震災文庫

欧米、特にドイツ人に人気があったプーケット島は、きれいで穏やかな海浜に加え、周辺に美しい島々や洞窟といった観光スポットも多く、一流のホテルやレストランなどの施設と併せ、国際的な観光地になっていた。そんな地上の楽園が、何波にも及んだ予期せぬ大津波によってこの世の地獄の様相を呈したことはテレビ映像で何度も映し出された。家族旅行の際、小島の洞窟などを観光船で見学した記憶があっただけに、もしその場に居合わせていたら、自分たちが海の藻屑となっていたはずだ。多くの犠牲者の冥福をお祈りすると同時に、人間の運不運を強く感じた。

タイ南部の幾つかの県を襲ったこの巨大津波の災害報道に従事する中で、プーケット島近くに浮かぶ小島では住民の避難が早く、一人の犠牲者も出なかったことが数日後に分かった。何でも、この島には津波に関する言い伝えがあり、海面の異常で津波襲来の気配を察知した島の古老がいち早く、住民に高台への避難を呼び掛け、事無きを得たということだった。地震や津波、火山噴火など人間の力ではどうすることもできない自然の猛威に対して、被害を最小限に抑える言い伝えのような人知の効用を改めて知る。

阪神・淡路大震災を伝える「号外」

このようなことを思い出したのは、最近、神戸大学の附属図書館にある「震災文庫」を見学したからである。1995（平成7）年1月の阪神・淡路大震災では、6400人を超える尊い命が奪われたが、同大学附属図書館はこの年の10月、震災にかかわる資料を広く収集し、「震災文庫」として公開を始めた。被災地の中心にある図書館の責務として、災害復興や地震研究・防災対策などに役立ててもらえるよう、関連情報の収集を精力的に進め、資料の充実、情報発信に取り組んでいるとのことだった。 震災文庫を案内してくれた責任者の稲葉洋子さんは「震災にかかわるありとあらゆる資料を貴重な記録としてすべて保存し、後世に確実に伝えていきたいと思います」と話していた。プーケット島近くの小島に古来より伝わる言い伝えとは違う形で、自然災害に関する人知や経験、教訓が継承されていくことの大切さを思った。
【写真提供：神戸大学附属図書館】