2024年は半導体「再復興」の年、各国が生産発展を宣言する一方、米中対立の障害も(上) 日暮高則

2024年は半導体「再復興」の年、各国が生産発展を宣言する一方、米中対立の障害も(上)
中国共産党は、現職の政軍幹部に長老幹部らを加えた毎年夏恒例の「北戴河会議」を今年も8月初めから開いた。非公式会議なので内容は明らかにされないのだが、現在の経済状態の悪化などを受けて長老から習近平国家主席や現執行部に対し厳しい批判が出たもようである。その後3週間、習主席は公の場に姿を見せなかったため、病気説さらには政変による失脚説もうわさされた。習主席は結局、訪中したベトナムのトー・ラム共産党書記長と19日に会見して安否が確認されたが、それでもネット情報では「党指導部内の異変説」が消えていない。そうした不安な政局が垣間見られる中で、米中の貿易摩擦問題は一段と厳しさを増している。バイデン政権が半導体製造装置の対中規制措置を強めたからだ。“産業のコメ”と言われる半導体は今、宇宙、軍事、先端産業全般にも関わるため、この規制が中国の産業構造にどういう影響を与えるのかが注目されている。
<北戴河会議からの異変説>
北戴河会議後、習主席がしばらく現れないことで、さまざまな憶測がネット上で飛び交った。一つは習近平の重病説。さらには最悪の死亡説も。7月15-18日に共産党が開いた第20期3中全会の最中、「中風(脳卒中)で倒れた」という情報がネットで流れたのが発端だ。加えて、そのまま病床に伏したままだとか、すでに植物人間化しているといううわさも出た。ところが、習主席は、ベトナムのグエン・フーチョン書記長が7月19日に死去した翌日の20日に弔問のため、北京のべトナム大使館を訪れている。さらに同29日、東ティモールのラモスホルタ大統領と会談したというニュースも流れ、健在ぶりがアピールされた。ただそれでも習主席の”異変説“は消えなかった。「ニュースに流れた習近平の映像、画像は昔のものだった」とか、「替え玉が使われた」との見方がされた。
そんな中で、8月初めから北戴河会議が始まった。10日の党機関紙「人民日報」や軍機関紙「解放軍報」に「国防と軍事改革を継続的に深化させる」と題した張又侠軍事委員会副主席による署名入りの論文が掲載された。本来軍事委主席である習近平氏の名で出されるべき論文が張副主席名で出されたこと、有名書店から習主席関連の書籍が消えたことに多くのチャイナウォッチャーが気づき、やはり“異変”を感じ取った。習主席は昨年、李尚福国防部長を解任したり、ロケット部隊の複数幹部を更迭したりと軍人事を壟断してきたので軍長老や軍事委幹部の受けは非常に悪いと見られてきた。そのために、張又侠氏らがクーデターを仕掛けたのではないかと憶測が出たのだ。
張又侠氏の父親は解放軍の老幹部(上将)で、習近平の父親である習仲勲元副総理とは解放戦争時代に懇意に付き合っていた。だから、張又侠、習近平両氏は幼馴染みなのである。もう一人の軍事委副主席の何衛東氏はアモイ駐在の31集団軍出身で、昔習氏が福建省のアモイや福州で働いていた当時、親しく付き合ったとされる。つまり、2人は忠実な「股肱之臣」として習氏自らが抜擢した人材であり、本来なら仲違いするような関係でない。しかしながら、2人の副主席は習主席の軍全体への過剰な介入、特に汚職の摘発を見て、敢えて造反したのではないかとの見方が出た。もし軍のクーデターとなれば、習主席は殺されているか、あるいは1976年の江青女史ら4人組逮捕時のように拘束され、獄中にいることになる。
3つ目が党中央幹部の習主席への反目、政変説。習近平主席が近年、個人崇拝傾向を強め、独断専行に走っていることや、経済の締め付けによってデフレ傾向を強めていることに対し、多くの党員が不満に思っていると言われていた。一部には、習主席が最近、政治局常務委員序列ナンバー2の李強総理を差し置いて同ナンバー5の蔡奇書記局常務書記ばかり重用するので、李総理が反発、造反したとの見方もあった。習主席の独断専行への不満は中央委員会でも出、その後に開かれた政治局拡大会議などでも論議されたと思われる。
2022年秋の第20期党大会で胡春華副総理、汪洋全国政協会議主席(いずれも当時)という共青団系の幹部が失脚させられた上、共青団の大御所胡錦涛前総書記が大会の壇上から強引に引きずりおろされる”事件“があった。このため、不満や不信感を募らせた党員たちが、党規約に則り習主席に対し解任手続きを取ったのではないかとの見方がされた。ネット上では、丁薛祥常務副総理が代理総書記に就くなど新しい政治局常務委員会のリストなどもまことしやかに登場した。共青団系で出世頭と言われたものの、20回党大会で失脚した胡春華前副総理が再びトップに立つ可能性もあるとの見方も出てきた。
8月初め以降、習主席の“不在”が続いたので、海外のネットメディアは前述のように”異変”の可能性を面白おかしく推測した。だが8月中旬、ベトナムのグエン・フーチョン書記長の後任となったトー・ラム氏が18日にも中国を訪問して習主席と会談するという予定が発表され、異変説への関心は冷めた。本当に習主席に異変があれば、こうした予定は発表されないからだ。結局、予定通りトー書記長は訪中し、19日に天安門前広場で閲兵式典に臨み、両首脳の会談も実現した。ニュース映像で見る限り、習主席は健康そうで、周辺に政変、失脚説を感じさせる雰囲気はなかった。習主席が3中全会後と北戴河会議後に最初に出たイベントが同じ社会主義国のベトナム絡みであったことを奇異に感じ、ネット上では依然、替え玉説に固執する向きもあるが、健康不安説、政変説はもう無理な見方ではなかろうか。
