新型肺炎はなぜここまで拡大したのか 武漢住民が怒りの告発(下) 戸張東夫

<隠してしまう、無いことにする隠してしまう、無いことにする>
前出の武漢のAさんもこの1月20日の習近平さんの重要指示で事態の深刻なことを初めて知ったという。Aさんはまたそれまでの武漢市、湖北省当局の地元住民に新型肺炎の真実を伝えない態度、隠蔽工作や何も無いことにしてしまう無責任な態度について以下のような実例を列挙して厳しく糾弾している。

1)(2020年)1月1日武漢公安局はオンラインの告知板で「武漢肺炎に関するデマを振りまいた八人を法によって処分した」と通告、「誤った情報をやたらに発信し、社会秩序を乱してはならない」と述べた。公安当局はこれによって「デマをでっちあげるな、デマを信じるな、デマを流すな」と警告したのだが、これは当局が報道規制だけでなく、言論の自由まで奪おうとしていることを示すものだ。
2) 1月14日武漢のナゾの肺炎を調べるため香港から専門家がやってきた。これには香港のラジオ、テレビ局の記者が随行してきたが、これら香港のマスコミは早速武漢の金銀潬医院に感染状況の取材に赴いたが、武漢公安当局はこれらの記者を連行し、医院内で撮影した内容の削除を要求し、さらに記者たちの所持する電話や撮影器具まで検査するなど一時間近く嫌がらせをした。
3) 武漢市中心医院眼科医師李文亮は同医院の救急診療科に隔離収容中の7人の患者がSARSに似た感染性のウィルスにおかされていることを知り、(2019年)12月30日SNSのグループチャットで同僚達に注意を呼びかけた。ところが当時中国当局がまだナゾのウィルスについての見解を公表していなかったことから(2020年)1月3日「デマを流した」として呼び出され訓戒処分を受けた。李医師はその後眼科の患者から武漢新型肺炎に自ら感染して死去したが、当局の隠蔽工作に抵抗した英雄的人物と高く評価されていた。そのためもあってか3月に入って突然「身を顧みず患者を救った医師」として国家衛生健康委員会から表彰された。同じ病院の救急診療科の艾芬主任がその後語ったところでは李文亮医師が同僚達に伝えた内容はもと艾芬主任がチャットで伝えたもの。このため艾芬主任は上司から厳しく叱責されたという。
4) (2020年)1月6日から11日にかけて武漢市全国人民代表大会(市議会)と同市人民政治協商会議(協議機関)が開かれ、また1月11日から湖北省政協、12日から同省全人代が相次いで開かれたにもかかわらず、武漢で発見されたナゾのウィルスについては一切発表されなかった。
5)(2020年)1月21日春節(旧正月)を祝う新年の団体祝賀会が盛大に開かれ、湖北省民族歌舞団のショーを楽しんだ。これには蒋超良省委書記、王暁東省委副書記のほか全省各界代表が参加したという。
<全ては武漢当局の無為無策の結果である>
そういえば米週刊誌『タイム』も、「武漢の病院の医師の夫人が主人は武漢新型肺炎の感染状況や政府当局の対応に関して誰とも話し合ってはならないと釘を刺されていた。」「列車の車掌は、乗客にこれ以上のショックを与えるといけないのでマスクをしないように言われているという」などと報じていた。(2020年2月10日)しかし政府が武漢新型肺炎について公式発表する前に武漢で進められていた愚行を列挙すればキリがない。この辺でやめにしよう。新型肺炎の最初の感染者が確認された火元の武漢でさえこんな有様だったのだから、他の地方の状況は推して知るべしである。
中央政府による事態の公表が後れたことは前述の通りだが、せめて武漢当局だけでもいち早く市民に対して事態を説明し、予防に尽力させていればあるいは武漢、湖北省、あるいは中国国内で危険なウィルスを抑えることが出来たのではないかと考えずにはいられない。このような疑問にこたえるかのように周先旺武漢市長が(2020年)1月27日中国国営中央テレビのインタビューの中でこんな弁解をした。周市長はまず今回の新型肺炎に関する情報が速やかに公表されなかったことを認めたうえで、「地方政府としては知っていても権限を与えられなければ勝手に発表することが出来なかった」と述べ、北京にも責任があるといいたいようであった。しかし「権限」を与えられなくてもできることがいっぱいあったはずで、そんなこともしなかったのだから責任は免れまい。
武漢の友人Aさんは「公務員の背景が日本や米国と異なる点を考える必要がある。中国の公務員は自分の仕事に必要な知識を習得していないのだ。公務員の多くは共産党の学校出身だが、私見によれば党校といえば聞こえはいいが、とんだ笑い種で、能力が無いのに公務員になろうという者の一つのステップに過ぎない。だから重大な局面に臨んで正確な判断や決断をくだす能力などあるわけが無い。そこで能力のある人が、能力の無い人の命に従うという奇妙かつ致命的なことになるわけだ。武漢でもそんな状況だったのだろう。」Aさんはこう説明したのに続いて「武漢新型肺炎を国際的な危機にまでエスカレートさせてしまったのはすべて武漢当局の無為無策の結果だ」と強い調子で訴える。
「しかし北京の公式発表が後れたのが最大の失敗だったという人も少なくない」と筆者がメールで反論すると。次のような返事が返ってきた。
「武漢当局がきちんと事態の重要性を把握していたなら、何度でも北京にそれを訴え続け、また関係部門の決断を迫るということができたはずだ。武漢当局が問題の重要性を認識し、早期対応が必要と真剣に考えていたとすれば それは可能だったと思う。それをしなかった武漢当局の責任は重いといわざるをえない。」
写真1:武漢全面封鎖後の武漢空港、無人の航空機搭乗口
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