

中国ではこれまでGDPに占める消費の割合が5割以上であるという状況であった。さらには今年の年間CPI上昇率を「3%前後」に置くという目標値を考慮すれば、第1四半期全体のCPIが横ばいであるというのは景気回復へいかにも物足りなさを感じさせる。その上、生産者物価指数(PPI)は今年1月に2.5%の減、2月は2.7%減、3月は2.8%減とずっと下がり続けており、これで17カ月連続のマイナスだ。中国系のマスメディアはLPIなる数値のアップが好況を示す兆候だと言っているが、PPIの下降を受けて製造業の現場にいる人間はそれほど景気回復を実感しているのか疑問である。

4月12日の税関総署発表によれば、今年1、2月に中国の輸出入は堅調な伸びを示したものの、気になるのは、3月に入って輸出が前年同月比で7.5%減、輸入も1.9%減と輸出入額ともにダウンし、貿易黒字は585億5,000万ドルにとどまったことだ。米紙ウォールストリート.ジャーナルによれば、3月のいずれの数字も事前予想を大きく下回るもので、とりわけ輸出額は昨年8月以来最大の下げ幅であったという。「この貿易の数字に加えて、庶民の消費減退が中国の復興に暗い影を投げている」と同紙は危惧している。ロイター通信の取材に対し、あるアナリストは「中国の3月の輸出の金額は市場の予測より下回ったが、量的には過去最大となった。これは、貿易商が製品の価格を下げて貿易を維持していることを物語る」と明らかにしている。単価が安くなっているということは、デフレの証左でもあろう。

4月18日に国家統計局が発表したところでは、学生を除いた16-24歳の若年層失業率は前月と同じ15.3%だった。1月の失業率は14.6%だから、微増している。同局の盛来運副局長はこれに先立ち16日、製造業統計などを発表する記者会見で、「今年第1四半期(1-3月期)の状況から判断すると、若者の失業率はまだわずかに上昇している。これは高度な注意を要する」と話していた。若年層の失業状況は依然改善されていないもようだ。昨年4-6月に16-24歳失業率が20%を超えたという数字を発表していたが、世界的に注目度が高いことから一時発表を中止。昨年年末から計算基礎を替え、10%台の数字を示すようになった。数字のマジックだが、それでも悪化傾向は変わらない。一方、3月の都市部失業率は5.2%で、前月の5.3%から幾分持ち直している。若者だけが割を食っているということか。

<で、本当はどうなのか>
格付け会社「フィッチ.レーティング」は4月10日、中国の財政状況が悪化していることから、国家の長期信用格付けを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げた。2024年の中国GDPに対する財政赤字の比率が前年の5.8%から7.1%になると予測したためだ。今後、中国は経済成長を図っていく上で公共投資が欠かせず、そのための政府の財政出動が必要になってくるから、勢い債券発行が増えるとの判断がある。同じ格付け会社のムーディーズ.インベスターズ.サービスも2023年12月にすでに「安定的」から「ネガティブ」に下げている。この格下げによって中国国債の国際的な評価は下がるだろうが、同国国債のほとんどは国内金融機関が持っているようで、外国人の保有は3%以下と低い。そのために外国人投資家への影響はほとんどないと言われている。ただ、今後中国投資を考える海外企業は不安視するだろう。

日本の対中直接投資額は2023年、前年の1兆2,070億円から大幅減少しているもようだ。その減少分は中国外に向かっている。日経新聞によれば、日本からオーストラリアへの直接投資が2023年に1338億豪ドルと過去最高になった。食品や小売り関連企業の買収のほか、ITや不動産関連への投資が目立ったという。日本はチャイナリスクを感じ、デカップリングを図っていくのか。その豪州も脱中国化を図り、主に東南アジアへの貿易.投資の拡大に努めているという。中豪は政治的な対立から貿易関係まで悪化させたが、アルバニージー首相が昨年11月、中国を訪問し、関係改善を図った。それでロブスターの禁輸、ワインの関税は解除されたものの、豪州は、政治を経済に転化させる中国の危険性を頭の隅に置いたようだ。韓国も2023年、対中直接投資を18億7,000万ドルと前年比78.1%減とした。大きな減額は約30年ぶりとのこと。これらの国が中国への投資を見直したのはもちろん米国の圧力もある。