だが、こうした憶測情報が流れるのは、国内外を問わず、中南海(党・政府の所在地)の異変を期待する雰囲気があったからに他ならない。西側の常識からすれば、経済が悪化すれば為政者が責任を取って職を退くことは常識だ。そういう眼鏡で見ると、経済大国の中国なのだから、現在のデフレの責任は為政者が取らなくてはならないと考えるのが普通なのだが、この常識は社会主義の独裁政権下では通じないようだ。不動産バブルの負債が累積しようが、デフレによって景気が悪くなろうが、習近平主席の独裁体制、共産党の一党支配と社会主義制度の維持の方がはるかに優先されるということであろうか。
では、習主席はなぜ3週間も公の場に出てこなかったのか。これについては毛沢東主席の“陽謀”を真似たのではないかとささやかれている。1950年代に、毛主席は「共産党も無謬ではない。批判を歓迎する」として共産党への批判を求めた。「百家争鳴」「百花斉放」運動と言われ、かなり激しい党批判が出てきた。このため、毛沢東は一転してこのキャンペーンを中止し、批判した者たちを投獄し始めた。自由に批判させておいて後で罰するという、これが歴史に悪名高い「反右派闘争」である。毛主席は「われわれは正々堂々と行ったので、陰謀でなく陽謀だ」「これは、隠れたヘビ(党への批判者)をおびき出すための運動、“引蛇出洞”だ」とうそぶいた。これ以降、党を露骨に批判する人はいなくなる。習主席の今回の比較的長い”不在“も反対派をあぶり出すための“引蛇出洞”という見方もある。
<米中のあつれきと半導体の現状>
ということで、習近平氏の独裁体制は安泰のようである。そこで、話を政治から経済に切り替える。バイデン政権は7月下旬、半導体製造装置の対中輸出を抑えるようオランダや日本に求めた。米国自身はもともと2022年から製造装置の輸出規制をしているが、日本の「東京エレクトロン」、オランダの「ASMLホールディング」という製造装置のビッグカンパニーにも同調を求めたのだ。米国との経済関係を考慮してこれらの企業も両国政府も、米側の要請に従わざるを得なかった。米国は、半導体製品が中国からロシアなどに転売され、ウクライナ戦争向けの武器生産に使用されることを避けたいという安全保障上の理由を主張する。だが、恐らくそれだけではない。中国が将来的に西側製品を模倣して先端半導体による高度の工業化を進め、米国の経済覇権を脅かす存在になることを恐れているのである。
米国は製造装置メーカー国ばかりでなく、世界最大の半導体受託生産企業(ファウンドリー)である台湾の「TSMC(台湾積体電路製造)」や韓国の「サムスン電子」にも、中国との関係を弱めるよう圧力を掛けた。TSMCの創始者張忠謀(モリス・チャン)氏はもともと浙江省寧波の生まれであるから大陸にはシンパシーを感じ、多くの工場を開いた。サムスンも早くから安い労働力と、市場が大きい中国に目を付け、西安などに複数の工場を造り、中国進出に熱心だった。このため、バイデン政権はこうした“親中企業”に対しても、米国内での工場設置に補助金を出すなどの甘い言葉で中国からの工場移転を誘った。その一方、中国との関係を続ければ、米国市場から締め出すなどの報復措置を示唆、「アメと鞭」の策に出たのだ。
日経新聞によれば、米国半導体工業会(SIA)が発表した今年3月の全世界の半導体販売額は、前年同月比で15・2%増の459億1000万ドル。前年同月比で増加したのは5カ月連続とのことである。地域別では、米州が同26・3%増で121億3000万ドル、欧州が6・8%減で42億8000万ドル、日本が9・3%減の35億ドル。中国が27・4%増の141億4000万ドル、日中を除くアジア太平洋・その他が11・1%増の118億5000万ドルだ。日本と欧州で減少を示したのは、“半導体バブル”と言われたように生産過剰気味であったからだ。中国も本来は、スマホ需要が頭打ちになったほか、電気自動車(EV)や太陽光パネルが生産過剰状態にあるので、半導体生産も抑えられるはずだが、逆に激増しているのは、ロシア輸出増が影響しているのであろうか。
今年第1四半期(1-3月期)の全世界の半導体販売額は1377億ドルと前年同期比15・2%増と2ケタの伸びを示している。さらに4月を見ると、前月比1・1%増の464億3000万ドルと前年同月比で15・8%増、3月の増加率(15・2%)よりも0・6ポイント伸びた。前月比でのプラス成長は2023年12月以来4カ月ぶりで、在庫調整が進み、販売が一段と回復しつつあることを物語っている。SIAのジョン・ニューファー会長は「今年後半から年末にかけて世界の半導体市場の伸びは続く。通年で2ケタ成長が期待できる」と指摘している。
半導体は高度な武器生産にも利用されているが、悲しいことに3年半を迎えたウクライナ戦争のほか昨年秋からイスラエル・ハマス戦争もあり、軍需産業は伸び続けている。軍需産業に加えて、IT(情報技術)からさらにAI(人工知能)へと発展していく技術革新の視点で見れば、半導体の需要がますます増しているというニューファー会長の2ケタ成長は理解しやすい。国際半導体製造装置材料協会(SEMI)も、大口径ウエハーの半導体製造装置への投資額は、世界全体で2025年に今年比2割増の1165億ドルと、初めて1000億の大台に乗ると予測している。
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