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2024年は半導体「再復興」の年、各国が生産発展を宣言する一方、米中対立の障害も(下) 日暮高則

2024年は半導体「再復興」の年、各国が生産発展を宣言する一方、米中対立の障害も(下) 日暮高則

2024年は半導体「再復興」の年、各国が生産発展を宣言する一方、米中対立の障害も(下)

<半導体と製造プロセス>
半導体についてもう一度おさらいをしておく。ネット情報の受け売りだが、製造プロセスにはシリコンウェハー製造、前工程、後工程の3工程があるとされる。ウエハーは基板と言われるもので、この上に多くの回路が描き込まれる。大半のウエハーは砂から抽出したケイ素、すなわちシリコンから作られる。ちなみに、米国のソフトウエア産業、半導体関連産業の集積地として世界的に有名になった「シリコンバレー」の語源にもなっている。カリフォルニア州サンフランシスコ北部の「サンタクララ渓谷(バレー)」と半導体の原料である「シリコン」が合わさって名付けられたものだ。

前工程とはウエハー上で回路を形成する工程。洗浄、成膜(配線膜や絶縁膜を作る)、フォトリソグラフィー(露光工程、感光性物資の塗布)、エッチング(表面加工)、イオン注入、熱処理、平坦化、ウエハー検査などの技術があるという。後工程は出来上がったウエハーを切り出してICチップを作り、フレームに接合、固定させる工程を指す。密度の高い回路を作ることが重視され、半導体の完成度の高さはこの後工程の精度の高さに関わる。この3工程を進めるためには原料、素材が必要だ。ウエハーに使われる元素としては、前述のようにシリコン(Si)が主流だが、ほかにもゲルマニウム(Ge)やセレン(Se)がある。シリコンが主流になったのは、自然界に豊富にある資源で、加工しやすく、安定性にも優れているからとされる。

シリコンについては、二酸化ケイ素から金属シリコンを取り出すためには膨大な電力を必要とするため、こうした製造プロセスが可能な国は限られている。このプロセスは日本企業が得意にしているところで、国別では上位にランクされる。2022年の企業別世界ランキングでも、信越化学がトップで、2位がSUMCO。ちなみに、3位が台湾、4位がドイツ、5位が韓国と続くが、日本が圧倒している。フォトレジスト(感光剤)は半導体の フォトリソグラフィー工程で使用される材料だが、ここでも高純度を誇る日本製品のシェアが全世界の9割を占めている。エッチング用の溶剤でも日本企業がかなりのシェアを持っている。取り扱い企業は三菱ケミカルなどの大手もあるが、結構従業員1000人以下の中小企業も健闘している。

ファウンドリーのビッグ企業TSMCにしろ、韓国の「サムスン」にしろ、製造工程の中で日本の素材、技術が欠かせない。つまり早い話、日本の中小企業の存在抜きには高質な半導体の製造はできないのだが、そういう面がクローズアップされることはないし、優良企業ほど表に出たがらない。半導体の高度化を決めるのは回路線幅だ。10億分の1単位(ナノメートル)という微細化された回路にすることで、多くのトランジスター(微小電子部品)が集積でき、処理性能の向上や消費電力の低減化が図れる。現時点では14ナノメートルくらいまでは中国を含めて先進工業国で製造できるとされる。 

<各国の半導体投資>
米バイデン政権はとりわけ半導体開発に熱心だ。2022年に、半導体など製造業のサプライチェーンの確保や経済安全保障の強化を促すため、「CHIPS・科学法」を成立させ、研究開発や人材育成に向けて補助金を出す制度を作った。米大手企業「インテル」は、この制度を利用して米政府から100億ドル以上の補助金を受けて総額4000億ドル超を投資して、米国内での新工場建設計画を発表した。一方、台湾のTSMCは熊本県菊陽町に日本工場を造り、2月24日開所式が行われた。同工場では40ナノレベルという普及版の製造が中心。ただし、今後宇宙,AI関連のより高度化された製品に使われるのは7ナノからさらには3-6ナノクラスとされるため、TSMCは将来的に熊本に第2、第3工場を造って、これら最先端製品の生産も計画している。

TSMCが熊本に目を付けたのは、半導体製造の洗浄工程では大量の水や電力を必要とするが、熊本ではその条件を満たしてくれることだ。また、台湾から九州は距離的に近いことで、同社幹部が行き来しやすいことや、さらには日本政府がTSMC熊本第2工場に7300億円の補助金を出す方針で、こうしたバックアップも魅力的である。一説には、TSMC首脳部内には、「台湾有事」によって台湾本社が機能しなくなった場合、即時にここに本社を移す考えがあるとも伝えられる。本来安全性から言えば、米国の方がより安全なのであろうが、税制上の問題や、米政府や米企業からの過剰な容喙があり得るので米国への本社機能移転は嫌われているようだ。

