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第61回 環境保護意識の高まり 伊藤努

第61回 環境保護意識の高まり 伊藤努

第61回 環境保護意識の高まり

筆者は京浜工業地帯の中心に位置する神奈川県川崎市で育ったので、日本の高度経済成長時代の負の側面と言える公害問題を間近に見てきた。かつて、川崎市の臨海部には大きな製鉄会社が24時間体制で操業を続け、自宅から海の方向を見ると、夜空を工場の明かりや加工途中の製鉄が紅色に染めていたのを思い出す。工場の煙突からはもくもくと煙が青空に流れているのが見えたが、公害問題が深刻化する以前は、こうした工場地帯の光景は、むしろ経済発展の象徴として見られていたのを子供心に覚えている。

しかし、それが大気汚染や、東京都との境を流れる多摩川の中流・下流部の水質悪化が急速に進行するにつれ、深刻な公害問題と認識されるのに時間はかからなかった。重化学工業の工場が多い川崎やその周辺では、大気汚染や河川の水質悪化が主な「症状」だったが、国内各地に目を向けると、熊本県の水俣病や三重県の四日市ぜんそく、富山県の神通川流域でのイタイイタイ病などが明るみに出て、環境破壊による人的被害の広がりに、国民の多くが声を失った。こうした事件をきっかけに、各地で住民による公害反対運動が高まり、環境保護意識が徐々に醸成されていく。

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タイにある最新の設備を備えた工業団地

日本の高度成長時代に噴出した公害問題が持ち上がってから20年、30年の歳月が流れて、中国をはじめアジア各地で、かつての日本と同様に、産業発展に伴う環境破壊が深刻な問題となっている。アジアの新興国や発展途上国では、企業経営者の環境保護の意識がまだ相対的に低いのに加え、生産現場に環境技術を導入するのはコスト高要因となるため、工場の排水や汚水などが垂れ流される状況が長く続いた。国土が広い中国の地方部では、環境保護を訴える中央指導部の威令が伝わらず、相変わらずの違法操業が行われ、周辺住民の健康被害なども持ち上がっている。

今年初め、タイの投資環境視察で同国を訪れた際に公害問題が起きていることを初めて知った。タイは読者の皆さんもご存知の通り、首都バンコクの自動車の大渋滞が引き起こしている深刻な大気汚染に無頓着な市民が多かったことにうかがえるように、環境問題への関心は低いと思われてきた。しかし、昨年から今年にかけて、公害問題への配慮から東部臨海部地域にあるマプタプト地区の60件以上の大型投資プロジェクトが一時凍結に追い込まれ、内外の投資家や進出企業は対応に苦慮していることを現地での取材で知った。

港湾に近い同地区には大きな工業団地が造成され、重化学工業分野の企業が内外を問わず多数進出している。周辺の住民に直接的な健康被害が出ているわけではないが、そうした事態が起こらないよう、プロジェクト事業の審査・認可に当たっては、環境評価の手続きをきちんと踏むよう周辺住民は求めている。世界的な環境保護意識の高まりは、アジアの途上国にもひたひたと押し寄せている。アジアの子供たちが「環境破壊」「公害」といった言葉を理解する時期はそれほど遠いことではあるまい。

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