第254回 非常事態宣言下のタイ人気質 直井謙二

第254回 非常事態宣言下のタイ人気質
昨年末から今年にかけタイ総選挙などを巡って政府と反政府勢力との対立が激しくなり、反タクシン派の反政府勢力は首都バンコクの主要道路や公官庁を封鎖し、交通や行政に甚大な影響が出た。
タクシン元首相は北部タイや東北タイの農民には手厚い施策を行う一方、既得権益をもつ都市のインテリ層や南部のゴム農園の農民などには冷たかった。妹のインラック首相も兄の政策を引き継ぎ、北部や東北部で生産されるコメは政府価格で買い上げるのに南部で生産されるゴムには優遇策をとらなかった。インラック首相は混乱の収拾策として下院を解散し総選挙の実施を決めたが、潤沢な資金を持つインラック首相が総選挙で票を買収するとして反政府勢力は政治改革が先だとデモを続けた。これに対し、インラック首相は1月22日、非常事態を宣言、デモの鎮静化を図ろうとした。
この日、筆者は首都バンコクに到着し、さっそく市内を歩き回ってみた。中心街のシーロム通りはさながら歩行者天国と化していた。
大音響の反政府勢力のリーダーの演説に拍手やシュプレヒコールを繰り返す群集、その群集を目当てに屋台を開きちゃっかり稼ぐ中年のおばちゃん、大画面にはタレントが踊る映像が映し出され、デモそっちのけで見入っている若者もいた。(写真)

デモに参加するためタイ南部からはるばるバンコクに駆けつけた農民が持ち込んだ寝泊り用のテントは散乱し、ボランティアが昼ごはんの弁当を配っていた。日本で見ていた非常事態宣言前のテレビ映像となんら変わることがなく宣言は何処にいったのかと思わせる光景だった。
長期にわたるデモで規制する警官隊とデモ隊が衝突し、デモ隊への発砲事件などで死傷者が出てはいるが、中東やウクライナのデモと比べれば穏やかで明るい。タイ人はよく挨拶代わりに「サヌックマイ」楽しいですかという言葉を口にするが、まさに反政府デモも楽しくなければならないということだろう。
一方、政府側も非常事態宣言を出しても強硬にデモを鎮圧したりしない。かつてはタイ名物とまでいわれた軍によるクーデターもいまのところ影を潜めている。2月2日総選挙が実施されたが、1割の選挙区で投票ができなかった。この原稿が掲載されるころタイの情勢がどうなっているか検討もつかない。ただタイ人の気長で柔軟な気質は日本人の時間軸や常識では計り知れないことは確かだ。
写真1:封鎖で歩行者天国と化した大通り
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