TSMCの熊本工場はあくまで半導体製造の前工程専門であるが、ロイター通信によれば、同社は「先端パッケージング」と呼ばれる後工程の生産拠点化も検討しているという。日本には後工程に必要な化学品も技術も備わっているという点が考慮されたのであろう。TSMCは、米アリゾナ州フェニックスにも3つの新工場を建設する計画を進めている。米商務省は2024年4月8日、米国アリゾナ州に建設中のTSMC先端半導体工場に対し、CHIPS・科学法に基づいて66億米ドルの財政支援を実施すると発表した。アリゾナ州で先行して建設中の2つの工場では回路線幅3-5ナノメートルの微小な製品が造られるが、将来計画の第3工場では2ナノ以上の半導体を量産する計画だという。米商務省は「現状、米国は最先端半導体を生産できていないが、2030年までに世界の最先端半導体の20%を生産する想定だ」と期待する。

微小回路線幅の半導体は米国の高度な航空機、武器に必要であり、それ故にバイデン政権はTSMC工場の誘致にとりわけ熱心だった。半導体生産の拠点がカリフォルニア州サンフランシスコ郊外の「渓谷(バレー)」からアリゾナ州の「砂漠(デザート)」に移っていることから、最近は「シリコン・デザート」という言い方もされているようだ。前述のようにTSMCのオーナー、張忠謀氏は寧波出身で台湾ではいわゆる外省人であり、そのため、共産党の受けも良く、同社は幅広く大陸に進出していた。しかし、米側はチャン氏に米中のどちらに寄るのか最後通牒を突き付けたもようだ。その結果、チャン氏は台湾有事や将来のマーケットなどを考慮して、米、西側との関係強化を選んだと見られる。

韓国の半導体大手「サムスン」は2021年、170億ドルを投じてテキサス州テイラーに最先端の半導体工場を建設すると発表、22年から着工していた。同社は今年4月、この新工場への投資額を約440億ドルと従来計画の2倍超に増やすことを明らかにした。米紙「ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)」によれば、サムスンがこれだけ米進出に前のめりになったのはやはりCHIPS・科学法に基づく米国の補助金があったからで、数十億ドルを受ける見込みだ。3月28日付日経新聞によれば、韓国の半導体大手「SKハイニックス」の郭魯正CEOも、投資規模40億ドルで米国内に新工場を建造することを明らかにした。WSJによれば、工場の設置場所はインディアナ州で、2028年にも生産開始される予定だという。

日本の独自企業「ラピダス」は北海道千歳市に最先端2ナノのロジック半導体を生産する工場を新設する計画。経済産業省はこれまでも3300億円の資金提供をしてきたが、今年4月にさらに24年度中に5900億円の追加支援を行うことを明らかにした。ラピダスが次世代半導体の国産化を目指すための拠点企業として、日本政府も大いに期待していることを裏付ける。熊本県菊陽町、千歳市は九州、北海道の新しい生産拠点としてすでに多くの大企業の関係企業が工場進出を決めているため、土地も値上がりし、ミニバブル状態になっている。 

<米中対立とその行く末>
米政府は2022年10月、素材、化学品、製造装置など半導体製造に関わるさまざまな製品を中国に輸出しないよう国内企業に命じた。同時に、日本とオランダにもその輸出規制に加わるよう求めたが、この時点ではそれほどの強制力はなかった。だが、米側の措置によって中国は回路線幅14ナノメートル以下の先端品を作る製造装置は入手しにくくなった。中国のレガシー半導体(非先端半導体)については、関税のほかに輸入税を課すことを検討中とも言われる。レガシー系は現在、中国国内の生産が過剰気味で、しかも廉価であるため全世界の3割のシェアを持っていると言われる。中国政府が半導体製品に補助金を出しているためで、それによって米企業はとても太刀打ちできない。

ホワイトハウスは関税引き上げについて、「不当に価格設定された中国の輸入品から米国の産業を守るためだ」と主張している。政府補助金で廉価となった中国製品が米国に入ってきては困るというのが本音であるが、建て前としては、WTOでうたわれた対等な競争に反するという論を振りかざしている。半導体が多く使われる中国製EVの関税についても、バイデン政権は今年5月14日、これまでの25%から異例の100%に引き上げることを発表した。中国から輸入されるリチウムイオンバッテリーへの関税も7.5%から25%に引き上げられ、マンガンやコバルトなどの重要鉱物への関税はゼロ%から25%に引き上げられた。米国製EVは価格面のみならず品質でもかなり中国に後れを取っており、放置すれば、米市場が早々に中国製に席巻されてしまうという恐れを感じているのであろう。

