第289回 印パの国境の町ワガでの軍人の交歓行事 伊藤努

第289回 印パの国境の町ワガでの軍人の交歓行事
以前、尖閣諸島の領有や歴史認識といった問題をめぐって険悪な関係が続く日中両国の現状を紹介しながら、隣国関係が往々にして一筋縄でいかないことを書いたが、世界を見渡しても南アジアのインド、パキスタン両国も厳しい緊張がなかなか解けない二国間関係と言えるだろう。1947年の分離独立以来、印パ両国は3度にわたり戦火を交えているほか、双方とも核兵器を保有し、対峙している。冷戦の終結とソ連の崩壊で、核大国の米、ロシアによる核戦争の危機は遠のいたといわれるが、恐ろしい核戦争の危機が取り沙汰されるのが印パ両国を舞台にしたものだ。
つい最近も、印パの国境周辺で双方の部隊の間で激しい砲撃戦が展開され、数十人の死者が出た。両国で鋭く対立する問題の一つがインドの北部、パキスタン側からでは東部に位置するカシミール地方の帰属であり、両国軍部隊の小競り合いもこのカシミールに引かれた停戦ライン周辺で起きている。衝突が起きるたびに、双方は「相手側が先に砲撃してきた」と主張し、反撃が反撃を招く悪循環に陥っている。両国間には、カシミールの帰属問題を話し合う包括対話の場があるが、それも2008年にインドの商都ムンバイ(旧ボンベイ)で起きたパキスタンのイスラム過激派による同時テロで中断したままだ。
最近になって再燃した印パ両国の国境周辺での砲撃戦のニュースに接して思い出したのが、数年前に訪れた両国国境で見学した興味深いイベントである。このときは、パキスタン最大の州であるパンジャブ州を中心に駆け足で回ったが、その際に足を延ばしたのが首都イスラマバードから車で2時間ほどにあるパキスタン側の国境の町ワガだった。
両国の緊張は続いているものの、筆者が訪れた当時のワガの国境地域は平和そのものだった。ここでは、印パ友好の印として、両国が独立した1948年以降、毎日国境の閉鎖式および国旗降納式が行われている。毎日やっているにもかかわらず、両国とも常設のスタンドに観客がちゃんと入っているから不思議だ。恐らく今もなお多くの旅人が、国境を越えるため、またはこのセレモニーを見物するためにワガに向かっているはずだ。
インド側のイミグレーションが閉まるのが午後4時。パキスタンとは同じ場所にもかかわらず何と時差があり、夏と冬にはインド時間に対して30分前だったり、30分後だったりする。開始時間は季節により前後するので、日没までの間にセレモニーが行われる。これは国境の閉門式のようなもので、最後に国旗を降ろすことから、国旗降納式とも呼ばれるわけだ。ここでの主役は式を執り行う屈強な両国の兵士たち。集まった観客は自国の兵士に熱い声援を送る。この応援合戦こそが単なる国境を観光名所にしているのだが、互いをライバル視する印パの争いは、国境のセレモニーでの応援合戦だけにしてほしいものだ。