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郭徳綱が二回目の東京公演にやってくる(中) 戸張東夫

郭徳綱が二回目の東京公演にやってくる(中) 戸張東夫

<単口相声『胡不字』>

わが国ではあまり知られていないので、相声についていささか説明してみたが(郭徳綱が二回目の東京公演にやってくる[上]参照)、具体的に紹介してくれという声もある。字数の制約もあるのでごく短いものを一つ紹介してみよう。「胡不字(フゥプツー)」というタイトルの単口相声である。人気があるらしい。二人の異なる演者の語るのを聴いたことがある。最近入手したCD『笑話小段集錦 肆』(中国唱片深セン[土へんに川]公司出版)にも収録されている。

中国のある県で書の展覧会を開くことになった。会場に県長が参観にやってきた。県長は胡不字という。会場にいた書道協会の会長があわてて出迎えた。「胡県長、よくいらっしゃいました。光栄です。折角おいでになったのですから、どうでしょう、何か一筆書いていただいて展示させてくださいませんか?」
  
県長は笑顔で応じた。実は県長は全くの門外漢で書のことなどからきしわからない。だが、そうもいえない。そこは県長、その場の繕いかたは心得ている。「うん、だが書というものは気力が充実していないとかけない。今日はカゼ気味なので止めておこう」

そう応えて、一、二回セキをしてみせた。書道協会会長が「さすがに県長、書の道に通じておりますな」と返した。会長は書の展覧会を数日延長したいと考えていたところだが、県長が来たのでこれ幸いと延長の申請書を手渡し、言った。「胡県長、展覧会延長願いの書類です。問題がなければサインしていただきたいのですが。」県長は「書の展覧会はわるくない。延長してもいいだろう」と答え、かたわらの筆を取り上げ、硯に筆を浸し申請書に「同意、胡不字」と即座に書いて渡した。それをみた書道協会会長は「アイヤ! 県長の字は素晴らしい。勢いがあり生き生きとしている」と大きな声を上げた。会場にいたほかの人たちもやってきて口々に県長の書を褒めそやした。胡県長も満更ではなさそうな顔で、「それほどでも!」と神妙に応じた。


 

胡不字の字がなぜ見事だったのか?これにはわけがある。胡は三十年以上県の幹部の地位にあった。仕事といえば上がってきた文書をチェックし、「同意」か「不同意」と書いて胡不字とサインするだけ。これ以外の文字を書いたことがないという。これを毎日、三十年も書いていたのだから、このいくつかの文字に関していえばかなりのレベルの書になるのは当たり前だ。しかも即座にそれを書いたのだから書道協会の会長もうなってしまった。

「県長、これと同じで結構ですから、画仙紙に書いてください。一幅の書ですよ」と会長、「そこまで言うのなら、では画仙紙をくれ」といって県長がまた筆をとり、大きくさらさらと「同意、胡不字」と書いた。それを目立つように会場の入り口に展示したので、他の書家たちの目に留まり、高い評価を受けた。こうして「胡県長はすごい書家だ」といううわさは県から市、市から省へと広まっていった。(県、市、省は中国の行政単位、県がここではいちばん下位。)

ちょうどそんなときに書家の代表団を派遣して欲しいと日本から省宛てに招待状が送られてきた。省はそれならと胡県長をメンバーに加えることにした。胡県長は出国できる、日本に行くと聞いて欣喜雀躍、自分が書家といえるかどうかなど全く考えなかった。

日本に到着すると、日本側は中国の書家を高く評価し話を聴いたり、座談会を開いたり、時には書を書くなど熱心に接してくれた。胡県長は日本に来てからは発言を控え、揮毫することも控えていた。変なことを言って笑われると困る。またあの五文字以外の字はとても他人に見せられるレベルでないことがわかっているからだ。

こうして胡県長が発言もせず、書も書かないのをみた日本の書家たちは「胡県長をみたか?あの方は凄い書家に違いない。軽々しく実力は見せない。頼まれればいつでも書く我々とは格が違う」などと口々にいいあった。こうして胡県長は日本ではいちども筆を取ることがなかった。ボロをだすのがこわくて書くことができなかったのである。

だが日本における交流活動もおわり、いざ帰国という段になって日本側からこんな要望が出された。「来日した中国の友人たち全員にお願いがある。ひとり一つの詩文を書いて欲しい。記念にしたい。」そういうのである。これを聞いた胡県長はびっくり仰天、その場で固まってしまった。他の書家たちはめいめい次々に揮毫し始めた。唐詩あり、宋詞ありという具合で、内容は千差万別、いろいろだった。こうしてたちまち全員が書き終わり、残るは胡県長ただ一人となってしまった。
  
誰かが「胡県長、あなたも一つお願い」といいながら県長に筆を渡した。胡県長は筆を受け取ると画仙紙の前に立ったままじっと白い紙をにらみ、筆をかたわらの硯に浸したまま「どうすればいい、同意、不同意の五文字以外は他人に見せられるようなものは書けない。ボロを出すだけだ。」筆を下ろすこともできず、頭から冷や汗がたらたら流れ落ちる。これをみた誰かがまたひそひそいっている。「みんな見たか。大家の風格を。書道というものはいわば気功のようなもので、全精神を投入するものだ。見てみろ。一字も書いてないのに あの汗だ。大変な意気込みだ。」
  
みんな胡県長の周りに集まってきた。この大家は一体どの程度の大家なのか、固唾を呑んでみまもっている。その場を離れるものなどひとりもいない。大勢に見られていることがわかると、県長の心臓はバクバクする。何が何でも書かなければ。と、そのとき胡県長の頭に突然妙案がうかんだ。
  
「皆さん、みたところ唐詩や宋詞などすでに諸兄がみな書いてしまった。重複はさけたい。そこで自作の詩を揮毫することにした。日中両国の文字をテーマにした詩だ。両国の文字は似ているようで意味が違う、その辺を詩にしてみた。」
   
そういうと筆を振るってこうかいた。

同意不同字、同 字不同意。
意同字不同、字 同意不同。
胡不字



(同じ意味だが字は違う、同じ字だが意味が違う。
意味は同じだが字は違う、字は同じだが意味はちがう。)

やはりあの五文字だった。

とまあこんな話である。最近聴く機会があったが、とても気に入っている。たあいのない話。ばかばかしい話といわれたら、その通りだと応えるほかない。だがお笑いは「毎度、ばかばかしい一席……」と相場は決まっているのでは。

写真1:名コンビといわれる郭徳綱(左)と于謙。今回の公演でもこのコンビが見られそうだ(徳雲社提供)



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