米国が通信、EVなど中国のIT機器の進出に必要以上に神経質になっているのは、米市場での席巻という経済安全保障上の問題があるが、それ以上に懸念するのは、中国企業が将来的に米企業を凌駕して世界経済全体の主導権を握ってしまうのではないかという将来的な恐れである。米商務省は5月7日、中国通信大手「ファーウェイ(華為技術)」向けの半導体輸出に規制をかけ始めた。同社のノートパソコン、スマホ生産に米インテルと同クアルコムが半導体輸出して提携していたが、その許可が取り消された。

米国はファーウェイ規制の理由として、「米情報流出の手段になるほか、米国民の監視に使われる」などを挙げているが、やはり技術開発競争で中国に先鞭を取られたくないという思いが背後にある。ただ、ファーウェイと取引のある米国企業も多く、半導体輸出規制によって米側もそれなりの”返り血“を浴びることになる。ファーウェイ製品はずっとインテルの半導体に依存してきたため、ファーウェイ側も困るが、安定的な取引先を失う米企業も困る。それでも米政府は、自国産業の痛手覚悟の上で米中サプライチェーンを断ち、中国の工業全体に影響を与えることを優先させたのである。

中国の王毅外交部長は今年3月の全人代で、米国が半導体輸出規制に乗り出したことについて、「米国の中国を抑圧する手段は絶えず見直されているが、抑圧に固執すれば、結局自らも被害を受けることになる」と警告した。王氏は「米国はサプライチェーンで重要な部分を独占し、中国に対しては、その重要な部分には触れさせないようにしている。こんな状態で公正な競争が可能なのか」と批判した。これだけの言葉では怨み辛みしか見えないが、王氏は言外に、米国に依存しない独自の技術開発、サプライチェーの構築を目指す意図も含んでいるように思える。

現に、ファーウェイは上海に大規模な半導体装置の開発研究拠点を設置することを計画していると言われる。露光装置はオランダの「ASML」や日本のニコン、キャノンの技術が高く、中国はこれらの企業に頼らざるを得なかったが、米国の圧力で日本、オランダの輸出規制に遭っているため、独自の開発が必要になっている。国策であるので、政府からの膨大な資金も投入されるのであろう。実は、同社が2023年8月、7ナノメートル半導体を搭載した新型スマホを発売したことが明らかになった。

この時点では中国ではまだ技術開発されていない回路線幅であり、しかも米国は10ナノ以下の半導体輸出を禁止しているために、米国や西側先進国を驚かせた。そこで調査が進められた結果、中国のファウンドリー最大手の「中芯国際集成電路製造(SMIC)」傘下の企業から納入されていることが分かった。ブルームバーグ通信社によれば、SMICはすでに一ケタ台回路線福の開発に成功しているのではないかという。真偽のほどは分からないが、中国は諸外国とのサプライチェーン切断を機に、先端の半導体を目指して国家レベルでの開発に入ったことは間違いない。

米側の対中輸出規制に対抗して、中国側も政府調達のパソコンなどから、インテルのCPU(中央演算処理装置)が入っている製品を排除、導入しないよう指針を示した。「安全上の理由」を挙げているが、米側の措置に対する報復であることは間違いない。中国にもファーウェイ傘下の「海思半導体(ハイシリコン)」や科学院コンピューティング技術研究所が母体となった「竜芯中科技術」という国産CPUを造る企業があり、中央政府は国内でサプライチェーンを完結するために「安全で信用できる」国産CPUの利用を推奨している。SMICは素材や工程に使う化学品に関して国内調達できるように動いている。米国など西側が輸出規制を進めているために、国内で完結するサプライチェーンの構築を目指している。

また、レガシー半導体を海外に輸出する際、米国などから忌避される可能性もあるので、中国は第3国経由を構想している。EV生産の「BYD」中は今、メキシコで生産し、米国に輸出しているルートを模索している。実は、中国で大きなシェアを誇るイーロン・マスクCEO支配下のEV米企業「テスラ」社も同様にメキシコを生産拠点にしており、中国企業がむしろこれを真似た格好である。ただ、米政府はこうした中国企業製品の迂回輸入にも厳しい目を向けるようだ。半導体をめぐる米中のさや当ては今後も続くのであろうが、正直、その帰趨は読みにくい。

 

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