第219回 業界紙記者とのミッション 伊藤努

第219回 業界紙記者とのミッション
記者という仕事は所属するメディアによって新聞記者、放送記者といった呼び方をすることが多いが、報道の世界には業界紙記者と呼ばれる記者も数多くいる。通信社の国際ニュース畑を長く歩んできた筆者にとって、ふだんは大きな接点がない業界紙の記者さんだが、年に1回、さまざまな業界のニュースを専門的に報じる記者の方々と一緒になることがある。
このコラムでも時々取り上げているが、在京のタイ国大使館経済投資事務所(タイBOI東京事務所)がアレンジしてくれるタイ投資環境視察ミッション一行のメンバーの大半が業界紙の記者なのである。一般的情報を扱う筆者は一行の中では少数派ということになる。固有名詞で新聞社、通信社の名前を出すのは差し控えるが、工業新聞、産業新聞、自動車新聞、鉄鋼新聞、化学新聞、物流新聞といった具合で、日本産業界の有力業種をほぼ網羅している感がある。
業界紙の記者の関心はやはり、一般紙とか全国紙、大手テレビ局といった記者とは大きく違う。後者のグループが取材対象の出来事や情報の全体像を捉え、その中からニュースとなる価値ある情報を選択して伝えていく方法をとるのに対し、業界紙の記者は全体よりも専門の取材対象に特化して、ほぼ全員がプロの実務家読者に価値ある情報、知られざるニュースを伝えることに傾注するという点だ。インターネットの無料サイトに載るような一般情報は、一般紙の記者が報じてくれるので、見向きもしない風に見える。
鉄鋼産業をもっぱら取材する業界紙記者では、例えば、タイ政府が検討を進めている高炉(極めて品質が高い鉄鋼製品を生産できる炉で技術レベルが高い)計画に関する情報収集に余念がないし、自動車産業をカバーする記者はタイに進出している日系自動車メーカーや部品メーカーの名前が出ると、目の色が変わるといった具合だ。「東洋のデトロイト」を目指すタイは日本を含む外国の有力メーカーを誘致し、数年後には自動車生産で「世界のトップ10」入りを目標に掲げているが、自動車新聞の記者にとっては、タイ自体が多くの関連情報を入手できる格好の取材対象となる。
また、業界紙の記者は担当する業界の部材・製品に関する知識や企業の動向に詳しいので、取材される企業幹部も専門的なことを聞かれることが多いため、一目置くということもあるのではないか。
一般紙、業界紙と所属する媒体は違うとはいえ、他社が伝えていないニュース(特ダネ)をいち早く報じ、読者に参考となる価値ある情報を届けようと日夜努力する点は共通する。時代小説で人間の心の機微や人情というものを独特の筆致で描いた故藤沢周平さんは、作家に専念する前は長く食品関係の業界紙で記者、編集者を務めておられた。藤沢さんにもジャーナリスト気質が染み付いていたように思う。