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第287回 若者に人気の小劇団の下北沢公演 伊藤努

第287回 若者に人気の小劇団の下北沢公演 伊藤努

第287回 若者に人気の小劇団の下北沢公演

筆者が以前勤務した職場の女性スタッフのYさんは若いころにモデルの経験もある長身の美女だが、ここ数年は昔あこがれていた舞台で演技をすべく、仕事の傍ら、休みの日などを使って俳優修業にも励んでいる。昔のこの職場には、Yさん以外にも、将来、税理士・公認会計士やカメラマン、記者、挿絵画家などを目指す若者たちがいて、息抜きの時間に彼らの将来の夢を聞くのも楽しかった。

というわけで、Yさんが小さな劇団で俳優としての歩みを始めていたのも聞いていたが、最近、小劇場好きの若者のメッカとも言われる東京・下北沢で公演されたYさん出演の舞台をのぞいてみた。100人ほどが入ると満席の地下1階の小さな劇場入り口には、開演時刻前から若い男女が列をつくり、筆者もぎりぎりでチケットを買うことができた。ウイークデーの夜に、仕事帰りで演劇を楽しむ若者文化が脈々と息づいていることを知り、そうした分野に疎かった自分を恥じた。

劇の内容は、家賃が少なくて済む都会のシェアハウスに住む若者や中年男らの群像劇で、家出した少女が望まぬ妊娠をしてしまい、その少女の悩みや居住する男女の恋愛などが持ち上がりながら、話は進んでいく。テーマは、いつの時代もある若者の人生の悩みとそれを取り巻く人間模様といったところか。

このような劇の内容にもかかわらず、舞台道具はすこぶる簡単で、三方に段々状の客席の下にある舞台には椅子が何脚か置いてあるだけで、あとは照明と音響の効果で、まるでシェアハウスの住居空間で人間劇が演じられていく錯覚に陥るという仕掛けだ。

お目当てのYさんの役どころは望まぬ妊娠をした娘の母親で、母娘の会話が劇の中では重要な役割を果たしていた。Yさんの実人生とは別の演技なのだが、ハイティーンの娘を持つ母親としての実感がこもったセリフの数々に思わず感銘を受けた。俳優は舞台に立つことで、別の人生も経験できるという特権があるようだ。

小劇団の舞台を見ての個人的感想だが、劇団の応援団となっている観客の若者には、日々の生活で経験する出来事と近い現代的テーマの設定が好評のようであり、一方の劇団側には、経費を安く上げるために舞台道具を極力簡素にする演出が必要ではないかということだった。この劇には、韓国人や米国で長く暮らした日系人といった登場人物も脇役を務めていたが、人間関係や生活空間に国際的な広がりもある。

伝統のある有名な大劇団だけでなく、演劇が好きな演出家や俳優が実験的な現代劇に取り組んでいることに好感を持った。ときどきは、下北沢の若者文化に浸るのもいい。

第287回 伊藤努写真1:東京・下北沢の小劇場(撮影:山下みどり).jpg

下北沢の小劇場

第287回 伊藤努写真2:舞台道具の椅子(撮影:山下みどり).jpg

舞台道具の椅子(両写真撮影:山下みどり)

 

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