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第4回 収容から憩いの市場へ 竹森紘臣

第4回 収容から憩いの市場へ 竹森紘臣

第4回 収容から憩いの市場へ

ハノイにある旧市街の北側に位置するドンスアン市場は毎日ひとであふれている。週末の夜には旧市街の南側からはじまるナイトマーケットのゴール地点となり、市場の前の通りではベトナム人や観光客が買い物や食事を楽しんでいる。

旧市街は1010年にハノイが首都になったころから、その王の居城となったタンロン城と当時主要な輸送路であった紅河とのあいだに栄えた工芸職人のまちである。その名残りで旧市街の通りの名前には「銀細工通り」や「仏具通り」など工芸にちなんだ名前が多い。当時は通りごとに特定の工芸職人があつまってギルドのような集団をつくっていたという。そこにはベトナム国内からだけではなく、中国やその他の国から多くの人たちが集まって通りに市をなしていたという。今でも漢方薬店がならぶランオン通りには広東会館が残っており、主に中国人が集まっていたエリアであったことがわかる。

1873年から本格的なベトナム統治をはじめたフランスは、その施策により旧市街で商売をしていた露店を竹垣で囲まれた広場にあつめた。その後、1890年にはドンスアン市場として、本格的に露店を収容する建物を建設した。路上や広場の露店を建物の中に収容するのは、フランス政府が統治の過程で徴税や衛生管理を徹底しようとしたためであると考えられる。

ドンスアン市場は1994年に火事により建物内部のほとんどが失われたが、翌年から再建をはじめ1997年に営業を再開している。ファサードは建設当時を部分的に保存しているといわれている。アーチ状の装飾の中に通風のためと思われる孔が穿たれている。(写真1)卸売市場として運営されているが、今ではハノイを訪れる観光客の旧市街散策の定番スポットにもなっており、おみやげものも売られている。

ドンスアン市場が建設されたころから、ホアンキエムの南側に市街地が押し広げられる。現在フレンチクォーターと呼ばれる地区である。この地区の南側に19世紀のおわりから、Cho Homと呼ばれる市場がある。もともとは政府の管理下でつくられた市場ではない。ドンスアン市場の商人たちは朝から商売をし、夕方になると売れ残りの品をもってCho Homにあつまったといわれている。名前に夕方をあらわす「ホム」がつかわれているのはそのためだ。フレンチクォーターの発展につれて、この市場も夕方市場から朝から本格的に商人があつまる市場へと徐々に変わっていったようだ。独立後の1975年からドイモイ政策(経済開放)がはじまった1985年までは配給所として利用されていた。その後、活発な経済活動を目指し、1991年に政府によって現在の建物に建て替えられた。3階建ての建物の1階ではフルーツなどの生鮮食品が売られ、2、3階は布の卸売が行なわれている。ベトナムでは仕立屋が町中にあり、服をあつらえるとき布を選びに訪れる。屋上は市民に開放されており、エアロビクスなどの教室が開かれている。このように屋上が自由に使える市場はハノイ市内では珍しい。これが計画的なものかどうかは不明であるが、この建物が市場としてだけではなく、市民の憩いの場としても活用されている。収容のための目的よりも、開放された経済に対応するような市場をめざしたと思われるが、一方でファサードのデザインはソ連の影響が強く見られ興味深い。(写真2)

ホーチミンから飛行機で1時間、バスで一晩、南に向かったニャチャンは、外国人にも人気がある海沿いのリゾート地だ。もともとは漁村だったが、フランス統治時代に政府の要人用のリゾートとして開発された。ニャチャンのまちの中心部にCho Damと呼ばれる市場がある。この市場は、1908年に商人たちによってはじめられた。その後、古い市場は1968年に火事で焼失し、1969年から政府により再建が開始された。工事中にベトナム戦争の爆撃をうけたが建物の一部を失いながら営業を続け、戦後1980年に改築工事がおこなわれ現在も営業を続けている。地下1階、地上2階の建物で、1階には上部側面からの自然光が射す薄暗い回廊が廻り、おみやげものや生活雑貨が雑多に売られている。2階にはドーム屋根がかかったスペースがあり、屋根には採光のためのガラスブロックが埋め込まれ、瀟洒なつくりになっている。(写真3)地下にある噴水池のまわりは建設当初は市民の広場として考えられていたようだが、現在では噴水池のすぐそばにまで店舗がせまっており残念ながら広場としては機能していない。それでも市場の中には賑わいがある。2015年、政府は移転建替えの計画を作成し、新しい建物のデザインも発表されたが、市民からの反対運動が起こり計画はとまったままだ。

日本でも市場の移転問題が話題になっているが、ベトナムでも多くの古い市場建物が取り壊れようとしてる。流通や販売の方法の変化、建物の構造老朽化と理由はさまざまであるが、地域のシンボルになっている市場も多く、改装や別用途への転用など建物が保存、再生されることを期待したい。




「2017年6月15日初掲」
 
写真1枚目:ドンスアン市場(ハノイ)
写真2枚目:ホム市場(ハノイ)
写真3枚目:ダム市場 内部(ニャチャン)
map:ドンスアン市場、ホム市場

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