したがって、習近平主席が米訪中団に投資を求めたのは「米国さえ説得できれば、他同盟国は追随する」との思いがあったからかも知れない。対外的に投資を求めたのは習主席だけでなかった。3月24日、北京で開かれた「中国発展高層論壇(CDF)」で李強首相、同じく北京で26日に開催された「投資フォーラム」で韓正国家副主席、海南島のポーアオで28日に開かれた「アジア.フォーラム」で趙楽際全人代常務委員長がそれぞれ海外からの投資を呼びかけている。李首相はCDFで、「中国は市場、法治、国際ルールを重視し、ビジネスしやすい環境を作り上げている。法律に基づいて進出企業の合法的な権益を守る」と強調した。韓正氏は「多くの海外企業が中国に投資し、中国の発展に伴って利益を得て欲しい」と訴えた。各会合に党中央のトップクラス幹部が登場し、熱心に呼び掛けるのはそれだけ昨年の前年比8割減という投資額の低さにショックを受けたのであろう。

党中央幹部クラスは外国投資減少が経済全体に及ぼす悪影響について理解しているようだ。ただ、絶対的な力を持つ習近平主席自身はどうなのか。米代表団との会見では投資要請をしたが、では心底からそう思っているのか。「そうは見えない」との見方もある。その点について米系華文ニュースに面白い記事が載っていた。米経済ニュースメディア「CNBC」の女性編集者ミシェル.カブレラさんが訪中団の一員として習主席と会見した企業のCEOを取材したが、そこから同女史は「中国のビジネス環境改善に希望が見えない」との感想を持ったという。代表団側が会見で突っ込んだ質問をしたのに対し、習氏は「中国経済はいまだ限界まで行っていない」「どの経済体にもそれぞれの問題があるが、中国は経済上の自らの問題を解決する方法を承知している」などと強弁し、米側の進言に聞く耳を持たなかったという。

この企業CEOは「最高指導層からは経済運営上で、北京中央の一元管理を止めるという気配は感じられなかった。これでは国内企業のトップは不信感を持つだけだ。中国で富を持つことは危険だと認識し、富を海外に移そうとするだろう」と語った。2020年秋、IT企業「アリババ集団」の馬雲会長が党中央の政策を批判するような言動をしたことで圧力がかかり、同社は今では事実上党中央の監視下に置かれているが、同CEOはそうして過去の事例を思い起こしているのか。別の経済アナリストは「習主席は対外的にはソフトな発言をするが、内々の会議ではかなり強硬な発言に終始しているようだ」という。このため、「習主席は、経済利益は二の次で、一番頭にあるのは社会主義精神、国家の安全を守ること。市場の開放とか、改革が必要とかは考えていない」との悲観的な見方をしている。

社会主義と言えば、政府による公共事業投資を思い浮かべるが、国務院財政省は2024年予算で、中央から地方に回す交付額として10兆元以上を計上した。地方政府はこれまで不動産デベロッパーに土地の使用権を売却して資金を得て、インフラ投資などを行ってきた。しかし、不動産不況によって新規の土地使用権売却の金はほとんど得られない。その結果、地方財政はひっ迫し、地方債券を大量発行したり、職員らの給与を減額、遅配したりする事態になり、国から地方に資金を回さざるを得なくなった。2023年に中央政府から地方に交付した額は10兆625億元で初めて10兆元の大台を突破、そして今年は10兆2,000億元と昨年以上となった。中央、地方とも財政赤字、債務が膨れ上がっている。ただ、公共事業は民間の活力を引き出す呼び水に過ぎず、結局、民間企業が動かなければ、本格的な景気回復には結び付かない。

習主席の“強気”な姿勢を裏付けるように党中央指導部は相変わらず「中国経済光明論」を吹聴し、メディアにしろ、学者にしろ、企業人にしろ「衰退論」を話すことを禁じている。4月13日の河南省の官制メディア「網信鄭州」によれば、鄭州市当局は、だれであってもネット上で「不動産市況の悪化」について言及することを禁止するとの布告を出した。吉林省吉林市もすでに昨年10月に「不動産市場の衰退を拡散することは不当な言論活動である」として、そういうネットアカウントを厳しく取り締まるとの方針を明示していた。これらはあくまで不動産の分野に限っているが、取り締まり当局は将来、失業率、消費減退、さらにはデフレ傾向にあるなどの”悪情報“、”不謹慎な口コミ“に対しても厳しい目を向けそうだ。

経済ファンダメンタルズ上のマイナス情報はむしろ現状を知る上で大いに役立つし、その客観的な分析が景気回復の糸口にもなり得る。光明論だけ吹聴していると、中国の経済環境はますます息苦しいものになるし、当局の政治的、強圧的な姿勢はむしろ景気にマイナス効果をもたらすだけになってしまうのかも知れない。

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